84・とある執事見習いと使用人の会合
「は?隣国でバカンス?ッカ〜ッ!羨ましいっスね!」
「イザールよ。主は一応仕事として行くんですよ」
「あの人にとっては全部娯楽じゃないっスかぁ」
カフはやたらやさぐれている片割れを見てため息を吐いた。
カフの言う主はもちろん聖女…ではなく、“兄”で邪竜であるユピテルのことだ。
ユピテルには基本報告はいらないのだが、イザールと情報の擦り合わせをするにはこうして直接会うしかない。
貴重な休みをカフェテリアで片割れと過ごすのは複雑な気分だが向こうも同じなのでお互い口にはしなかった。
イザールと話している最中、主が隣国に行くので聖女の様子などしっかり見ておくように、と魔法で手紙を送ってきたのはつい先程で、それを見てイザールが羨ましい〜!と叫んだのだ。
手紙がつく頃には隣国だろうとも書いてあった。
「貴方また女性に振られました?」
カフがそう尋ねるとイザールはテーブルに頭を打ちつけた。こういう仕草をするときはたいてい図星だ。
「なーんで分かるんっスかねぇ!ムカつく!」
「片割れだからじゃないですか」
イザールは基本的に惚れっぽく、イザールがやさぐれているときは大抵女性に振られた時だ。
一度惚れたら振られるまで心変わりはしないものの大抵突っ走ってすぐ告白して振られるのでイザールが好きになった女性はもう数えきれない。
長く付き合ってればカフじゃなくても分かることだが面倒なので適当に答えた。
「今度は何と?」
「弟にしか見えないって!!うわぁん、ジニーのいけず!」
「いけず…?」
聞き慣れない言葉にカフは首を傾げた。
まあイザールの言う言葉が意味分からないのなんていつものことなんだが。
自分たちが少年の姿をとっているのは都合と燃費が良いからだ。どの姿でどう潜り込むかはカフたちに任されているので“弟”と言われたのはイザールが悪い。
少年の姿で見習いならミスなどもある程度許されるという打算がイザールにはあった。
カフは聖女の世話係として年齢を合わせただけであるが。
「しかし〜話を聞く限り〜聖女も頭ヤバいっすね〜」
「公共の場ではもう少し静かに」
「えー?どうせ防音魔法かけてるっしょ」
手紙が来る前の話の続きだ。
聖女や王太子の悪口を公共の場で平気で話すのは良くない、という意味だったのだが、イザール的には今聞こえなければいいらしい。
魔法を使っていても気をつけなければ、つい、いつぼろが出るか分からないから心配だ。
人間の法で裁かれることはないが捕まったら面倒だ。
「攻略対象とか乙女ゲームとか…?てか乙女ゲームってなんなんすかね…?」
「それは私にもさっぱり」
聖女のステータスを見たところ、転生者とあったので前世を覚えているのは間違いないのだがこの世界にはないような分からない言葉ばかり彼女は発する。
乙女ゲームもそのうちのひとつだ。
「そういえば聖女様はリギル様がお好きなようです」
「まぁーじでぇー??王太子ちゃんカワイソー!」
可哀想と言いつつ嬉しそうにしているイザールにカフはため息が出る。
まあ大方失恋仲間ができて嬉しいだけだろう。
「しかし、リギル様には相思相愛の婚約者様が」
「聖女ちゃんもカワイソー!フゥー!」
どんどんテンションが上がっていくイザールに少しイラッとはしたが話題を振ったのは自分なのでカフは我慢した。
イザールはいやぁ、恋ってそんなもんすよねーと言いながらギャハハと笑っている。
どうやら他人の片想い話で吹っ切れたらしい。
長く引き摺らない単細胞なところはイザールの良いところだ。
「私が自覚させてしまったようで」
「あー、それはまあ、しゃあないっすねえ」
カフは最近の聖女の様子をみて少し責任を感じていた。
リギルに告白したから夏休み明けに返事を聞くとウキウキしていたり、リギルが婚約者と旅行に行くと聞いてヒステリーを起こしたり。
つまりめちゃくちゃ面倒くさいのだ。
まあ聖女本人はともかく神殿の八つ当たりされる方々には申し訳ないなと思う。
リギルは主であるユピテルが興味を持つような人間だ。
そもそもはたまたま流れでユピテルはユレイナス公爵家に行くことになったのだが、飽きずに居着いている。
それもリギルがいたからであり、それにリギルだけでなくリギルの妹のヴェラが居たからだ。
聖女はそのついで、というか、聖女お披露目のパレードでリギルとの共通項を見出したからこうして観察しているみたいだが、その共通項が全く分からない。
まあ性格も何もかも違うとなると、リギル様も転生者なんですかね…。
こちらの情報はユピテルに流れるが向こうからの情報はないに等しいのでカフは推理することくらいしかできない。
聖女がやけにリギルに執着するのも転生者同士だからなのだろうか。
王城に関してはユピテルは王城で人間ごっこをしていたのでその補填がイザールだ。
まあユピテルほどの仕事はできないにしても、王城の様子を探ることはユピテルにとって重要らしい。
「聖女ちゃんて頭おかしいけどかわいいんすか?」
「はあ、人間の美醜は分かりません」
「これだから朴念仁は!」
なんだかやたら失礼な当て字をされた気がしたがいちいちイザールに取り合っていては身が持たないのでカフはスルーすることにした。
聖女のせいでスルースキルが上がっている。
「どうでもいいですけどやめときなさい」
「はー?僕だって選ぶ権利ありますけど〜?」
でも鑑賞と恋愛は違うんすよね!とイザールは続ける。
カフ的には見た目がどんなに綺麗に繕われていても中身が残念なら台無しだ。
そもそもカフは主が一番美しいと思っているので、それ以外は特に違いがわからない。
「なら世話係代わります?」
「絶対嫌でーす!」
まあそう言うとカフは思った。先程までの話を聞いて自ら仕えようなんて思うわけが無いのだ。
やたら物を投げたり枕の羽根をぶち撒けたり、掃除するのだって一苦労だ。まあイザールには特に務まらないだろう。
「でも今度教会に遊び行くっすよ!かわいいシスターさんいるかな!」
「遊びに来るところではありませんのでやめてください」
カフが早口で牽制するとイザールは不満げに頬を膨らませた。
教会に出会いを求めてくるのは特におかしい。
「カフって本当に真面目っすよねえ」
「イザールが不真面目なんです」
カフとイザールは何もかも反対だ。性格もユピテルに仕える理由も。
カフは恩義と忠義からだがイザールは興味と享楽のためだ。とはいえ、彼もユピテルに感謝してないわけではないのだろうけど。
お互い大切な兄弟を助けて貰ったのだから。
二人はお互いに対して淡白に見えるがカフはイザール、イザールはカフ以上に大切なものなどはない。
だからこそ聖女にイザールを関わらせたくない考えがカフにはあった。
万が一惚れたらそれはそれは面倒だからだ。
「ま、真面目すぎて無理はしないでー、ヤベーことに巻き込まれそうだったら逃げるんすよ〜?」
「さすがに大丈夫だとは思いますが…」
そう呟いて外を見るとぽつぽつと雨が降り出してきた。小さく遠くだが雷の音もする。
「あちゃー、雨降ってきたっすね」
「ユピテル様も丁度いい時に国を出たみたいですね」
この国はこの時期に雷雨があるとしばらくは雨が続く。雨雲の方角的に隣国は大丈夫だろう。
しかし、面倒なので嵐にならないといいのですが。
カフはそう考えながら残っていた紅茶を一気に飲み干した。