戦闘と焦燥
インダスの夜風が冷たく、街の喧騒が遠く響く中、レナとジーケンは人気のない路地裏を慎重に進んでいた。背後には、タイシン本社ビルから迫り来る追手があることを二人はひしひしと感じていた。
「急ごう、レナ。ここからできるだけ早く離れないと。」ジーケンは低い声で促し、レナの手をしっかりと握って引っ張った。
「分かってる。でも…」レナの声は震えていたが、その瞳には決意の光が宿っていた。
遠くから機械音が響き渡り、鋭い金属音が夜の静寂を切り裂いた。それは、パウンたちの接近を告げる音だった。パウンたちは、タイシンで製造された自立型思考するAIビグインの命令を受けて行動する機械であり、獣型のパウンたちはオオカミやイノシシのような姿をしていた。
ビグインは、タイシンの社長室に置かれたホログラムとして存在し、その電脳世界で全てを見通していた。ベルガーの命令を忠実に聞くその存在は、都市の全てを把握していた。
「来たぞ。レナ、ここで隠れて。」ジーケンはレナを壁際に押しやり、自らはその前に立ちはだかった。彼の手には、小型のレーザーガンが握られていた。
「でも、ジーケン…」レナは心配そうに彼を見上げた。
「大丈夫。君を守る。」ジーケンは決然と答え、迫り来るパウンたちに照準を合わせた。
パウンたちは無言で迅速かつ冷酷にジーケンに襲いかかった。最初の一体が鋭い牙をむき出しにして飛びかかってくる。ジーケンはそれを見事に回避し、レーザーガンを発射した。光線が正確にパウンの頭部を貫き、一瞬の閃光とともにそれは地面に崩れ落ちた。
だが、次の瞬間、複数のパウンが一斉に動き出した。仲間同士で連携を取りながら、左右からジーケンを挟み撃ちにしようとする。ジーケンはその動きを見逃さず、俊敏な動きで後方に跳躍し、二体のパウンを同時に撃つ。だが、それでも次から次へと襲いかかってくる敵に対処するのは容易ではなかった。
「くそ…!」ジーケンは心の中で叫びながらも冷静さを保ち、一瞬の隙を見つけてはパウンを倒していった。彼の動きはしなやかで無駄がなく、レーザーガンの光線は次々とパウンたちを貫いていった。
右側から飛びかかってきたイノシシ型のパウンが鋭い牙をジーケンに向けて突進してくる。ジーケンはその猛攻を紙一重でかわし、即座に腰を低くして回転しながらレーザーガンを発射した。光線がイノシシ型のパウンの側面に直撃し、金属の破片が飛び散った。
しかし、その瞬間、後方からさらに二体のオオカミ型パウンが連携して襲いかかってきた。ジーケンは振り返る間もなく、身を低くして回避しながら連続で発射。最初の一体の頭部を撃ち抜いたが、もう一体の牙が彼の左腕にかすり傷を負わせた。
「くっ…!」痛みに顔をしかめながらも、ジーケンは迅速に体勢を立て直し、最後の一体に向かって突進した。パウンは鋭い牙をむき出しにし、ジーケンを追い詰めようとする。しかし、ジーケンはそれを見事な動きでかわし、至近距離からレーザーガンを発射。閃光とともにパウンは地面に倒れた。
激しい戦闘の末、ジーケンはついに最後のパウンを倒したが、その代償は大きかった。左腕からは血が流れ、深い傷が刻まれていた。
「ジーケン!」レナは駆け寄り、彼の腕に手を伸ばした。「傷が…」
「大丈夫だ、レナ。行こう。ここに長く留まるわけにはいかない。」ジーケンは痛みに顔をしかめながらも、レナの手を取り立ち上がった。
二人は傷を負いながらも、再びインダスの闇の中を進んだ。工業都市の路地裏は入り組んでおり、道を見失わないように慎重に進む必要があった。
「ジーケン、あそこに抜け道があるはずだわ。」レナは思い出したように言った。「昔、ここでよく遊んでいた…」
「分かった、そこを目指そう。」ジーケンは頷き、レナと共に進路を変えた。
だが、二人が逃げ延びる先には、さらに恐ろしい追手が待ち受けていた。人型のパウンたちは、隠密行動に特化しており、その姿は暗闇に溶け込むように消えていた。彼らの赤い目だけが、時折、闇の中で不気味に光った。
「気をつけろ、レナ。まだ終わってない。」ジーケンは囁き、レナを庇いながら進んだ。
二人の後には、闇の中から忍び寄る影が確実に近づいていた。その追跡者たちは、ビグインの命令に従い、どんな手段を使ってでも二人を捕らえようと狙っていた。
彼らの逃走劇は、まだ終わりを迎えていなかった。新たな試練が待ち受ける中、レナとジーケンは再び歩みを進めた。二人の絆と決意が試される夜は、まだ深く続いていった。