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29、新女王、詰む【メアリー視点】

     ***



「……では女王陛下、こちらの書面にご署名を」



 宰相からだという書面が女官の手によって机に置かれ、メアリーはうつろな目で機械的にサインをする。


 目を通し、その上で女王として自分の意見や判断を挟みたいという気持ちはあるのに、頭が追い付かず、目が滑ってしまう。



「では、こちらをお預かりいたします」



 書面を渡した高官が、メアリーから直接書面を受け取ろうとすると「近づかないで!!!」とメアリーは悲鳴をあげた。


 傍らにいた『老魔術師』が、メアリーの手から書面を受け取り、

「こちら、どうぞ」

と高官に手渡した。


「は、はぁ……」


 高官は書面を受け取り、「では」とそそくさと執務室を出ていった。



「……いけませんな女王陛下。

 あの者には陛下のお顔は、元通りに見えているのですよ?

 ご自身で不審な言動をなさっては、おかしく思われるでしょう」



 『老魔術師』は含み笑いをする。



「……あなたのせいじゃない」



 メアリーは『老魔術師』を睨んだ。


 正確には、彼は魔術師ではなく、かつてルイーズに罷免された元高位聖職者であった。その名をラッヘという。


 メアリーはまったく知らないことだったが、この男は、元々この国の聖職者の中でも最上位の力を持ち、国教会の長である『総主教』の地位を狙っていた。


 だが15年前、王女ルイーズが『女王』ではなく『聖女』として、『総主教』のさらに上────国内すべての聖職者の頂点に立つことになった。

 ラッヘはそれに強く反発、1人でルイーズに反旗を翻したものの、一対一の魔力勝負で敗れたのだ。

 結果、罷免に加え流刑となり、都から遠く離れた地に流された。


 その後ラッヘは、相手を小娘と侮って一対一の対決にこだわった自分の失敗を省み、聖職者の伝をたどりながらルイーズに不満を持つ層を探り、取り込んだ。


『王女殿下、いや、“聖女”などというこの国ではあり得ない称号を名乗る簒奪者ルイーズ。

 彼女を引きずり下ろすには、正統なる王女メアリー殿下がその意思を示さなくてはならない』


 10年近くかけ、かつて彼と対立していた宰相やスリザリー公爵と名を偽って接触し、つながった。

 それからは反ルイーズ派の旗頭にメアリーを据えるべく、何年もかけて少女の中に自分たちにとって都合のいい考えを刷り込ませてきたのだ。


 クーデターは見事成功。

 だがラッヘ自身は、ある目的のもと、まだ表舞台に戻ってはいなかった。

 ────彼の目的は達せられていなかったから。



「騙されたわ……」メアリーは呻く。


「思い返してみたら、これ、すごく昔に習ってた。

 『呪い還り』でしょう?

 人から呪われた時の症状じゃなく、自分の呪いが自分に還ってきたときの……」


「おや、今頃お気づきですかな?」


「あなた、こうなるとわかってて、私にあの女を呪わせたんでしょう?

 なのに、あの女から報復でさらに呪われたんだって、私を騙して!!」


「それはそれは。

 聖女猊下から習ったことはしっかり復習しておくべきでしたなぁ」



 メアリーは口をつぐんだ。

 教えてくれたのはルイーズだった。

 だが、ルイーズが教えたことは全部自分を都合よく動かすためのものだと勝手に思い込んで、思い出そうとしていなかった。



「そ、それにしたって、治せる治せるって言って、ずっと治してくれない……!

 本当に治す力があるの!?」


「おや、お疑いならば、いますぐ魔法を解いて、ありのままのお姿が見えるようにさせていただいても良いのですよ」


「…………性悪」


「何度も申し上げておりますが。

 宰相閣下の御子息と正式にご結婚いただき、お子を産んでいただければ、治させていただきます、と。

 早く王位を継ぎ、さらに早く跡継ぎをもうける。

 女王陛下の当初のご希望通りでしょう?」



 メアリーは唇を噛む。

 女王は自分だというのに……ここまで屈辱的な条件を突きつけられなければならないのか。


 母親……ジーナ妃からも、スリザリー公爵家からも、しばらく隔離されていた。

 いまは誰からも知恵を借りることができない。

 ただ、ひとつ確信していることがある。



(……たぶん、子どもを産まされたら、終わりだわ)



 魔術師経由で提示された宰相の条件を飲まずにいるのは、そこだった。


 宰相にとっては、少しでも早く、自分の血を引く孫を王位につけたいはず。

 極論を言えば、その孫さえ産まれてしまえば、自分の言うなりにならないメアリーなどいつでも殺せる。

 殺すまでいかなくても国民には病気だと言って幽閉してしまうことだって可能だ。


 少しでも何か打開策を探るなら、結婚しないうちだ……。



「……力を示すこともできないってわけ?

 これだけ広範囲に出ているのよ。

 一部でも治してみせたりできないなら、信じられないわ」



 挑発的な物言いを試してみても、『老魔術師』は……否、ラッヘは冷ややかに笑うばかり。



「……他にも習ったこと、思い出したの。

 確か、呪われた相手の『許し』がない状態で、還ってきた呪いを解くのは、すごく難しいことだと。

 特に呪われた相手と、治療者との間に魔力の差がある場合は……」



 暗に、それだけの力があるのか?と煽ってみる。

 一瞬『老魔術師』が眉を寄せたのを見て、メアリーは落胆する。

 痛いところを突かれた。そういう表情だった。



「────余計なことは、お考えにならないことです。

 我々の献言に従ってくださるのならば、女王陛下のもうひとつのお望みも叶えて差し上げるのですから」


「……………………」


「申し上げましたように、わたくし個人の目的は、かつての聖女猊下への報復────彼女の破滅と、不可逆的な権威の失墜。

 女王陛下のお望みも同じでございましょう?」



 メアリーは頭を働かせようとしたが、動かない。

 今はもう、叔母に対して自分がどういう感情を持っているのかがわからなくなっていた。

 ただ、自分が大きく間違えたのだということだけはどうにか理解したのだった。

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