76・父様に報告と相談事
最近では週に一回、週末には30分だけ時間をとってもらって父様に一週間の報告をしている。
ヴェラの病気の件から相談事とか何かあった時のために色々考えてくれたのだ。
みんなが集まる食事の場とかでは言いづらいこともあるし仕事の話とか持ち込むのも良くないので助かっている。
そしてこの日も決まった事の報告も兼ねて執務室の父様を訪ねた。
「旅行の日取りが決まりました」
「ああ、ユピテルから聞いてるよ。スキル鑑定をついでにするって言っていたやつか」
まあ本命はスキル鑑定なんだけど、そんなに時間とるものではないしね。
期間は一週間くらいの予定だし、スキル鑑定さえ終わればあとは旅行がメインだ。
ヴェラもシャウラもそっちの方が楽しみにしていたし。
「はい」
「そうか。お前の婚約者のエリス公爵令嬢とエリス公爵子息、それからラケルタ伯爵子息…」
「あと、シャウラの友人のミラ・サダルスウド辺境伯令嬢です」
「おや、辺境伯令嬢か…。サダルスウド辺境伯は国に随分貢献している大変実力のある一族だったな」
辺境伯というのは地方で権力を認められてる伯爵位だけどたしかサダルスウド辺境伯は特に国境近くで何度も敵を追い返した過去があり、特に侵入しやすい危険な区域を任されているのだとか。
まあなんていうか、武家みたいなものだ。うちは文官寄りだけどサダルスウド辺境伯は騎士寄りというか、武芸に精通している。
そのため国からの信頼も厚く評判もいい。
「そうか。一緒に行ってやれないのは残念だが君たちの安全はユピテルと騎士団に任せる。皆にもよろしく言っておいてくれ、息子と仲良くしてくれてありがとうとでも」
父様がそう言いながら悪戯っぽく笑うので少し恥ずかしくなってきてしまった。
というか父様来れてもみんな緊張するって。
まあそこは分かっていて言ってるんだろうけど。
父様は今回わざわざユレイナス公爵家でも優秀な騎士を何人か選抜してくれた。
あ、いけないいけない、今日は報告だけじゃないんだった。
「…、その、相談がありまして」
相談、という一言に父様がぴくりと反応して前のめりになっている。
「なんだ?」
「ヴェラの体質のことを信頼できる何人かには話したくて」
正直これはダメ元だ。ヴェラの体質が知られるのは良いことではないし、父様に断られたらしっかり諦めがつくというのもあって…
「いいぞ」
「やっぱり難しい…えっ、いいんですか?」
あまりの即答ぶりに思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
もうちょっと悩むとか渋るとか予想していたのに。
「無闇に漏らして良い話ではないが。リギルのことだ、悩んで決断したのだろう?お前がヴェラが危険な目に遭うようなこともするはずもなし、信頼している。だから今回は許可する」
父様が僕の目をしっかり見て微笑んだ。
信頼している、という言葉が重くて嬉しい。
「あの、教えたいのは旅行のメンバーで」
「ふむ、分かった。…まあ何かあれば消せばよい。そうだろう」
父様が不敵に微笑んだ。
えっ?消すって何を?命の灯火?
なんか不穏なセリフ選びに不安になってきた。
「安心して下さい、恐らく記憶のことかと」
ユピテルが混乱している僕にそっと囁いた。
でもそれ雷魔法でちょっと脳をぱちっとするやつだよね。怖い。
正直友達にはあんまりして欲しくはないな。
「リギルが話したいのは主にエリス公女だろう?まあ特に彼女ならユレイナス家の嫁になるのだ。構わないだろう」
ズバリと父様に言い当てられて思わず肩をびくりを震わせた。
でもなんかユレイナス家の嫁ってワードは良い。
「嘘や隠し事はしたくないのだろう?エリス公女が大切なのだな?」
父様は揶揄うようにニマニマしながら僕にそう言って話しかけてくる。
言い返そうにもその通りなんだよなぁ。何も言えない。
「婚約の話を持ち込んできた時には淡々としていたから打算的な婚約かと杞憂したのだが…、良好な関係を築けているようだな」
打算っていうか、あの時は助けたい気持ちだったんだけどね。
でも今になっては彼女が好きだし、彼女で良かったとは思ってる。ヴェラにも優しくしてくれるし。
将来的に婚約者は作らなきゃいけなかったので、初めはヴェラを優先させても怒らないような子ならいいなくらいに思っていたのだけれど、今となってはどっちも同じくらい大切だ。
なんでシャウラってあんなにかわいいんだろう。
「エリス公爵は優秀だが…、まあ何というか、あまり他人を慮ることがない」
まあつまり自分勝手ってことか。
ゲームでも子供を手駒のようにしか思っていなかったシャウラとアトリアの父親、エリス公爵。
アトリアは跡取りだから少し特別でもシャウラの扱いは酷い。
公爵夫人も夫のことに従い、アトリアばかり構ってシャウラはほったらかしだった。
ゲームの裏側は知らなかったけど、使用人すらシャウラを軽視しているらしく、いじめはしないにせよまともなお嬢様として扱われていない。
アトリアが早くシャウラを結婚させて家から出したい気持ちが分かる。僕だって両親や使用人が酷かったらそうする。ていうかむしろぶん殴るしぶん殴りに行きたいくらいだ。
「仕事人としては優秀なのだがな……、多少…いや、だいぶ我欲が強くてな…」
父様が遠い目をした。
公爵家同士というのは実はそこまで接点がない。
派閥とかも色々あるから有事にしか協力し合わないのだ。
今回のシャウラとの婚約で珍しくガッツリ接点が出来てしまったので何やら苦労をかけてしまっているのかもしれない。
それに関してはちょっと申し訳ないな。
「…まあ、お前がエリス公女を支えてやれ」
「もちろんです」
シャウラはもちろんだけどなんとかアトリアを手助けする方法も考えたいなと思っている。
たしかアトリアルートではアトリアはヒロインと恋仲になるまで婚約者を迎える気が全くなかった。
ヒロインと恋仲になっても愛する人をあんな家に嫁がせたくないと逆に距離を置かれてしまう話があったりした。
アトリアは少し自分だけ不幸で済むならいいという思想があるのだ。
兄という生き物は妹のためなら命も捨てる。僕はおんなじ兄だから気持ちがめっちゃわかる。(※諸説あります)
「私も早く新しい娘が欲しい。あと孫も」
「き、気が早いですよ」
慌てる僕を見て父様はにまーっと笑う。 まだまだ揶揄う気満々の顔をしている。
案の定、その後残り時間はシャウラ関係で父様に散々揶揄われた。どうやら人の恋路が楽しいらしい。
でもこれでまた一歩進んだ気がした。