第一話 バンドマンは異世界へ
よろしくお願いします。
「勇者レオン!魔王を倒す旅に出てくれ!」
「はい!もちろんです!」
キラキラした目の若者と、ギラギラした冠の王様が握手を交わした。
「そして……」
王様が気まずそうにこっちを見た。
「ふりーたー?のケースケ、は、どうする?」
「とりあえず衣食住とか?お願いしたいっす……」
「そうか!そのように手配してやろう!」
王様は少し安心したような顔をした。周りにいた人達に促されて、ケースケは広間を出た。
「ケースケ殿は、ふりーたー?という肩書きのようですが、どのようなものでしょうか?」
「コンビニとか工場とかでバイトして……ああ、コンビニもバイトも分かんないすよね」
ケースケは頭を抱えた。
「お店番?とか、工場は分かるかな?そういう所で短い時間働くかんじの、正社員じゃなくて、みたいな」
ケースケは相手の様子を見ながら言葉を選んだ。
「短期契約の仕事を、職種にこだわらずされていたということでしょうか」
王様のお城に勤める人だから、賢くて察しが良いのだろうとケースケは感心している。
「それでは、特別な技術等は特に持っていないということでよろしいでしょうか?」
ケースケは頭をグシグシと掻きながら考えた。
「一応本業は……バンドマン……なんすよ」
その場にいたケースケ以外の人間全員が頭を傾げた。ケースケはその様子を見て、身を乗り出した。
「こ、この世界に楽器はありますか!?特にその、弦楽器、とか……」
そう言うと何人かがバタバタと部屋から出て行った。
色んな楽器や、楽器が載った本を見せてくれるという。
ケースケはそれを待つ間、この怒涛の数時間を振り返った。
二十三歳のバンドマン。三田川京輔。バイト帰りに電車を待っていたら、急に眩しくなって、目を開けると王宮の広間にいた。近くにあった鏡のようなものを見ていた人が、勇者レオン、フリーターのケースケだと言っていた。
説明によると、この国は魔王の出現で危機的状況にあって、勇者を召喚する儀式をしたらしい。そうしたら、京輔も来てしまった。多分、近くにいたからだろうと言われた。
平たく言えば、ファンタジーな世界に転移したということらしい。そして過去にも京輔のように勇者と一緒にうっかり来た人はいたことがあったと言っていた。ただ、その人達も勇者も、決して元の世界には戻れなかったとも説明された。
ケースケは今の状態も受け入れるしかないとため息をついた。バイト先に迷惑だとか、バンドメンバーはケースケというギターボーカルが不在で月末のイベントはお金だけ払わされることになるとか、色々考えたが一旦それは頭の隅に置いておくことにした。沢山の楽器が運ばれてきたからだ。
「すみません、似たようなものはあるっちゃあるんすけど、弾き方が違うというか……」
せめてアコースティックギターでもあれば、弾き語りが出来るのではと思ったが、弦楽器はヴァイオリンのような形のものや、三味線のようなものばかりで、ギターとは大分違う。
「素材や設計図を教えてくだされば、近いものは作れるかと……」
申し訳無さそうにそう言われて、そうか作ってもらえるのかとケースケは一瞬喜んだ。
「ネックはマホガニーで、あれ、マホガニーって分かる?ええっと、何の木?……弦はスチールとかって、分かる?……」
それなりにバンドをしてきて、楽器や機材も触れてきた。しかし、多少の知識はあっても一から作るとなると話は変わってくる。
「作ってもらうのも、難しそうで……」
それから歌もアカペラで披露することになった。元々バンドの演奏ありきの歌を、そのまま歌ってもと思った通り、この世界ではまだ受け入れられるようなものでは無いと、またも気まずそうに言われた。
「こうなるって知ってたら、ギターの素材がどんな木でどんな気候で出来たものなのかとか、歌のレッスンとかしておいたら良かったな」
そんなことを呟いたが全て後の祭りで、とりあえずこの世界に通用する特技も何も無いケースケは、王宮と呼ばれる場所でしばらく生活させてもらえることになった。