第十話 バンドマンは魔王に会う
ツアーも終わりが見えてきた頃、音楽隊には不穏な報せが届けられてきた。
「演奏会をする町の近くで魔物が出た。最悪の事態を考慮し中止の可能性を頭に入れておいてくれ」
アルフが音楽隊全員にそう告げた。
「今日が、今この演奏が最後かもしれないと思いながら音楽を紡ぐだけでしょう」
「きっと今後はより良い演奏会になる」
音楽家達はなぜか前向きだった。
「勇者が旅をしている間に演奏会が出来るというこのツアー自体がとても特殊で、貴重な時間なんだよ」
アルフはケースケにそう言った。
「結局、魔王への手紙なんて意味無かったかもしんない」
ケースケはそう呟き、準備に汗を流した。
ツアー中止の可能性があると書いた看板を立てていると、人影が近付いてきた。
「なぜ、中止になるんですか?」
ケースケのファンだった。ケースケは、立てた看板を指さして言う。
「ここに書いてるように、魔物が近くに出ているみたいなんで」
「なぜ、魔物が近くにいたら中止になるんです?」
「え?だって人が集まるのに魔物が出たら危ないじゃないすか」
「ああ、そうか。確か人にとっては魔物は脅威なのでしたね」
「そうっすよ。食われたくないっす」
「であれば、魔物さえ出なければこの演奏会は続けられると?」
「そっす」
「良いことを教えてもらいました。ありがとう。今日も楽しみにしています」
ファンの男性は上機嫌にどこかへ歩いて行った。魔物のことをケースケよりも知らないようだったため、ケースケは世間知らずのお坊っちゃんっていうやつか、とため息をついた。
「アルフさん。ツアーはどこまで続けられそうなんすか」
演奏会が始まる前、控室でアルフに尋ねてみた。
「それが、この辺りの地域で確認された魔物が減っているようなんだ。魔物の出現には波もあるが、このまま出なくなれば続けられるだろう」
アルフからの良い返答に音楽家達も喜び、今日は音が跳ねると意気込んでいる。
彼らの言う通り、普段よりも強弱の大きな演奏だった。終了後に撤収作業をしていると、またもケースケのファンが近付いてきた。
「今日の演奏は一段と良かったですね。私はああいう分かりやすい表現が好みだと知ることが出来ました」
「ああ、ありがとうございます。皆、魔物が減ったからツアーが続けられるって喜んでるんすよ」
「減った?消しておいたからもう来ないでしょう。今後の演奏会も同じようにしておきますから」
ケースケは何を言っているのか途中から分からなくなった。
「消しておいたって、何を?」
「魔物ですよ。人にとっては脅威なのでしたら、人の住む所には行かないようにしておけば良いのでしょう?」
ケースケは少し固まった。もしかして、と思うがまだ確信は持てなかった。
「あなたは魔物にここは行かないでとか、出来るってことすか?」
「そうです」
「あなたって何者なんすか?人じゃないとか?」
「人には魔王と呼ばれていますが……」
二人の間に沈黙が流れる。ケースケは緊急時にどうすべきか、結局魔王が来てもどうするとかシュミレーションしてなかったじゃないかと思いながら、叫ぶことにした。
「アルフさーん!!!いましたよー!!!」
大声で魔王と言ってはいけないような気がして、そう叫んだ。
「ちょ、あの、魔王?ここにいて。まじで、偉い人呼ぶから待ってて。いや、連れてくか。ちょっと手、貸して」
ケースケは魔王の手を握ると、ケースケの声に慌てて顔を出したアルフの元へ連れて行った。
「アルフさん、いました。魔王らしいっす」
「え?ケースケのファン……まあいいか。えっと、とりあえず王宮か、いやまず本当にか?」
ケースケは魔王と名乗った男に確認する。
「あなたが魔王で、魔物を他の所にやってくれたんすよね?」
「そうですよ。そもそも貴方がたが私を演奏会へ招待してくださったのではないですか」
アルフは大きく頷いた。
「私達とお話をしていただけますか?」
魔王はふうんと言って目を細めた。
「これまで復活の度に襲いかかってきた奴らの話を聞けと言うのか?」
ケースケは先程と変わった魔王のただならぬ雰囲気に冷汗が出た。何か手はないかと考え、ヨータが書いた手紙を思い出した。魔王は演奏会に招待されたと言っていた。ならば手紙を読んで来たということだ。
「俺と、友達になってくれるんすよね?むしろ俺って分かって声掛けてたんすかね?」
魔王はケースケの言葉にフッと緊張を緩めた。
「ああ、そうだった。ケースケだったか?異世界人とはどんなものか、勇者しか知らなかったから興味があった。お前の話なら聞こう」