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86・アヴィオール・アスピディスケ

「ユレイナス公子様、ユレイナス公女様、そしてエリス公女様ご挨拶が遅れ申し訳ありません。アスピディスケ侯爵代理のアヴィオール・アスピディスケと申します」


帰るなり仰々しく出迎えられてギョッとした。

出迎えてくれた二十歳くらいの青年は炎の精霊の加護を強く受けたアスピディスケ侯爵の長男、アヴィオールだ。

シリウス同様、強い魔力の為に燃えるような赤を纏っているけれど、シリウスはえんじ色のような暗い赤で、アヴィオールはオレンジに近い紅葉のような色だ。

攻略対象と遜色ないような美丈夫で癖のある柔らかく明るい真っ赤な髪を揺らせている。

分けられた前髪の間からは覗く両眼はコバルトブルーに輝いていた。

アスピディスケ侯爵が忙しいから代理で長男を挨拶に寄越すとは聞いていたけど、明日だと思っていた。


「こちらこそお招きいただきありがとうございます。アスピディスケ侯爵代理殿。お世話になります。リギル・ユレイナスです」


美しい礼をした彼に僕も礼を返す。

シャウラやヴェラも僕の後ろで淑女の礼をしてみせた。


「シャウラ・エリスですわ。この度はお招きいただき光栄です」


「ヴェラ・ユレイナスです」


僕たちの挨拶を聞くとアヴィオールはニッコリ微笑んだ。


「ここまでお出迎えいただき申し訳ありません」


「いえ、僕が御三方をお出迎えしたかったのです。エリス公子様方にはご挨拶させていただきました。既にお部屋にお通ししております。引き止めてしまい申し訳ありません。ユレイナス公子様方も中へどうぞ。メイドや執事に案内させます」


アヴィオールのその言葉に控えていたメイドと執事が前に出てきて礼をした。

メイド二人、片方は兎耳でユーハンによく似ている。もう片方はリスのような小さな耳が生えていた栗毛のメイドだった。

漠然と獣人の使用人が多いのだなと思って、父様がアスピディスケ侯爵家では立場が不安定な亜人を積極的に雇っていると言っていたのを思い出してなるほどと思った。

普通は下級貴族の子女を雇うので平民に近い亜人をこんなにたくさん雇うのは才能があり重宝されたるとはいえ結構珍しい。

執事はもちろん先程のユーハンだ。


「ヴェラとシャウラを先に案内してくれるかな」


僕がそう言うとメイド二人は了承の返事をしてヴェラとシャウラを各自の部屋に案内してくれた。

ヴェラとシャウラは失礼致しますとアヴィオールに礼をするとメイドについて行く。

残された僕はアヴィオールの方をちらりと見た。


「改めて今回は滞在場所の提供をありがとうございます」


「いえいえ、大したことでは…父はユレイナス公爵様に大変お世話になったようなので」


アヴィオールは遠慮がちにそう言うとユピテルのほうを見やった。


「アルケブ子爵もお越しいただきありがとうございます」


「いえ、私はリギル様の護衛で使用人ですので…お気遣いなさらないで下さい」


ユピテルが深く頭を下げる。貴族っぽい。


「アスピディスケ侯爵代理殿、これからお世話になるのですから気軽に接して頂いて大丈夫ですよ。これからはリギルとお呼びください」


僕はこれが一番言いたかったのだ。堅苦しいのは苦手だし、年上にあんまり気を遣われるのもね。

そもそも父様とアスピディスケ侯爵は友人らしいし。


「ではリギル様と。私もアヴィオール…、それか、アヴィで結構です」


さすがに呼び捨てにはしてくれない。まあ初対面だし距離を詰めるのはここまでか、と思った。

なら僕もあまり急に距離を詰めたりタメ口をきいたりせず、適度な距離を保とう。


「では、アヴィ様。侯爵もアヴィ様もお忙しいようですが、何かあったのですか?」


僕がそう聞くと、アヴィは少しだけ困ったように苦笑いをした。


「…リギル様、良かったら一緒にお茶でもいかがですか?」







「父も実はリギル様に相当お会いしたがっていたんです。ユレイナス公爵様から旅行に息子と娘、友人が行くから良かったら宿泊先を提供してくれないかと手紙が来たときはそれはそれは楽しみにしていたのですが…」


テーブルを挟んで向かい合ってソファに座る僕たちの横でユーハンが紅茶を淹れている。

お茶菓子もいつの間にか用意されていた。

お茶のたびに食べてたら僕太るなと思いつつお菓子に手が伸びてしまうのは僕が甘党だからだ。


「このところ立て続けにトラブルがありましてあちこちで人員が足りなくなりまして…」


「トラブルですか?」


「ええ。ですが珍しいことではありません。魔力の暴走です」


アヴィはそう言ってお茶を飲んだ。

確かに魔力の暴走は全く珍しいことではないけれど立て続けに起こるなんてあまり聞かない。

でも、ウェルテル効果という前世で有名人が亡くなると自殺者が増える傾向があるみたいな話を聞いたことがあるので、精神的なものに関係する魔力の暴走が他者の影響で起きてもおかしくはないだろう。


「最初に魔力の暴走を起こした方と親しい方が精神を壊されたとかでしょうか?」


「ああ、いえ、関連性はないのです」


関連性はない?アヴィの言葉に首を傾げた。

魔力の暴走が命に関わるという恐怖は精霊に愛されし者なら誰しも抱えているものだが、関係ない他人が死んだところで大した不安にはならないだろう。


「有名な方だったのですか?」


「実はどの方もそういう訳でも」


さらに頭にはてなが浮かぶ。例えば実力のある高名な貴族なら多くの人間に影響を与えるだろう。

こう言ったら悪いがそうでなければ誰も気に留めない、気の毒だとは思うのだろうけど。


「その辺りは調査中でして…、分からないことだらけなのです。調査も含め父は奔走中でして…僕も先程まで駆り出されておりました」


「それでお忙しいのですね」


忙しい時期に被ってしまったのは素直に申し訳ないなと思った。

しかしちょっと気になる事案だ。


「たまたま魔力の暴走が重なっただけだと思うのですが、五十代の伯爵まで魔力の暴走を起こしてまして…」


「ええ?」


魔力には第一安定期と第二安定期がある。というのは以前にもユピテルから聞いた話だ。

第二安定期は三十歳、三十歳になれば魔力の暴走はほぼゼロになると言って良い。

つまり、五十代で魔力の暴走なんて寝耳に水だ。


「全くあり得ないわけではないとはいえ、重なる時期に珍しい例までというのは普通ありえないでしょう?だから一応調査中なんです」


アヴィがそう言って眉尻を下げた。

だから父が来れなくなって申し訳ないと言うので、残念ですが気にしてないのでと慰めておく。

しかし妙な話であるのは確かだ。


魔力の暴走が珍しくないとはいえ、そもそも死亡しない事例も含めて年に一桁ではある。

魔力が弱い家系なら魔力の暴走の可能性は低いし、魔力が強い家系はそこまで多くはなく、魔力の暴走に誰よりも気をつけている。


「ちなみにどのくらい重なったんですか?」


「五件、死亡はうち二件です」


「多い、ですね……」


さすがに多い。下手したら一年分一度に起きている。

なんかそんな中、精霊に愛されし者(爆弾)を三人も連れてきてめっちゃ申し訳ない。

きっと不安だからわざわざ話してくれたのだろう。


「何の前触れも無かったので僕自身驚いています。中には友人も居たので」


「ご友人は…」


「友人は無事です。友人は水なので僕の力で何とか。すっかり寝込んでますが」


アヴィの言葉にホッと胸を撫で下ろした。

さすがに友人が死んだなんて話は寝覚めが悪い。


「…あの、僕の友人に関してはご心配なさらないでください。大丈夫ですから」


ヴェラの力があるから絶対大丈夫とは彼には言えないけど、大丈夫なのは保証する。

僕の言葉にアヴィは少し顔を緩ませてふっと笑うとありがとうございますとお礼を言った。

それから少しだけ申し訳なさそうにする。


「気を遣わせてしまいましたね。少しナイーブになっているようです。リギル様にお話できて少しスッキリ致しました」


「お役に立てて幸いです」


友人が魔力の暴走を起こして床に伏せているのだから不安に思うのは当たり前だ。

しかも、精霊に愛されし者が三人も来ているのに魔力の暴走の原因も分からない、自身だって精霊に愛されし者だ。


それにしても立て続けになんて精神的な不安をもたらす何かがあったんだろうか。



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