第2話 転落
「ぶはははっ、ゲイリーよ。何でも貴様の小倅は【商い】というスキルを授かったそうだな?」
そうやって父さんに絡んできたのは同じく商人をしているボッターさんだった。僕はこの人が好きじゃない。
ボッターさんが経営しているクリーン商会はかなり大きな商会でお金持ちだ。父さんはクリーン商会のやり方が気に入らないらしくよく文句を言っている。
文句を言うことは良くないことなのかも知れないけど、「アイツのせいでどれだけの人が不幸になったことか」と聞けば、自然と僕もこの人が嫌いになる。
また父さんを馬鹿にしに来たんだろう。僕のスキルをネタにしてね。っていうか教会で絡んでくるなんて酷いよね。ただでさえ【アイテムボックス】が授からなくて落胆してるっていうのに。
「ワシの息子が言うとったぞ。『そんなスキル無くても商売はできるよ』ってなぁ。うちの息子は無事【アイテムボックス】を授かっておるからなぁ。将来は安泰だのぅ。で? 貴様のところはどうなのだ? ぶっはっはっは!」
そして一歩後ろには目つきの悪い息子のヤミーキンが勝ち誇ったように僕を見ている。
何が悔しいって、こいつは【アイテムボックス】を授かってるってこと。
「勿論、安泰だ。アーサー程【商い】の才に恵まれた者はいないということだろう? 息子はいずれ私を超える商人になる。そして私よりももっと多くの人を幸せに出来るはずだ」
えっ?
父さん······。
「ボッター、忙しいところ息子を祝いに来てくれてありがとう。礼を言うよ」
「こ、これだから貴様は。現実の見えん妄想主義者とは話が通じんなぁ」
「お前はもっと他の人の幸せのために働いたほうがいい。自分の利益のために働くことを悪いとは言わんが、他の人を不幸にしてまで稼ぐ価値はない」
「むっ。自分の商会の利益が少ないからと言って儂らを僻むのはやめてもらおうか」
「人を蔑むことでしか自分の幸せを確認できないのは悲しいことだぞ。感謝しあって生きる人生の方が幸せだと思わないか」
「また、その話か! 説教は結構だ。要件はもう済んだ。これで失礼する」
「あぁ、達者でな」
ボッターさんが帰った後、父さんはため息をついてボソッと漏らした。
「あいつも不器用だなぁ」
もしかしたら父さんはボッターさんのことを思ったより嫌ってないのかもしれない。
でも、それよりも父さんのさっきの言葉だ。
「ねぇ、父さん。さっき僕程商いの才に恵まれた者はいないって言ったのは本当?」
「あぁ、本当だ。心からそう思っているよ」
「でも、皆、僕が授かったのが【アイテムボックス】じゃなかったからガッカリしてたじゃない」
「まぁ、そうだな。確かにガッカリしていた」
「ほら、やっぱり」
「でもそれは、【アイテムボックス】じゃなかったからではない。アーサーがガッカリしたのを見て悲しくなったからだ。祭司様の言うとおり、役に立たないスキルなんて無いんだ。父さんはアーサーが最高のスキルを授かったと信じているよ」
「本当?」
「本当だ。それに誰も授かったことのないスキルなんだぞ。どんなスキルか発見していく楽しみもあるじゃないか」
「そうだね」
何だろう。父さんと話しているとすごく前向きな気持ちになってくる。そして自然と笑顔になる。
そして僕が笑顔になると周りのみんなも次々に「おめでとう」と祝ってくれた。
それがとても嬉しかったし幸せだった。
スキルが何かなんて関係ない。どんなスキルでも幸せになることが出来るんだって教えてもらった気がした。
そう。
8歳の誕生日は幸せだった。
沢山の人に祝ってもらって笑顔に包まれていた。
しかし幸せは長続きしなかった。
突然、僕たち家族は厳しい現実を突きつけられることになる。
次の行商に出発した父さんが帰ってくることはなかった。
隣国で商隊ごと襲われたと分かったのは父さんが出発してから2ヶ月後のことだった。
父さんを失った商会を維持することは出来ず、止む無く倒産した。せめてもの救いは多少の蓄えがあり、借金を免れたことだ。少ないながらも父さんと一緒に消息を断った従業員の家族に補償金を渡すことができた。
そして意外にもこの危機的状況に手を差し伸べてくれたのはボッターさんだった。
行く先の無い従業員たちを引き取ってくれたのだ。
そして、嫌味を言うこともなく「あいつがそう簡単に死ぬわけがない。きっと生きてる。元気を出せ。お前が家族を支えるんだ」と励ましてくれたのだ。
だから僕は泣かなかった。
父さんがいつも行商に出る前に言ってくれた言葉がある。
「アーサーは長男だから、父さんがいない間母さんを助けるんだぞ。そして皆を守ってくれ。頼んだぞ」
そして僕はいつも元気よく「うん、任せて!」返していた。
そう。だから僕は泣かない。
父さんはいつも前を向いていたから。
とは言え、このままでは生活していくことが出来ないため、僕たちは母さんの実家に身を寄せることになったのだった。