36、元聖女の新たなる日常【最終話】
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「しかし、難しいものだな」
ウィルフレッドは今日も政治的難題に取り組むような顔をして、手足をじたばたさせて泣きまくる赤ちゃんを抱き上げている。
顔が整っているだけに、その構図はひどくシュールだった。
私たちの赤ちゃん、ジークフリートは元気に動いてよく泣く子だ。私たちだけじゃなく世話係も手こずらせている。
それでもウィルフレッドは『少しでも一緒にいる時間をつくりたい』と言って、こうして執務室に連れてきたりしているのだ。
「……どうした? 今は何で泣いているんだ? さっきおしめは変えただろう?」
とジークに話しかけたり頭を撫でたりじっと観察したり、まだしゃべるわけがない月齢の赤ちゃんとどうにかコミュニケーションを取ろうと試行錯誤する父親。
しばらくウィルフレッドがあれでもないこれでもないと試しているうちに、やがてジークは不意に泣き止んで目を閉じる。
何かが功を奏したというよりも、さんざん泣いて泣き疲れてコテンと寝落ちしてしまったようで、さすがにウィルフレッドも苦笑いして、傍らの小さなベッドに寝かせた。
『たぶんルイーズ似』だという顔の柔らかな頬を、ウィルフレッドは指先でぷにぷに押しながらジークの寝顔を見つめる。
「……眠ってる時は天使みたいなんだがな」
「そうよね、泣いてる時とのギャップがすごいわよね。でも寝顔が可愛いとつい全部許しちゃう感じ」
「なんで俺相手だとこうなんだか」
「私があやしてもなかなか泣き止まないわよ。
でもミリオラ宰相が代わってくれるとぴたりと泣き止むのよね……。あのスキルが切実に欲しいわ。
あと意外とイヴェットもあやし方うまいの。よくかまってくれるし、ジークも懐いてるし」
「俺たちは政務がある分、過ごせる時間が限られてるからな……」
ウィルフレッドは名残惜しそうにジークの頬から指を離した。
彼が目指すところの『子どもと積極的に触れ合って遊んであげる父親』像には、今のところ程遠いけれど、ウィルフレッドは自分なりにできる形で子どもに愛情を注いでいる。
(……それにしても、ほんと可愛い)
私は視線をジークフリートに移した。
ウィルフレッドは私似だというけど、私はたぶん父親似なんじゃないかなと思う。存在、表情、仕草、すべての要素が何とも可愛くて目を奪われる。
一緒にいる時間はもちろん苦労させられているし、大きくなってもやんちゃで手がかかる子になりそうなオーラをひしひしと感じるけど、それさえ愛おしく感じる。
政務が一区切りついたところで私も彼を抱き上げたいなと思っていると、不意に自分がウィルフレッドに抱き上げられた。
(!???!?)
「あの、ウィルフレッド??」
自分の椅子まで私を運んで、そのまま私を膝に座らせる。
そして後ろから抱きしめる。
何この唐突な行為。
子どもの前ですが??
「…………まだルイーズに触れられないのが寂しいな」
触れているのでは?と思った一瞬後に、彼の言いたいことを理解した。
って、何を言い出すかと思ったら。
「……子どもの前よ? 寝てるけど」
「これでも自制してる」
まるでげっぷをさせる時の赤ん坊のように私の肩に顎をおいて、少し甘えるような声を出す夫。
「あの時間が一番、ルイーズが自分のものだと実感できるんだ。
まるで世界中に俺とルイーズしかいないような、あの時間が」
「……昼間からそういうことを……」
「ルイーズはどう思っている?」
ウィルフレッドが私の耳元に口づけた。
……途端に、ジークが突然激しく泣き出す。
「…………まぁ、しばらく先か」
諦めたようにため息をつくウィルフレッドを尻目に、私はジークのそばに駆け寄って抱き上げる。
抱き上げた途端泣き止み、甘えるように私にしがみつく小さな小さな手。
きっとあっという間に過ぎ去ってしまうだろう、こんな奇跡みたいな日々にそっと胸の中で感謝しながら子守唄を口ずさんだ。
【おわり】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
最終話更新遅れ、すみませんでした。




