第36話 終戦
◇城壁:金獅子師団団長タレス将軍◇
「感あり! 敵の数が増えました。一部は皇宮内に突入を開始しました。突入した数は動きが速すぎて補足しきれません。依然として上空に敵数30。大きさからして翼竜に騎乗していると思われます!」
「くそ、翼竜部隊が裏切ったというのか!? いや、それはいい。突入した敵は近衛兵に任せる。こちらは上空の敵に集中する。白竜に動きがあったら報告しろ!」
所詮竜騎士隊の奴らはまがい物だったという事だ。
軟弱な勇者の提案で作られた寄せ集めの部隊。そもそも帝国最強を名乗る資格などなかったのだ。
その竜騎士隊に敗れた鬼人族どもが多少突入したところで近衛兵には歯が立つまい。
「報告! 白竜の傍にいつの間にか少年がいます」
「何だと!? いつの間に? そちらの対処は任す。機関銃で始末しろ」
「はっ!」
何だ、あのガキは。得体が知れん。が、何でもいい。
この戦場に現れたのだ。敵で間違いはない。
殺して構わん。
「上空の正体不明の敵に対し、『滅竜砲』全砲門発射用意。標準は適当でいい。敵魔力を補足次第、追尾機能に任せ随時発射せよ!」
「はっ!」
どうやっているのか分からんが、姿が見えずとも【感知】出来ている以上『滅竜砲』からは逃れられん。
我らの力を甘く見るなよ。
「こちらの【障壁】はどうなっている?」
「宮廷魔法師団が逐次展開中。以降の敵の突入は阻止できると思われます」
「よし、ならば何とかなる。陛下に我らの勝利を捧げるのだ!」
――はっ!――
【障壁】が展開出来れば守りは問題ないだろう。
仮に手榴弾で攻撃されても少しは耐えられる。
そう、この時まではタレス将軍のみならず帝国兵は皆何とかなると思っていた。この時までは。
――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――
――ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガン――
「は、白竜の【障壁】が復活しています!」
「何だと!?」
いや、白竜は伏したままだ。
もはや生きているかどうかも疑わしい。
となればあの【障壁】は誰が張った? まさかあのガキか?
いや、機関銃を防ぐ程の【障壁】をあのガキ一人で張れるはずがない。
――ドンドンドンドン――
「敵の攻撃により『滅竜砲』が全砲門破壊されました!」
「な、何だと!? 【障壁】はどうした!?」
「砲撃のために【障壁】を一部解除した隙間を狙われたようです!」
何だと、そんな一瞬のスキを狙って攻撃したというのか?
あ、有り得ん!
――ズン!――
「な、今度は何だ……。まるで身動きが取れん」
凄まじい魔力だ。まさかこれを鬼人族が行っているというのか!?
い、いかん。あまりに強力過ぎる。
俺でさえ気が遠のく。兵どもは持たんぞ。
凄まじい圧力により外にいた全ての兵士は地面にその身を押し付けられた。
続けて空から帝都に声が響く。
「帝国兵どもよ。聞け! 我らはかつて貴様らに蹂躙された鬼人族だ。我らが目的は貴様らの首魁であるヒース・ドイ・アークドインの首のみ! が、奴に忠義を示し抵抗するならば一向にかまわん。だが、その場合はこちらも命の保証はせん」
帝都は広く一人の声が全域に届くはずがないのだが、その声は不思議と全兵士に聞こえたようだった。
その直後、身を縛っていた圧力は解かれた。
そうだ。これほどの魔法、凄まじい魔力消費のはず。長く持つわけがない。
30名では各城壁に数名ずつしか配置されないはず。
今が好機だ。立ち上げり喝を入れねば!
「怯むな! 敵は少数だ。白竜を討ち倒した我らに敵はない! 立ち上がり迎撃せよ! 帝都を守――」
その言葉を最後にタレス将軍の首は胴体から切り離された。
どのように攻撃されたのか目視出来た兵はいなかった。
タレス将軍の死により辛うじて意識を保っていた帝国兵の心は完全に折れ、以降抵抗する者はいなかった。
◇皇宮内:皇室近衛兵団団長ガレス将軍◇
「ガレス! 白竜に続きどうなっておる! 賊が侵入しただと!?」
「どうも白竜の襲来を好機と見た竜騎士隊が裏切ったようです。しかし陛下、ご安心ください。入り込んだ賊は十数名とのこと。近衛師団の敵ではありませぬ」
「そ、そうか。ならば問題ないの。こ、この隠し通路は早々発見できんじゃろうし。余にはガレスがおる」
「お任せください。陛下をお守りする兵だけでも賊の倍はおりますので。陛下には傷一つつけさせませぬ」
「そ、そうか。ははは。心強いぞガレス」
何たる情けない姿だ。これが帝国の皇帝だというのか。
こんな豚のお守りは反吐が出るが……近衛として務めは果たさねばならん。
ん?
何だ?
何か迫ってきている。
まさか賊か?
いや、動きが速すぎる。
近衛兵団の応援と考えたほうが自然か。
――ズン!――
がはっ、何だこの圧は、魔力は!?
身動きが取れん。
「ど、どうした!? 急に倒れおって! 何が起きている!? 起きろ、役立たず共が!」
何だ!?
あの豚だけ平気なのか?
訳がわからんが、間違いなく賊の仕業だ。
「ほぅ、【地竜】の圧に耐えるとは、帝国にも中々骨の有るやつがいたか」
「な、何者だ!?」
「我は鬼人族が長、エイケツ以下4名。そこの醜い豚の首を貰い受けに来た。命が惜しくばじっとしておけ」
たった5名だと!? それだけで我ら30名を相手にする自信があるというのか。
いや、ひしひしと伝わるこの魔力。全員が一騎当千の猛者だ。
現に今俺以外に動ける近衛はいない。
その俺とて命を投げ売っても数瞬時を稼ぐのが精々だろう。
何とかこの豚の命を永らえさせるにはどうしたらいい?
「近衛としては聞けない相談だな」
「ガレス、何をしておる。奴らを切れ」
「この期に及んで状況も把握できんとは、情けない皇帝だな。なぜ人族は惰弱な奴が王になれる? 全く理解出来んな」
「言うな。こいつが救いようのない豚なのは認める。が、それでもコレは皇帝なのだ」
「ぶ、豚だと!? ふざけるなガレス!」
こいつが死ねば帝国は割れる。多くの命が散る。
下手すれば帝国が崩壊しかねん。簡単に死なすわけにはいかんのだ。
「エイケツ。少し尋ねたい。何故コレの首を望む?」
「売られた喧嘩だ。買ったまでのこと。同胞の仇を討つのは当然だろう」
帝国を相手にした戦争を喧嘩というのか。
「コレの首を獲ったとて、その後はどうする? どのようにこの喧嘩を終わらせる?」
「ガレス、貴様は不敬罪で極刑だ! ふざけるなっ!」
この期に及んでこれだからな。
本当に救いようがない。
――ズン!――
突然豚が押し潰されて地に這いつくばる。
「煩い、黙れっ。我は今この男と話している。割って入ってくるな。殺すぞ」
「ヒィッ」
エイケツの、いや鬼人族達の怒気に当てられ豚が情けない声を上げる。
「さて、この喧嘩の終わらせ方だったか? 帝国が仇とは言え、帝国民全てに恨みがあるわけもない。帝国兵も皇帝の駒に過ぎん。一つ一つの駒に恨みはない。皇帝を討てればそれで良い。その後この国がどうなろうと知ったことではない。まぁ、当人は望まんかもしれんが我らとしては我らの主君がこの国を治めてくれたらと望んでいる」
「その主君とはどんな方なのだ?」
「情に厚く、虐げられている我らに自由を勝ち取る力を与えてくださった方だ。白竜を従え、この戦いにおいても帝国民の犠牲が出ないことを望まれている」
「白竜を従える? そんなことが可能なのか?」
「信じがたいことだが事実だ。力で勝てるとは思わんことだな。しかし、力を振りかざして弱者を虐げられることはない。主君のためならば我らは幾らでも命を捧げられる。我らは主君こそがこの世を統べるに相応しい方だと思っている」
そうか。
白竜を従えるとはにわかには信じ難いが、状況から考えても嘘ではないのだろう。
これ程の男達が命を捧げると忠誠を誓う人物がいるのか。
ならばこの豚は討たれていい。
討たれた方がいい。
この豚のために命を捧げるものはいないだろう。
俺とて国のためでなければこの豚のために体を張るつもりはない。
「そうか。ならばこの豚は好きにしてくれ。俺は立ってるだけで精一杯だ。指一本動かせん。が、叶うなら今この場で首を切るのは止めてもらいたい。これの罪は大きい。一瞬で殺すのは正直生温い」
「ふっ、そうか。近衛にまで見限られるとは貴様も終わりだな」
「ヒィッ。嫌だ。余は死にたくない。助けてくれ。助けてくれ」
後ろから臭いが漂ってくる。
漏らしやがったか。本当に情けない。
「その男に免じて今貴様を殺すのはやめておこう。が、少し寿命が延びるだけだ。貴様は公衆の面前で処刑する」
――バキッ――
眼の前にいたはずのエイケツがいつの間にか後にいた豚を殴っていた。
は、速すぎる。
目ですら追えなかった。
そう。エイケツはいつでもこの豚を殺せたのだ。
なのに何故わざわざ俺との会話に付き合ったのだ?
まぁ、聞くまでもない。
俺を殺さないためだったのだろう。
「少し黙ってろ。耳障りだ」
エイケツがそう言い放った直後、圧が解け体が軽くなった。
部下たちも起き上がる。
「あぁ、もし抵抗したければ好きにしてくれ」
そう言われたが、圧倒的実力差を見せつけられた上に、あの豚のために無駄に命を投げ出そうとする者がいるはずもない。
「いや、我等の負けだ。抵抗はしない」
その後、エイケツは豚を引きずっていき外に出ると大きな声を張り上げた。
「この通り皇帝を確保した。この戦、我らの勝ちだ!」
――おおおおおおおおおおおおおおおおお!!――
その声が城壁まで届くはずがないのだが、それに呼応した鬼人族の勝鬨が響き渡っていた。




