30、魔術師の思惑【ラッヘ視点】
────一方、ラッヘ側は密かにある苛立ちを抱えていた。
(ガストラ王国め……聖女の誕生日から3週間を過ぎて未だに首尾の報告がないとは、何なのか)
彼がそれまでの人生をかけて築き上げてきた地位と名声を、生まれ持った才能という凶器であっさりと葬りさった聖女ルイーズに対する完全なる復讐────自分と同じ苦しみを味わわせること。
それがラッヘの目的である。
その目的は、本来、メアリー王女の手でルイーズを追放させた時、叶うはずだった。
結婚という選択肢も失われるであろう年齢を狙い、将来の女王にするべく育てていた愛する姪の手によって追放させる。
女としての幸せも捨てて彼女が15年間築き上げたものを奪い、名誉を地に落とすのだ。
宰相たちは甘く見ていたようだが、ルイーズを追放すれば多方面でヨランディアに悪影響が及ぶことをラッヘはわかっていた。
わかっていて、何も助言せず放置するつもりだったのだ。
国民には『追放された元聖女の呪い』と吹聴し、ルイーズを憎悪させ、彼女の権威と名誉を失墜させるつもりだった。
自分の表舞台への復帰はそれからと決めていた。
────だが、想定外の事態が起きた。
追放直後に、ルイーズの所在が捕捉できなくなったのだ。
調べてわかったのは、失った地位への未練でヨランディアの辺境に留まるだろうというラッヘの予想に反し、ルイーズは自分の足で母の祖国ランカ王国を目指すべく早々に国境を越えていたこと。
さらに同じタイミングでグライシード王国の国王が密かにヨランディアに入国し、ルイーズを追ったらしいこと……。
悪い予感がしたラッヘは南方の国々へと間諜を送った。
そして知ったのだ。
憎きルイーズが、グライシード国王ウィルフレッド・オブシディアン・グライシードの妻におさまっていたという事実を。
(何なのだ……何なのだ、あの女は!!)
絶望のどん底に突き落としたはずが、あっさりと次の場所、次の栄光を手に入れている。
王位に就くことを目的にしていたメアリー、ルイーズを追い出すことを目的にしていた宰相と違い、ルイーズへの復讐を第一の目的としていたラッヘは、あとに引けなくなった。
ルイーズ・バルキリー・ディアナ・ヨランディアの地位を再び奪うまで。
ちょうどその頃、女王と宰相の関係に亀裂が生じ始めていた。
宰相側についたラッヘは、女王が『遠隔透視魔法を使える人間』を探しているタイミングに乗じて、『引退した老魔術師』のふりをして現れた。
そうして女王メアリーに取り入り……言いくるめてメアリー自らルイーズを呪わせ、『呪い還り』を受けさせた。
容貌というメアリーの弱点を握った彼は、再び女王を宰相の言うなりにさせつつ、さらに間諜を動かすための予算を得て、再びルイーズに復讐するための手段を探った。
結果、グライシード王国と敵対しているガストラ王国が、ウィルフレッド国王の暗殺を目論んでいることを知った。
宰相は聖女ルイーズとはもう関わりたくないと渋ったが、ラッヘは宰相を説得した。
そうしてヨランディアが握っているルイーズの情報と資金を、ガストラ王国に提供したのだ。
────決行は王妃ルイーズの誕生日に。
────王妃をかばう形で国王が死ぬように。
この2点を守る形での暗殺を、と、ラッヘは伝えた。
つまり、国王を殺すだけではなく、死後にルイーズに非難が集まり地位を追われる形にしたかったのである。
その決行日のはずの聖女の誕生日から音沙汰がない。
ガストラ王国は暗殺を決行したのか、そしてそれは成功したのか。
やきもきしながら、ガストラ王国の知らせを待っていたラッヘだった……。
ところが、結果は意外な形で知らされることとなる。
「女王陛下!! 女王陛下に緊急のご報告を申し上げます!!」
女王の執務室に伝令の者が駆け込んできたのだ。
「……直答を許します。何があったのですか」
ラッヘが何か言う前に、虚ろな目の女王が許可を与えてしまった。「はっ!」と伝令はひざまずく。
「おそれながら申し上げます。
南方のガストラ王国の首都がグライシード軍によって制圧され、王城が陥落したとの知らせが……!!」
「は……!?」思わず声をあげたのはラッヘの方だった。
「ガストラ王国内の有力貴族は軒並みグライシードに従い、おそらくこのまま属国化されるのではとの見方が……」
(一体……何が起こっているのだ?)
わけがわからないまま、ラッヘはその場に立ち尽くした。
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