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7、元聖女、王妃になる

短編版から結婚式場面加筆しました。




 ────結婚式がいよいよ、始まった。



 美しく荘厳なステンドグラスが輝く大聖堂の中、貴族や軍人や聖職者その他、国中の主要人物が勢ぞろいしている。

 その中央のバージンロードを、私はゆっくりと歩く。

 終着点で待つ、礼装のウィルフレッドのもとへ。


 大学時代毎日会ってた彼のはずなのに、不意に思ってしまう。



(……なんて素敵な男性なんだろう)と。



 15年の歳を重ねただけで、ウィルフレッドには違いない。

 なのに、なんでこんなに見とれてしまうのかしら。


 2人で壇上に上った。

 新婦として誓いの言葉を口にする。


 そしてウィルフレッドの手に誘われ、緊張しながら身体を寄せる。

 彼の唇が、私のそれに重なった。


 想像していたよりも柔らかくて、びっくりするほど優しかった。



(あのウィルフレッドが、女性にはこんな優しいキスをするのね)



 失礼な驚き方だったけど、ドキドキしつつも、くちづけが優しかったことはひとつ私を安心させた。


 だけど式はまだ終わらない。


 退出時には、左右に数えきれない人が並び、見送られながら私たちは絨毯(じゅうたん)の上を歩いていく。

 その圧巻の光景に、深く息を吸って吐いた。


 この何百人いるのだろうという人々が、私たちの結婚に立ち会った。

 本当に今日、私は、ウィルフレッドの妻になるんだ。



 ────やっと、長い道のりを抜け、馬車で2人きりになった時、安堵のため息が漏れる。



「疲れたか?」

「……ええ。あなたは何だかずっと、楽しそうだったわね」

「そりゃ楽しいさ」

「『そりゃ』?」

「おまえは?」

「楽しんでる余裕なんてないわよ。ひたすら緊張して……」



 ……私を待っていたウィルフレッドが素敵だった、ということまでは言わなくていいわよね。



「聖女に就任した時を思い出したかしら」

「……真面目だな」

「結婚式(イコール)王妃の就任式みたいなものですからね」



 正確に言えば、結婚成立には、これから後に待っているものも必要だ。


 深呼吸して、私はウィルフレッドを見つめる。



「……ひとつだけお願いして良い?」

「なんだ?」

「その、えっと、夜……手加減……してくれる?」



 クスッと笑って彼は「善処する」と答える。


 笑い事じゃないわ、と思いながらも、くちづけが優しかったこともあって、その時の私は素直に彼の言葉を信じていた。



     ***



「────う、そ、つき…………」



 ……そして結婚式の翌朝。

 ベッドの上で、動けない私はシーツを握りしめて唸るしかなかった。



「てかげん……してくれるって……言ったじゃない」

「だいぶ手心は加えたぞ?」

「…………身体が……全然動かないんですけど?」

「そうか、それは悪かった」



 恨めしく顔を上げた私にウィルフレッドはくちづけて、

「今夜はもう少し優しくする」

と言って髪を撫でる。

 ……あんまり信用できない気がする。


 というか、彼とキスしている自分がいまだに信じられない。

 そして、彼の妻になったという事実も。


 ウィルフレッドの方にちらりと目をやる。

 服の上からはすらりと細く見えて、脱いだら筋肉で締まっている身体が眩しい。

 同じ35歳のはずなのに。


(全然釣り合う気がしない)


 せめてもう少し若い私だったら、なんて、思っても仕方ないことを思ってみたり。



「しばらく、眠れ。

 何か子守唄がわりに弾いてやろうか。

 ヴァイオリンかピアノでも」


「ああ、そうね……」



 彼は武闘派のわりに、王子のたしなみとして楽器が得意だった。

 いまだに近くに楽器を置いているほど好きなのね。



「…………ヴィオラが良いわ。あなたのヴィオラの音が一番好き」



 回らない頭で呟くと、ククっと笑って寝間着をまといウィルフレッドはベッドから出る。


 楽器を手に取り、少し離れて奏で始めた。

 人の声に近い、ヴァイオリンよりも落ち着く音色。

 主旋律を弾くことの少ない楽器だけど、私はこの音が好き。



(……懐かしい。私の一番好きな曲、覚えててくれたのね)



 私は自然と目を閉じる。

 ウィルフレッドは私のことを本当によく覚えてくれている。

 でも、私だって覚えていることがある。


 学生たちは定期的に奉仕活動をしており、私たちは孤児院や乳児院にしばしば出向いた。一番熱心に子どもの世話をしていたのが彼だった。



『そんな遊び、どこで知ったんだ?』


 私が子どもと遊んでいる時に、彼が驚いて声をかけてきたことがある。


『これはお父様からだったかしら。私が小さな頃、両親もお兄様も、忙しいけどできるだけ時間を作って私と遊んでくれていたのよ』


『ふぅん……それはうらやましい。うちは両親とも子どもの頃はほとんど会わなかったからな』


『そうなの?』


『俺も、将来子どもを授かったら……ルイーズの家のように遊んでやりたいな。大きくなってからも楽しかったと思い出せるように』



 そう言って、少し照れたようにそむけた彼の目を私は覚えている。


 この短い期間で感じたけど、大人になっている面はあるけど、本質的にウィルフレッドは15年前と変わっていない。

 たぶん、本音では今もきっと子どもが欲しいんじゃないかと思う。

 国王だから、国の都合を優先させているだけで。『白い結婚』でもいい、とまで言うなんて。



(…………どうか、間に合いますように)



 あと少し若ければ、なんて今思っても仕方ない。

 ただ願いながら、私は眠りについた。



     ***

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