第37話 取引成立という名の罠
鬼人族の勝鬨の声が上がる。
「アルバ。終わったよ」
『どうやら上手くいったようじゃな』
アルバは何事もなかったかのようにむくっと起き上がる。
「それで随分重傷だったようだけど大丈夫なの?」
『うむ。あの攻撃をくらった時は正直焦ったが回復魔法で問題なく回復できた。しかし【障壁】ごと我を貫くとは思わなんだ。もし頭か心臓を狙われていたら即死していたかもしれん。あの魔道兵器どもは単なる魔法攻撃とは一線を画しておった。特に「神槍」は別格じゃったな。あれが連射されていたら我も死んでいたかもしれん。鬼人族のみであれば間違いなく犠牲者がでておったじゃろうな(アレは折を見て回収しておかねばな)』
「ありがとね。アルバ。皆の代わりに切り込み隊長をやってくれたんでしょ?」
『な、何を言う。我は人族の傲慢な魔道兵器とやらが気に食わなかっただけじゃ。鬼人族のためではない』
「はいはい、そういうことにしておくよ。でもこれで鬼人族の自由と誇りは取り戻せたかな?」
『その点は問題なかろう。この勝鬨こそがその証』
よし、これでゴウケツとの約束も果たせたし。ようやく次に進めるなぁ。
この1ヶ月で沢山素材も集めたし立派な商人になるのを目指して頑張ろうっと。
ちょっと寄り道がひどかったよね。
「主、アルバ様もご無事でしたか。よかった」
『無論無事じゃ。我を何だと思うておる。それと主殿に関しては心配するだけ無駄じゃ』
ゴウケツは立場的に僕の配下なので、今回の戦いに参戦していたものの一歩引いた感じでエイケツさんを支援する立ち位置で動いていた。
ゴウケツは城壁を飛び降りると僕の前に来て跪いた。
「主、我が一族を帝国より解放していただいた御恩は一生忘れませぬ。残りの我が人生は主に捧げまする」
「ちょっと突然改まって……そんなのいいってゴウケツ。それに少し手を貸したかもしれないけど実際に帝国と戦ったのは鬼人族の皆さんだし」
「そうであっても主とアルバ様の助力がなければ到底成し得たとは思えませぬ」
ゴウケツは根はいい奴なんだけど、ちょっと固いところもある。
人生捧げるとか重いでしょ。
「う~ん。ゴウケツを家来にしたのは僕だけど、『鬼人族を帝国から解放する』っていう目標を一緒に達成した仲間でもあるんだし、あんまり固く接せられると距離を感じちゃうと言うか寂しいというか……もっと友達みたいな感じでさ気楽に行こうよ」
熱血騎士団や鬼人族の皆は仲間というか友達というか、特別な絆を感じている。
だけど皆どこか僕に対して一歩引いた感じがあるんだよね。遠慮しないのはヒバーナさんくらいかな。それがちょっと寂しく思うときがある。
僅かに沈んだ僕の表情を見て、ゴウケツは何かを察してくれたらしい。
ゴウケツは立ち上がって僕の肩に手を置いた。
「分かった。アーサー、これからもよろしく頼む。これでいいか?」
「うん、そうそう。そんな感じでいいよ」
「我はアーサーの家来であるが、友でもある。友であるから助け合うのは当たり前だ。これ以上礼は言わん」
「うんうん。それでいいんじゃない?」
ゴウケツの口から出た友という言葉が、思いの外嬉しかったようで自然と笑みがこぼれてくる。
『ふむ。ならば我も。アーサーよろしくな』
――ズシィ――
『あ、主殿? どういうことなのじゃ? ちょっと苦しいのじゃ。何故地面にめり込ませるのじゃ?』
「ん? 何かアルバは偉そうだからヤダ」
『えぇぇ! あんまりなのじゃ! これは理不尽なのじゃ!』
ふふ。アルバとは今までと同じがいいな。
「ああ、そう言えば。エイケツが戦後の処理で手助けを求めててな。ちと、手伝ってはくれんか?」
「うん、いいよ」
ひょいっと城壁を飛び越して皇宮へと向かった。
『あ、ちょっと、主殿! 我を放置して行かないで!』
◇皇宮:地下牢◇
「これは一体どういうことか」
「無礼者、この非常時に何をしておる! 早くここから出せ!」
「ふざけるなっ、儂が一体何をした⁉」
アーサーと取引した兵士たちによって帝国内の貴族は次々と収監されていった。
「おお、貴殿らも連れてこられたか。騒ぐだけ体力のムダだ。一先ず落ち着かれよ」
宰相ルイーズの声がけに、新たに収監された面々は少しばかり落着きを取り戻す。
「おお、これはルイーズ殿。貴殿もここに? 何が起きておるのかご説明頂けるか!?」
「ルイーズ殿がおられるならここは安全なのか?」
「よく見ればここにはいるのは上級貴族ばかりか……」
一息ついてルイーズは話し始めた。
「落ち着かれたか? 儂にも詳細は分からぬが儂が視た事のあらましで良ければお話しよう。信じ難いかも話しかも知れんが誓って嘘ではない」
「お聞かせ願おう」
「信じましょう」
「うむ」
新たに連れてこられた3人は頷く。
「まず、貴殿らも承知のことかと思うが白竜が帝都を襲来した。これについては今現在も帝都上空を飛び回っておるようだから知らぬ者はおるまい。白竜の目的は分からぬが今のところ帝都に大きな被害は出ておらん」
白竜が飛び回っているため帝都の住民は全てが恐怖に身を震わせている。そして保身に走る貴族たちも白竜を恐れて壁外に脱出できなかった。
「儂を捕えたガレスが言うには、あの白竜はとある方が従えておるとのことだが儂にはその真偽は判別できん」
その言葉を聞いた貴族たちはざわめいた。
あまりに現実離れしているのだ。たとえガレス将軍の言葉であったとしても受け入れられるものではない。
「まぁ、そのことは今は横に置こう。問題は白竜の襲来に乗じて鬼人族共がこの帝都を襲撃したのだ。もっと端的に言えば狙いは帝都そのものではなく陛下の命だった。そして謀叛は成り、陛下は捕らえられ今は独房におられる」
そして更に受け入れ難い言葉が語られたのだった。
「ルイーズ殿、まさか我らをからかってはおられまいな?」
「ば、馬鹿な! 帝都の防衛が破られるわけがない! 金獅子や近衛は何をしておったのだ!?」
「いや、貴殿らも話を遮るな。ルイーズ殿の言葉を信じるのではなかったか?」
ルイーズも自身の言葉が受け入れ難いものであることを承知しており少し間を置いた。
「無論嘘ではないし、驚かれるのも無理はない。如何に白竜に目を奪われていたとは言え奴らの襲撃は驚くほど速く、僅かな時間で終わったのだからな。鬼人族の襲撃は空から行われた。奴らのところに駐在していた竜騎士隊が寝返ったようだ」
「竜騎士隊が寝返っただと? やはり勇者の提言など聞き入れるべきではないかったのだ! あの寄せ集め共が!」
「所詮は真の帝国軍人ではなかったのだ。こうなることは目に見えていた」
「裏切りは戦の常とは言え……いや、それより空からであれば『滅竜砲』や『神槍』での迎撃はなかったのですかな?」
次々と明かされる事実に貴族たちは驚きを隠せなかった。
「『神槍』は白竜に1発放っており次弾の魔力充填は間に合わなかった。『滅竜砲』は迎撃できるどうかというところで破壊されたようだ。それというのも何らかのスキルだと思うが奴らの姿を視認することは出来なかった。索敵の【感知】持ちのみが存在を把握できたらしく魔導士も迎撃することはできなかったらしい。鬼人族は半数が地上に降り皇宮を制圧、陛下の確保に至った」
「半数? 竜騎士隊の騎竜の数からして大した人数ではなかろう? 金獅子や近衛は何をしていたのだ?」
「確かに、如何に鬼人族が強者とは言え数の力には敵うはずがない」
「あの鬼人族最強のゴウケツでさえ近衛が5人も囲めば手も足も出なかったのだぞ? 負けるはずがない」
ルイーズの話は信じがたい点はあるものの、それでもここまでは許容できた。
皇室近衛兵団は精鋭中の精鋭であり、数は師団ほど多くないものの1000名が名を連ねている。
兵を分散していたとしても数十名の鬼人族に後れを取るはずがないのである。
話を聞いていた貴族たちの疑問はもっともである。
「ここから先は儂にも半信半疑なのだが、ガレスの話によると鬼人族一人一人が一騎当千。ゴウケツの比ではなかったらしい。対峙したガレスも立っているのがやっとでまともに動くことが出来ず、他の近衛は立っていることさえ出来なかったらしい」
「そ、そんな!」
「対峙するだけで? ガレス殿が立っているのがやっとだと?」
「流石に信じられんな……ガレス殿が裏切ったのでは?」
「まぁ、こればかりは儂も本当かどうか測りかねておる。が、力の差が大きかったのは確かだろう。この戦いでの人的被害はタレス将軍一名のみ。ちなみに、宮廷魔法師団が張った【障壁】の内側にいたタレス将軍は敵の勧告を無視して首を撥ね飛ばされた。ただ、どうやって首を落とされたのかは誰も分からなかったらしい。分かったのは敵の力が圧倒的であることのみ。そのあまりの力量差に兵の心が折れて何の抵抗もできなかったらしい」
「なっ!」
「そんな馬鹿な」
「俄かには信じられんが……収監されている以上、鬼人族に負けたのは事実なのであろうな」
「それで我らはどうなるのだ?」
「陛下と共に処刑されるのか?」
新しく収監された貴族のみならず他の貴族達も騒ぎ始めた。
戦いは大きなものではなかったものの敗戦国の特権階級である以上、収監されている以上、これから先に待ち受けている未来は明るくないのだろう。
「この先どうなるかは儂にも分からん。ただ、鬼人族は帝国の民に恨みがあるわけではないとのことだ。そのため明確に求められているのは陛下の命のみ。我らの処遇まではわからん。奴らの気まぐれで助かる可能性もあるかもしれん」
「だが、陛下を失えば国が割れるぞ。結果多くの民の命が失われるかもしれん」
「まぁ、間違いなく割れるだろうな。しかし鬼人族からすれば知ったことではないのだろう」
ルイーズ達があれこれと騒いでいる最中。鬼人族と近衛兵に連れられてアーサーが地下牢へと足を運んだのだった。
「控えろ。若の御前だ」
エイケツの声に貴族たちは息をひそめる。
何しろ鬼人族に命を握られているのだから当然だ。
「え~っと、言うことに大人しく従ってくれるなら命は助けます。どうしますか?」
少年の突然の提案に貴族たちはきょとんとするが、直ぐに我に返り全員がその提案を受け入れたのであった。
「じゃあ、取引成立ですね」




