第24話 鬼人の里
「ゆったりと異国の景色を眺めながら、馬車に揺られて、のんびりと旅をする。それもいいものだよ。そういった時間を楽しめる心のゆとりが大切なんだよ」
父さんはそう言っていた。
正直、僕にはまだゆったりとした時間を楽しむということがよく分からないけど、今だけは少し理解できるかもしれない。
「きいぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」
――ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――
アークドイン帝国とファーラ王国の位置関係は大まかに言うと帝国が北、王国が南となるが、国境は殆ど接していない。辛うじて接しているのがアツィーノ辺境伯領である。
アツィーノ辺境伯領の東には優に一国が収まるほどの魔境が広がっている。雲に達するほどの山々に囲まれ人の侵入を許さない魔の地帯は『絶界』と呼ばれている。『絶界』は魔力が強い土地で強力な魔物が跋扈する。
この『絶界』の帝国寄りのとある地域に『鬼人の里』がある。
ゴウケツによると、帝国から次の連絡係(竜の角笛の回収も兼ねる)が来るのは3日後の予定らしい。そこから帝国に任務失敗の報告が行き、里に帝国の手が伸びるまで何日かかるかはわからない。一応、連絡係は騎士団に捕らえてもらう予定だが、それでもいずれ任務失敗のことは伝わるだろう。
「竜の角笛は帝国にとっても脅威だ。そのためどのような理由があろうと任務失敗は裏切りとみなされる」
とのことで問答無用で一族が殺される可能性が高いとのこと。一族全てが皆殺しとはならないだろうが、ゴウケツの親族が数名犠牲になることは間違いないらしい。
鬼人族の解放は時間との勝負でもある。
そのための全速力で鬼人の里に向かっているのである。
アルバに乗って。
「きいぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」
――ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――
アルバが羽ばたくたびに悲鳴を上げているのは、アツィーノさんの娘の一人でヒバーナさんだ。
あの人、同行者に娘をぶっこんできやがった。
高いし、速いし、寒いし、動きは激しいし、……つまりかなり怖い。
一応皆をロープで繋いでいて、ロープはアルバも握っているから、落ちても大丈夫ではあるが、アルバ用の鞍なんかあるわけないし、皆必死にアルバの鱗に掴まっている。
一応、障壁みたいなものが張られていて風に煽られることがないのがありがたい。相当な速度だから風があったらとっくに皆吹き飛ばされていたかも知れない。
皆最初は悲鳴を上げていたけど、殆どが既に放心して無の境地に達している。未だに元気に悲鳴を上げているのはヒバーナさんだけだ。ある意味彼女が一番余裕あるのかもしれない。
………
……
…
驚くべきことに、僕たちは半刻もかからずに『鬼人の里』に到着した。場所はアルバが知っていた。一応念の為特徴的な地形とかを【意思疎通】でゴウケツから読み取っていた。
徒歩なら何十日かかったか分からない。
二度としたくないけどアルバは物凄く速かった。
こんなに速いならアルバ用の鞍を作って飛行訓練しようかと悩むくらい速かった。
「あれが鬼人の里か………」
離れたところから鬼人の里を【感知】する。
里には数百名程の鬼人がいる。
「それと、あれが帝国の竜騎士隊ね」
ゴウケツによると、ある日突然帝国の超獣部隊が里を襲ったらしい。鬼人も絶界で暮らす剛の者の集まりだ。超獣部隊にも怯まず戦ったらしい。寧ろ超獣部隊を押し返す勢いだったようだ。
しかし、竜騎士隊が出て来てからは上空からの攻撃に手も足も出なかったらしい。何でも雷のように轟き、広範囲に破裂する魔道具を多数投下されたのだとか。
そんな魔道具は聞いたこともない。
恐らく帝国の開発した新兵器だろう。
『あのような翼竜を駆って竜騎士と呼ぶとはな。勘違いも甚だしい』
アルバは竜騎士隊の名前が気に入らないらしい。
実際、翼竜は人の5倍以上大きいが、アルバは更に数倍は大きい。翼竜も相当強い魔物ではあるが、アルバとは比べ物にならない。その翼竜を竜と称することに憤慨したのだろう。
竜騎士隊は翼竜が30頭、騎士と兵站を含めて部隊としては90名程が常駐している。僕かアルバのどちらかがいれば制圧するのは簡単だろう。
『主殿、鬼人族の真の解放を望むなら、自分たちの手で敵を討たねばならんのじゃ』
『どういうこと?』
『他の強者の手によって解放されても、心までは解放されぬということじゃな。支配者が変わるにすぎん。戦って勝ち取らねば真の自由は得られぬ。幸い幾分かまだ時間がある。主殿が手を下すより、鬼人らに戦う強さを与える方が良かろう』
なるほどね。よくわかんないけどそういうものか。
まぁ、折角絶界にいるんだし、僕もレベルアップしなきゃだし、皆で特訓するとしますか。
そんなこんなで時間の許す限り鬼人族を鍛えて、解放に向けて動くということになった。
皆で相談して決まった作戦はこうだ。
里の外で作業(狩りや採取など)する者に接触し、ゴウケツを通じて説得する。(その際、契約の鎖で繋がりを作る)
その人達を絶界の深部(強い魔物が沢山いる)に連れていき特訓する。
次の日からなるべく多くの人に外の作業に出てもらう。
時間の許す限りこの方法で鬼人を鍛えることにした。
もし、時間切れで戦力が整わないなら僕が竜騎士隊を制圧する。
その後、里に残り帝国と戦うことを選ぶか、辺境伯領に逃れるかは鬼人達の選択に任せることにした。




