第20話 すごいよガッツさん!
◇ガッツ・アルゼン◇
『ガッツさん、敵が足に魔力を集中しています。速度に物を言わせた攻撃を仕掛けてくるかもしれません。気を付けてください』
まだ8歳の師匠の言葉に驚かされる。
これ程に精度の高い【感知】が可能なのか。
となると小回りのきかない馬上では不利だな。
槍を持参しなかったのは失敗だったか。
!!
【意思疎通】で師匠が感じ取っている世界が視える。
全方位、目で見えないところも遮蔽物の後ろも全てが分かる。
今までにない感覚に驚くがこれが魔力を感じ取るという感覚か。
そして目の前の男の足に集約されていく魔力も見て取れる。その魔力は今にも爆発しそうだ。
恐らくは【瞬脚】だろう。
その男を横目に馬から降りようとする。
歩数にして約20歩の距離。
間合いとしては十分あるとみなした距離だった。
しかし、馬から降りる瞬間に男はマントの中から手で小石を弾いていた。
小石は大きく放物線を描く。
私が馬から降り男の方に向き直った直後、小石は馬を挟んで私の反対側に落ちた。
そう、これは男の誤誘導。
驚いたことにこの距離は男の間合いのようだ。
相当な高レベルであることが伺える。
小石の音に反応し、男から目を切った瞬間、男の【瞬脚】が発動する。
速い!!
20歩の距離が一瞬で詰まる。
実力差は明白。
師匠の【感知】が無かったら何も理解出来ないまま首を切り落とされていただろう。
ただ、来るのが分かっていれば如何に速いとは言え対処は出来る。
必要なのは勇気のみ。
切り掛かられる前にこちらから間合いを詰め、剣が振るわれる直前の腕を殴りつけた。
――ボキリ――
完全に想定外だったのだろう。
交叉法は見事に決まり骨が砕ける感触が拳を通して伝わった。
男は飛び退き間合いを取る。
私はそのすきに剣を抜く。
男は驚愕の表情を浮かべていた。
――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――
心臓が強く脈打つ。
経験的に決まる可能性が高いと分かってはいたが、実践で格上相手に無手で迫るのは流石に怖かった。
しかし、あの身のこなし。あの速さ。レベル差が相当ある。
片腕が使えないとしてもまだ向こうが有利か。
ただ、相手は不意打ちを不意打ちで返され動揺しているはず。今なら勝機はこちらにある。
「せぃやあ!」
気合を入れて踏み込むと自分の手足に魔力が漲るのが見えた。
私の一振りは軽く避けられ、更に間合いを広げられた。
男も今の攻撃で私の攻撃が大したことないと感じたのかもしれない。落ち着きを取り戻させてしまったようだ。
男の全身に魔力が漲り力強く巡る。
『ガッツさん、【身体強化】と【魔装】の同時使用です。敵は後先考えず全力できますよ! まだ続けますか?』
『ああ、続けさせてくれ』
師匠はいつでもこの戦いに割って入ることができる。
全てを終わらせることができる。
それでもこの戦いを続けるのは単なる私のワガママだ。
何でも師匠は実践の中で敵のスキルを真似て格上相手に勝利を収めたらしい。つまり、この戦いは私の訓練というわけだ。
そしてその価値があった。
命のやり取りという極限の緊張の中で私は同時に歓喜に震えていた。
私が僅かばかりとはいえ魔力を動かしたのだ。
そして、今私の目の前にはこの上ないお手本がある。
「うおおおおおおおおおおおお」
気合に応じて魔力が溢れ出る。
そうだ、気合だ。
「うおおおおおおおおおおおお」
目の前の男と同じように……とは行かないが、全身に魔力が巡る。
はは、力が。力が湧いてくる。
と、その心の隙きをつかれたか、いつの間にか男の剣が迫っていた。
――ガキンッ!!――
しかし、首を狙った剣は折れ、男は目を見開く。
その隙きを逃さず私の拳は男の顎を捉える。
――ガンッ――
しかし、男の【魔装】に阻まれて顎を打ち抜くことは出来なかった。
恐らく私の剣も切りつけたら折れてしまうだろう。
そう思い、私は剣を捨てた。
そこからは互いに拳での殴り合いとなった。
「うおおおおおおおおおおお」
一撃毎に互いの魔力が削られていく。
威力では男の方が上。
私は両の拳と気持ちの強さで何とか打ち合うことができた。
「ぐはぁ」
ただ、最初に防御を打ち抜かれたのは私の方だった。
今まで受けた拳の中で最も重い拳だった。
顔が跳ね上がる。
――ゾワッ――
死。
男の足が光り輝いていた。
これまでにない程の魔力が込められている。
それは神速の蹴りだった。
腹に蹴りが突き刺さる。
鎧が全く仕事をしなかった。
衝撃が鎧を突き抜け、後ろにふっ飛ばされる。
『ガッツさん!!!』
師匠の声で飛びかけていた意識が呼び戻された。
強い。
強いとは予想はしていたが、想定を超えていた。
「はぁ、はぁ、まだ…まだ」
「その意気や良し!」
男が追撃に来る。
しかし、体の感覚が覚束ない。
熱血の誇りを胸に。
痛みに怯むな。
敵に臆するな。
気合いを入れろ!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
追撃に来ていた男が再度目を見開く。
呼応して体に魔力が宿る。
未だ立ち上がれない私の頭上に男の蹴りが振り下ろされる。
――ガンッ――
――ガンッ――
――ガンッ――
続け様に蹴りが放たれる。
何という威力、何という連撃だ。
蹴り飛ばされながら男の技量に感嘆した。
男の研鑽が並々ならぬものであることを物語っていた。
「がはっ」
口の中から溢れた血の味が、幾度と聞いたアツィーノ様の言葉を思い起こさせる。
『気合が足らん! 根性見せたらんかい!』
そうだ。根性、見せないと……。
「……こ…根性……見せ…ます……」
男は私が捨てた剣を拾っていた。
「もういい。次で止めだ」
気合だ。
気合が足らんぞ、ガッツ・アルゼン!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
気力を振り絞り立ち上がる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
拳に魔力が宿る。
一撃でいい。一撃にありったけを……
男が繰り出したのはただひたすらに真っ直ぐな突きだった。
構わす拳を突き出す。
光り輝く拳と剣が衝突する。
拳は剣を砕いて突き進む。
そして男の【魔装】をも貫いて胸にめり込んだ。
――メキメキメキ――
確かな手応えを拳に残し、男が吹っ飛ぶ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
根性……みせたりましたよ。アツィーノ様。
『すごい、すごいよガッツさん!』
師匠。ありがとうございます。




