第41話 初めての商売
グランレクス竜帝国の建国宣言後、地下牢に囚われていた旧帝国の貴族達は今後について話し合っていた。
「あの宣言が本当なのであれば我らが殺されることはないのであろう? であれば如何にして政治の中枢に食い込むかが肝要なのではないか?」
「我らの領地がどうなるのかも分からんのだぞ? そんなことを気にしている場合ではない」
「そうだ。領地にいる血の気の多い親族がこれを期に蜂起でもしたらどうする? 今度こそ命はないぞ?」
「愚かな。我ら抜きで国が回るものか。殺さんということは使い道があるということであろう? 鬼人族だけで国を動かすことなど出来るはずがない」
囚われの身で現状できることは無いのだが、貴族達は先の見えぬ不安に駆られてあれこれと不毛な議論を続けていた。
そこへ一人の鬼人族がやってくる。
「貴様ら静かにしろ、陛下が一人ずつ面会すると仰せだ。貴様出ろっ」
「は、はいっ」
急に指名された貴族は驚きの声を上げて牢から出ていった。
牢の中はしばらく静寂が支配したが、またああでもないこうでもないと先の見えない話が繰り広げられるのであった。
一方一人連れ出された貴族はアーサーの前に膝まづいていた。
連れ出された先は何故か皇宮の庭だった。
「お初にお目にかかります。サボール・ドン・ワーキングにございます。こ、この度はアーサー陛下にご拝謁を賜り至上の喜びに打ち震えております」
「あぁ、いいよそんなに格式張らないで。この後沢山の人に遭う必要があるからあんまり時間ないんだ。これ僕が仕留めたんだけど、これいくらで買う?」
サボールにとって目の前のアーサーはあまりに幼かった。
建国宣言で白竜が主と称した存在とはとても思えなかった。この時までは。
「買う……とは一体何を? ひぃっ!」
突如サボールの目の前に巨大な魔物の死骸が3つ現れた。
その時に漏れ出た魔力の波動でサボールは眩暈がした。
そして悟った。この少年がこれらの魔物を仕留めうる力を有していることを。
そして自分の命など簡単に吹き飛ばせるということも。
サボールは頭を振って消え入りそうな意識を懸命に保ち、生き延びるために必死に思考を巡らすのだった。
「こ、これは死んでいるのか……しかしどれもとんでもない大物ですな。これを陛下が仕留められたと?」
「うん。そうだよ。絶界の深部にいた魔物だね。これにいくら出せる? どれでも気に入ったのでいいよ。それとも買わない?」
問答無用で突然始まった押し売りにサボールは困惑した。
要不要で言えば不要なものであり、営業センスの欠片もない商談であったがサボールは考えた。
(これは高値で買えば陛下の覚えがめでたくなる絶好の機会なのではないか)
(それにこれだけの大物であれば他の貴族の自慢にはなるか)
(だが、絶界の深部の獲物となれば一体どれほどの価値を付ければいいのか見当がつかん)
「恐れながら、大変喜ばしいことではあるのですが陛下は何故私にこの商談を持ちかけられたのでしょうか?」
「ああ、元帝国の貴族にこれを売ってくれって新しく宰相になるアツィーノに言われたからだよ。一番高く買ってくれた人は一切の罪を問わないこととするって言ってた」
「ならば、是非もない」
(なるほど、戦後の賠償という事か。今の質問をしていなければ危なかった。これは下手に安い値を付けると後から謀反の疑いをかけられて家を取り潰されるかもしれん。いや、それどころではない。よく状況を見ろ。罪を許されるのはたった3枠だ!)
サボールは自分状況が非常に苦しいものであることを理解した。
「これだけの獲物は今後お目にする機会もないでしょう。私の全財産をもってこの一番小さな獲物を購入させていただきます」
「うーん。全財産がいくらになるか分からないけど多分それじゃ買えないかもよ?(一度は否定しろって言われてるんだよね)」
(ぐっ、全財産でも足りんか。確かに我家よりも財力のある家はある。購入できない場合は何らかの罪に問われるのだろう。くそっ。命を握られているとなれば借金をするしかないか? いや、過去の帝国の地位は今や意味がない。商人どもが金を用立てるとは限らん。ならば領地を手放すしかないか? いや、それしかない。そもそも新しい帝国において領地が保証されるとは限らんのだ。この化け物に逆らって勝てるわけがない。ならば差し出せるものは全て差し出すのが賢明だ)
「ならば我が領地と騎士団を陛下に差し出しましょう」
「えっ、そんなに出しちゃって大丈夫なの?」
「勿論、財産も領地も手放せば生きてはいけません。ですので代わりと言ってはなんですが陛下の臣として働かせていただければこれ以上の誉れはありません」
「あ、うん。わかった。じゃあそれでいいよ。じゃあ詳しい値段については中で手続きして。あ、次の人呼んで」
「有難き幸せ。では失礼いたします」
そう言って退席したサボールは全財産の査定をされた後また地下牢へと戻されたのだった。
「おお、ワーキング伯爵。陛下への謁見はどうだったのだ?」
「ああ、陛下は幼き少年であった······が、あれは紛れもない化物だ。白竜を従えているというのも嘘ではないと思える程のな。まずもって敵には回せん」
「それで、何故一人ずつ呼び出されたのか?」
(さてどう答えるのが吉か?)
「まぁ陛下が仕留めた獲物を買わぬかと請われただけだった。無論、私なりに高値をつけさせてもらったよ。陛下も満足して下さったようだった。上手くすれば重役への取り立てもあり得るかもな。要件はそれだけだった」
(こうサラッと言っておけば、私が余力ある範囲で値をつけたと勘違いしてくれるだろう。まさか全財産と領地まで投げ売ったとは思うまい。最悪買えずに罪に問われたとしてもこれだけの誠意を見せれば助命は叶うのではないか?)
そんな駆け引きが地下で繰り広げられていたが、サボールの努力も虚しく「さっきの人は領地と全財産を支払うと言ってましたよ」とアーサーは告げるのだった。
ちなみにアーサーはアツィーノとマイルドに魔物の素材を売りたいと相談しており、そんな高級素材を買い取れるのは貴族くらいだと指摘され今に至る。
「毎回3体くらい魔物を取出して一番高値をつけた人の罪は問わないと貴族に言ってやれ。あと、値段をつけても一度目はそんなんじゃ売れんだろうと否定しろ。そうすりゃさらに高値で買い取るはずだ」
「へぇ、アツィーノさんも中々商売上手ですね。一番高値をつけた人に売ると言いつつ、毎回違う魔物を出すから全員買うことができるんですね」
「そうだ。分かってんじゃねぇか。まぁ、これも政治だ。旧帝国の貴族からは出来るだけ力を削いでおきたいからな。ちっと協力してくれや」
そんなやり取りがなされていたことを旧帝国の貴族たちは知らない。そして次々と全財産と土地を手放していくのだった。
やっとアーサーが商売らしいこと?(権力を背景にした押し売りとも言う)を始めました。
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