第42話 お説教
「アツィーノさん、マイルドさん。どうですか僕の商売は? 貴族の皆さんにも大変人気で全財産や領地まで差し出して買ってくれましたよ!」
「おぅ、すげぇじゃねぇか小僧」
「ですね。政治的には見事な手腕でしたよ」
「えっへん」
いやぁ、初めての商売がこんなに上手くいくなんて。
僕ってばやっぱり商いの才能が溢れまくってるんだろうな。
「ただ、あれを商売と言うなら『最低』の一言に尽きます」
「あ、あれ? どういうことですか? マイルドさんだって今見事だって言ってくれたじゃないですか?」
「あれは商売でも何でもない。あれを商売だと誇るのであれば私はもう君に何も教えることはできません」
「えっ? えっ? えっ? どういうことですか? すいません。僕には良くわかりません。マイルドさん、教えて下さい」
マイルドさんの否定の言葉に頭がついてこなかった。
商売じゃないってどういうことなんだろ?
「では聞くが、ものを売るとき何を考えて売っていた?」
「はい、それはなるべく高い値段で売れるようにと思ってました」
「今回は政治的な制裁の側面もあったからそれでいいが、これがもし普通の客であればその客は二度と君からものを買うことはないだろう。商人として利益を上げるのは間違った考えではないが、目先のことしか考えられないのであれば商人としてはやっていけない」
ぐっ、そうか。
「また相手の立場でものを考えてみなさい。君の商品に全財産を支払うと聞いた時、君はどう思った?」
「正直驚きました。元々の価値がよく分からなかったのですが、絶界の魔物となるとそれほどの価値になるんだなと思いました」
「そうだね。自分の商品の価値を知らないということも問題だが、貴族たちが全財産を投げ出した理由は商品に価値があったからではないよ。理由は分かるかい?」
他の理由? そんなの全然思いつかない。
「いえ、分かりません」
「ならば考えなさい」
「······はい」
何故全財産を投げ出したか?
うーん。てっきり魔物の素材にそれだけの価値があるからだと思ってたんだけど······。
確かに全財産は多すぎじゃないかなと思ってはいた。
でも、アツィーノさんが一度は否定しろって言うからその通りにしたら今度は領地までついてきた。
最初の貴族がそうだったから、以降の人にもそう伝えると皆全財産と領地をもって買うと言ってきたんだよね。
それが商品の価値によるものではないとしたら、あと考えられるのは「罪に問われない」ため?
でもそのために全財産を投げ出すのかな?
殺しはしないってアルバが言ったのは皆聞いてたと思うし、罪に問われたとしても全財産を叩く程のものじゃないと思うんだよね。
うーん。分かんない。
でもそれ以外の理由が思いつかない。
「商品の価値以外で理由があるとすれば罪に問われないためでしょうか?」
「そうだね。では罪に問われたらどうなると思う?」
「分かりません。でも罪に応じて処刑よりも軽い処罰になると思ってました」
「そうだね。アーサーにしてみればそう思ったのかも知れない。でも、恐らく貴族たちは罪に問われたら元皇帝と同じように殺されると考えていたんだよ。敗戦国の重責を担っていたんだからね。罪に問われるということはそういうことだ。あと貴族たちは許される枠はたった3名しかいないと思っていただろうね」
エッ!?
「つまり、僕は……死にたく無ければ必死で高値をつけろと言っていたということですか?」
「気づいたかい? でも政治であればそれでいい。実際には誰も殺したりはしないし、財産を吐き出させる事が処罰とも言える。でも、あれは脅迫だ。あれを商売と言うなら僕は君の面倒はもう見ることができない」
そうだ。
確かに形として商品を売る体裁をとっていただけだ。
あの場の貴族たちは笑顔だったか?
皆怯えていたじゃないか。
これを商売と言ってはとてもじゃないけど父さんに顔向けできない。
「すいません。あれは商売とは到底言えません。僕が間違っていました。どうか見捨てないで下さい。これからもご指導をお願いします!」
マイルドさんに深く頭を下げた。
「分かってくれて良かった。どうか頭を上げてほしい。僕は君の配下なんだからね。でも、先程の売上は君個人の財産ではなく、政治的な取引の結果として国に譲って欲しい。それがこれからも指導する条件だ」
「当然です。貴族たちから巻き上げた財産は全部国の財産にします。ですのでこれからも宜しくお願いします!」
「ああ、わかった。これからも宜しくお願いするよ」
ああ、良かった。
マイルドさんは見捨てないでくれた。
本当に良かった。
そして、立場を利用して行う取引が如何に恐ろしいものか心に刻もう。
「アーサー、あと1つだけ言わせてほしい」
「はい、何でしょうか。何でも言って下さい!」
「うん……」
マイルドさんは僕を見て何か言いにくそうにしいた。
「実はね……これは僕の私見なんだけど……自分が仕留めた獲物を売るのは商人じゃなくて狩人や冒険者の仕事かなと。まぁ、それも商売ではあるんだけどね。ただ商人なら狩人が仕留めた獲物を買って売るのがあるべき姿なんじゃないかと思うんだよね」
「えっ……。じゃあ今までの仕入れは……商人のあるべき姿じゃないってことですか?」
「まぁ、あくまで僕の私見だけどね。そもそも商人てあんまり強くないから狩りをしないというのもあるけど、狩猟に費やす時間をお金で買っているという見方もできるね。安く仕入れて需要の高いところへ商品を運んで売るが商人の仕事だと僕は思うよ。その手前の商品を狩ったり、採取したり、収穫したり、造ったりするのは生産者の仕事だと思う」
「そ、そうですね。確かに。あれ? じゃあ僕は今まで商人らしいことは何もやってない?」
衝撃の事実に気づき崩れ落ちる。
「まぁ、そうなんだけどそんなに落ち込まないでくれ。今までは商売出来るような状況じゃなかったしね。その中でも出来ることをしていたと思うよ。それで今後はどういった商売をしていくつもりなんだい?」
どういった商売がしたいか……それは考えてなかったな。
「分かりません。取り敢えず仕入れた魔物の素材が沢山あるのでそれを売ろうと思ってました。でもそれをずっと続けていこうとは思っていません」
言われて気づいたけどやってることは狩人や冒険者と同じだしね。
「じゃあ、それはこれから一緒に考えていこう。ただどんな商売をするにせよこれだけは覚えておいてほしい。商人として大切なことは『持ちつ持たれつ』だと思う。仕入先の人、商品を買ってもらう人、そして一緒に働く仲間、皆が幸せになるようにしないと商売は長続きしない。これは僕の言葉じゃなくて君のお父さんから教えてもらった言葉だよ」
「父さんの?」
確かに父さんが言いそうな言葉だ。
父さんは楽しそうに商売をしていたし、周りも皆笑顔だった。その分、ものすごいお金持ちってわけではなかったけど、それでも商会の人皆が不自由なく暮らせるくらいには稼いでいたみたいだし、皆父さんを慕っていた。
だから僕は父さんみたいな商人になりたいと思ったんだ。
「では最後に質問だが、お客の全財産を奪うような売り方は正しいと思うかい?」
マイルドさんはニヤリと口角を上げて質問してきた。
うっ、心が抉られるような質問だ。
当然これは正しくない。
マイルドさんも僕がそれを理解していると分かっているはず。
それになんか諭すような口調じゃないのが気になった。
もしかしてこれは引っ掛けかな? ちょっとニヤついてるし。
単に正しくないって答えじゃないのかも知れない。
あ、そうだね。よく考えたらこれって商品次第だよね。
その全財産以上に価値があったらお客は儲けるだろうし。
「……そうですね。もし、商品にそれだけの価値があり客がそれで満足するなら有りだと思います。でも弱みにつけ込んで不当な値段で売っていたとしたら到底許されることではありません」
「素晴らしい、その通りだ。よく考えて答えを出せたね。状況によって何が正しいか良く見極めることが大切だよ。ただ、世の中には目の前の利益を優先して詐欺まがいの不当な商売をする商人が大勢いる。どうかそういった商人たちのようにならないでほしい。僕は君のお父さんのような素晴らしい商人になりたいし、君にもそうなってもらいたいと思っている」
「はい、僕もそうなりたいです!」
「じゃあこれで説教は終わりだ。これからどんな商売をしていくか一緒に考えよう」
「はいっ」
ただ、その答えは直ぐに見つかった。
「あ、ちょっといいですか?」
見計らったようにケンゾーさんが声を掛けてきたのだった。




