87・鑑定士の信用性
タラッタ王国滞在二日目。
「結局、幻想は幻想のままがいいんだよね」
さっきまで黙りこくっていたリオが虚ろな目でそう呟いた。みんなで朝食中のことだ。
リオの突然の発言にヴェラが首を傾げた。
「リオお兄様、なにかあったんですか?」
「いやぁ、ちょっとショッキングな出来事が…うん、まあでも大丈夫…」
聖女の本性の件が未だ尾を引いているらしい。
まあ可愛いって言っていたし、僕らを信じてくれただけ良しだろう。
「よく分からないけど元気出してください」
ヴェラが心配そうにリオを見た。
心配で悲しそうなヴェラを見てリオはウッと呻く。
ヴェラを心配させてしまったことに罪悪感でも感じたのだろう。僕もよくある。
「ヴェラちゃん優しいなあ…」
「やっぱりヴェラは天使だよね?」
「そうなのかもしれない……」
認めた。
まあ認めたところで嫁にはやらないのだけど。
「オレももうちょっと人を見る目を養うよ…」
「たぶん普通の人なら騙されるんだよ、あんま気にしないで」
あの聖女が上手くやっていたとは言えないけど、僕の前以外ではわりと外面は良かった。魅了した相手にはわりとワガママしていたみたいだけれど。
聖女と直接関わりが無ければ気づく機会もないし、違和感を持っていても聖女の悪評なんか怖くて広められない。
最初から聖女に違和感を持っていたアトリアはまあ元々鋭いしな。
「リギルもありがとう…リギルも天使…」
「やめてくれ」
思わず即レスした。僕は天使じゃない。
いやヴェラが天使なら兄の僕も天使…?いや違う違う。
「まあ見た目はお二人とも天使みたいですしね」
僕らのやりとりを見ていたアヴィがクスッと笑ったもんだから、少し恥ずかしくなってしまった。
身内のノリをガッツリ他人に見せてしまったな…。
「元々、タラッタ王国には鑑定のためにいらしたんですよね?有名な鑑定士と言えばハダル・エウダイモニアですね。魔法学校の後輩です」
「え、お知り合いだったんですか?」
僕が思わず聞き返すとアヴィは笑顔のまま頷いた。
ちなみにタラッタ王国の魔法学校は三年制、高等学校みたいなもので、プラネテス王国の魔法学園は五年制、高等学校と短期大学が纏まったようなものだ。呼び方の違いは多分ここからだろう。
「といっても直接の関わりは…、エウダイモニア伯爵家の三男で鑑定スキルについては当時から有名でしたので目立つ人物だったのです。一年後輩だったので何度か見かけたし会話をしました」
「どんな人物なんですか?」
アトリアが会話に入ってきた。ヴェラのことがあるので人柄に関しては心配らしい。
どの国でも鑑定士が情報を漏らすのは大罪だが、不安材料は少ない方がいい。
「ハダルは無口で真面目でしたよ。鑑定スキルという珍しいスキルに自信を持っていますし、自分にしか出来ない役目に誇りもあります。スキル鑑定させるにはうってつけの人物です」
アヴィが自信を持ってそう言うので少しホッとした。
万が一があってからでは遅いし、情報の仕入れは街で評判を聞いたりやっておくつもりだったのでここでアヴィからのお墨付きが貰えたのは僥倖だ。
「スキルに関しては確かにデリケートな分野ですよね。子供の頃に調べさせる貴族もいれば、万が一の危険を考慮してスキルを調べない貴族もいます。珍しいスキルは危険と地位、紙一重…。自分で分かれば楽なのですがね」
そうそう、ステータスオープンとかね。
「鑑定のスキルは許可が無ければ細かく見れませんが、名前と年齢だけは勝手に浮かぶそうですよ。ですから鑑定のスキル持ちは分かるんだとか」
「え、そうなんですか」
アトリアはアヴィの説明で初めて知ったようだった。うんうん、確かに鑑定がなきゃ分からないのにその鑑定が分からないんじゃ意味ないもんな。浮かぶ情報が名前と年齢というのは僕も知らなかったな。
にしても、名前とかが浮かんでくるというのは何というか…。
「鬱陶しそう、ですね…」
「ぶはっ、違いない!本人も最初は邪魔くさかったと言っていました!慣れたりスキルレベルが上がればオフにできるらしいです」
僕の答えが面白かったのかアヴィは吹き出した。
的確にハダルの気持ちを答えたのが面白かったんだろうか?ツボがよく分からない。
「ちなみに予約はされてますか?ハダルの鑑定の順番は結構待ちますし、地位で優先したりもしませんよ」
「それはしっかり数ヶ月前にしてます」
ユピテルに頼んで一応全員ぶんね。
アヴィはそれなら良かったとにっこり笑う。昨日よりはちょっと距離が縮んだ気がする。
「鑑定スキルが相当高いと聞いています。だから混み合うと」
「ええ、ハダルは全部分かるので。昔からわりと特別なんですよ。元々スキルレベルが高いようです。彼が大陸一の鑑定士なのは間違いないでしょう」
アトリアの言葉にアヴィが答えた。
「そうなんですか…」
僕の胸の中に期待と不安が渦巻く。
シリウスから隣国の鑑定士に頼んで分からないなら諦めろと言われていたからすごい人だとは思ってはいたけどこうして本人をよく知る人から聞くと実感が湧いてきた。
大陸一なんて大袈裟に言ってるにしても、他には見つからないという事なんだろう。
いよいよこれでギフトが分からないなら憶測でなんとかするしかなさそうだ。
「どうしても調べたい理由があるのですか?」
アヴィが考えこむ僕を見てそう聞いてきた。
側から見たら深刻そうに見えたのかも知れない。
「…、旅の記念というのもありますが、珍しいスキルを知らずに使って事件に巻き込まれても怖いのでしっかり把握しておきたいんです。僕も恐らく収納スキルのようなものを持っていて」
「収納スキルですか!確かに少し珍しいですね」
自分の話をして少し濁した。アヴィが信用出来ない訳ではないが、昨日会ったばかりの人間を信用しすぎることも出来ないだろう。
ちなみに荷物は僕が全部収納すれば良かったかも知れないけど、それは目立つからやめたのだ。
「収納スキルは状態を保ったまま異空間に保存出来ると聞きます。羨ましいです」
「アヴィ様はスキルをお調べになったことは?」
「在学中にハダルに頼みましたよ。まあどれも凡庸なものでしたが。リギル様には敵いません」
アヴィは苦笑いをした。プライベートなことなのでどんなスキルでしたか?などとは聞かない。
珍しいスキルだと確固たる地位を築けるかも!儲かるかも!というのもあればスキルが原因で危ない目に遭うかも…というのもあるし、逆にスキルが凡庸なら恥ずかしいから調べないなんて場合もある。
本当にデリケートな話なので本人から言わないなら聞くことではない。
それから、食事をしながらなんだかんだ和気藹々とアヴィを含めみんなで会話をした。
アヴィは観光のおすすめの場所や人気の料理や特産についても教えてくれたりして、楽しく朝食を終えた。