24、元聖女、踊る
貴婦人たちの挨拶が終わり、私は控え室に戻ってドレスを着替え髪型を変える。
「今日はあなたたちも大変ね」
朝から無双の大活躍中の凄腕侍女たちに声をかけると、
「今日こそは私たちの腕の見せ場ですから!」
「せっかくですもの。一番お美しい王妃陛下を皆に見せます!」
と、頼もしく笑う。
ぐっと華やかなドレスをまとった私は、ウィルフレッドに手を取られ朝とは逆側のバルコニーに出る。
その光景が目に飛び込んできた瞬間、私は息を呑んだ。
堀を挟んで、見渡す限りまさに老若男女、何千、もしかしたら何万という人たちが集まって、こちらを見ている。
「壮観だろう?」
「に、人気があるのね、ウィルフレッド」
「もちろんおまえにだ。おまえの誕生日祝いなんだから」
深呼吸し、ゆったりと手を振って見せると、わああああっっ……と歓声が上がった。
いったいどれだけの人の声が合わさって、この全身震わせるような声の波を生み出しているんだろう。
考えていると、また目頭が熱くなってきた。
────王妃として認められている。
そう、実感して。
「ウィルフレッドは……私にこれを見せたかったの?」
「ああ。グライシードからの正当な評価だ」
「…………わさわざ自分の身が危ないのに、リスクを犯してまで、こんなこと」
大切に思っていた姪に疑われ、裏切られた。
年増聖女だと、聖女の名にふさわしくないと言って追い出された。
周囲の企みに気づかず止められなかった。
意識していなかったけど、思った以上に私、自信を失っていたみたい。
それをウィルフレッドは見抜いていた?
「…………この国に来て良かった」
国民たちの前から城の中に下がり、ぽつり呟いた
私は、ウィルフレッドの前で少し、泣いた。
***
「……ブランクは埋まったか?」
「さすがに、ちゃんと踊って見せるわよ。王妃ですから」
からかうようなウィルフレッドの言葉に、私は言い返す。
さすがに他の人に涙を見せるようなことはしない。
誕生日の祝宴はいよいよ、最後の舞踏会を残すばかりになっていた。
ドレスは艶のあるワインレッド、大粒のダイヤモンドのネックレスにイヤリング、そして輝くプラチナとダイヤのティアラ。
────聖職者だった15年間、私は一切ダンスをしていない。
その長いブランクを埋めるため、結婚してから、ウィルフレッドを相手に少しずつ練習していた。
学生時代は私がウィルフレッドに教える側だったのに
『俺が教える側になったな』
と笑われたのは、ちょっと悔しかった。
(あなたは立場が立場だし。
15年間、いろんな女性と踊っていたわよね、たぶん)
次々に私の見知らぬ綺麗な女性と優雅に踊るウィルフレッドを想像したら、ちょっとだけムカっとしたものだ。
それでも、今は十分勘が戻った。
ウィルフレッドに恥をかかせない程度のダンスはできるだろう。
煌びやかに飾り立てられたフロア。
ゆったりと奏でられる音楽。
人々の注目の中心に、ウィルフレッドと私は歩みだした。
私たちが中央に出たのに合わせて、楽器の演奏が一度止まる。
会話さえ途絶えた静寂の中、全員の視線を感じる。
最初の曲は、彼と私のダンスのためだけのものだ。
ヒールの高い靴のおかげで、いつもよりウィルフレッドの顔が近い。
────曲が始まった。
ウィルフレッドにしっかりホールドされ、リードに乗りながら、力を抜いてステップを踏む。
ドレスの裾がふわりと宙を踊り、まるで体重がなくなったように身体が舞う。
悔しいけれど15年分、彼はダンスが上手くなった。
我を忘れて、楽しく踊ってしまうほど。
(……大学の時とは全然違うわね)
大学ではダンスの機会もあり、卒業式後にも、ダンスパーティーがあった。
ただし女子学生はほぼいなかったので、多くは主に卒業生がその婚約者を招待して踊っていたのだ。
私は自分の卒業式には出られなかったけど、先輩方の卒業パーティーでは、後輩たちもダンスできたから、よくウィルフレッドの相手になって踊った。
あの時の、ダンス下手ながら懸命に踊る彼を懐かしいと思いながら、戻れない時代の記憶に浸る。
『ダメよ、いくら男性がリードすると言っても無理に引き寄せちゃ。男性側がこう構えて、迎え入れるの』
『……こう……こうか?』
『そうよ。そしたら、女性側がこう動くから……ちょっと、力入りすぎよ。もう少し……』
記憶のなかで一生懸命練習する10代の彼と、別人のように上手く踊る、目の前の35歳の彼。
(本当に……あの4年間は私にとって大切な日々だったんだわ。
友人としてのウィルフレッドも)
ああ、そうか。
私が『愛してる』という言葉に引っかかってしまったのは、そこだ。
あの時の思い出を、今の『愛してる』で塗りつぶしたくなかったのだ。
(そう……今は私、『愛してる』わ。
だけど感情の種類は違っても、どっちのウィルフレッドも私にとって大切なのよ)
自分の中で、答えが出ると、じわじわと愛おしさが込み上げてくる。
曲が終盤に入ってきた。
名残惜しいような気持ちになりながら、私はステップを踏み続ける。
永遠に続いて欲しい。
でもダンスはいつか終わるもの。
────曲が終わった。
拍手が広がっていく。
皆の注目が集まっていたことも、すっかり忘れていた。
頭にあったのは、ウィルフレッドのことばかり。
私たちは飲み物で喉を潤したあと、会場に用意された国王と王妃用の席に座る。
やがて次の曲が始まり、華やかに着飾った男女が麗しく踊り始めた。
「あのね、ウィルフレッド」
「ん?」
「舞踏会が終わったら、少し話があるの」




