75・旅行前会議
転移魔法陣というものがこの世界にはある。
転移魔法というのはまあ瞬間移動みたいなものなのだが土魔法の応用だ。
移動したいものを地面に埋めて地面の中を移動させる、そして地面から出す…みたいなものを一瞬で行うもので、失敗したら地面の中に埋まって死ぬので使いたがる人はいないし土魔法の精霊に愛されし者でなければそもそも魔力が足りない。
入口と出口が地面であること、移動距離分の魔力の条件さえ揃えば土の硬さとかは関係ない。
土魔法の魔力で身体を覆って保護するので汚れることも身体が痛くなることも無ければ一瞬なので魔力が無くなって途中で埋まることさえなければ呼吸も問題ないし、便利な魔法だ。
ちなみに海を越えるのは無理だ。めちゃくちゃ下まで埋まらなきゃいけないからだ。
魔力の保護で感じにくいが瞬間的に高速移動するわけで酔う人間も少なくない。
ちなみに似たようなやり方で空中を風魔法で飛ぶというのもある。これも瞬間移動。
転移魔法陣は魔道具の応用で地面に魔法陣を書いて同じ魔法陣が書かれた場所に移動するもの。
土魔法の使い手が魔力を補充するので魔力切れもなく安全なため貴族でも高位貴族なら使っている人間は多い。
数が少ないため限定的なのだけ問題だけど。
「転移魔法陣を使えば片道二日ほど移動時間を減らせると思うんだよね」
で、アトリアが提案してきたそれを今どうやって断ろうかめっちゃ悩んでる。
来週から夏休みということでアトリア、シャウラ、リオ、ミラ、そして僕が僕の部屋に集まって予定を擦り合わせることになったのだ。
ヴェラは今日は同い年の子とお茶会なので後で合流する。
「転移魔法陣かあ、ウチの家には縁がないもんだな」
リオが興味深そうに呟く。転移魔法陣が使えるのは侯爵以上の爵位をもつ貴族だけだ。
公爵家の子息(+伯爵家子息と辺境伯令嬢)が揃った旅行ということで許可は降りるだろうし、魔法陣を使えば移動中の危険も減るだろうということらしい。
でも正直ヴェラの体質で魔法陣は発動しないだろう。てか発動してから魔力を吸ったら地面に埋まる。まずい。
だから使わない方向に持っていかないといけない。
ミラをちらっと見るとミラがコクリと頷いた。ヴェラの体質は知ってるのでまずいと思ってくれているらしい。
「あの、安全が保証されているとはいえ万が一がないとはいえないので私は怖いです…。ここはユレイナス公爵家の騎士様方を信用して普通に移動しては…?」
「ふふ、ミラ嬢は繊細なんだね…、可愛いらしいな。でもそうなると途中で宿に外泊することになるよ?隣国ならちゃんとしたホテルを取れるけど、通り道になると最悪普通の宿かもしれない」
アトリアにさりげなく可愛いらしいと言われてミラがはうっと心臓を押さえている。オイオイしっかりしてくれ。
「…や、宿に外泊くらいは大丈夫です。そもそも旅行ですし、通り道の景色や宿を楽しむのも良いと思って」
ミラがなんとか体勢を立て直してそう言うと、ふむ、確かに一理はあるなとアトリアが呟いた。よし、ナイスだぞ。
「えー、普通の宿って…民宿だよね?ベッドとか硬いから嫌だなぁ」
でもリオがぶーたれた。このお坊ちゃんめ。
いや、みんなお坊ちゃんお嬢ちゃんなんだけども。
アトリアの言う通り、王都以外には基本貴族の泊まるホテルなどはない。
貴族が辺境などに行く時は地元の貴族が迎え貴族の屋敷に泊めるのが通例になっているし、王都でも知り合いが居ればそちらに泊まる。警備とか色々な面で安全だからだ。
王都ばかりにホテルがあるのは人が集まりやすいからだ。ちなみに警備もしっかりめ。
観光地として有名な場所なら貴族が泊まれるホテルもなくはない。領地が潤ってるから。
しかしただの通り道となると民宿しかないので貴族でも民宿に泊まるしかなく、警備も自分の護衛にさせないとだ。
もちろん今回はユレイナス家の騎士を動員させるけれど。
「僕も転移魔法陣はちょっと怖いなあなんて…」
「ええ?繊細のせの字もないリギルが何を言ってるの?リギルならむしろ率先して魔法陣にダイブしそうなのに」
「なんだと」
確かにヴェラのことが無ければ試してみたいけどさ!
割と図星なリオの言葉にむかっとしたところで隣に居たシャウラが小さくクスッと笑った。なんだかちょっと恥ずかしくなる。
「シャウラ?」
「…あ、申し訳ありませんわ…。リギル様も可愛らしいところがあるなぁと思っただけですの」
ムッとしてシャウラを見るとシャウラはふふっと嬉しそうに僕に向かってそう言った。反則級の可愛いさじゃん。
「でもやはり移動中は割と無防備だからね、出来るだけ危険は減らしておきたいよ。可愛いらしい令嬢が三人もいる事だしね」
アトリアの言葉に僕は俯いた。シャウラが不思議そうな顔をしている。
アトリアはアトリアなりにみんなの安全を考えていてくれているということは分かっている。
本当は、ここにいるみんななら一緒にヴェラを守ってくれると信じてヴェラの体質のことを話したい。
特にシャウラに隠し事ばかりするのは辛い。
しかし父様と誰にも口外しないよう約束している以上、僕がどんなにみんなを信用していても勝手にヴェラのことは話せないのだ。
これは父様と僕の間の信頼関係や僕の信用に関わる問題だ。
ミラは転生者だから言わずとも知っていた。だから特例だっただけで。
黙り込んで考えているとシャウラがぎゅっと僕の手を握ってこちらを見て微笑んだ。
心臓がきゅっとするような感じに襲われる。これがキュン…。
「お兄様、多数決で良いのではなくて?」
「ん?多数決か…」
え、もしかして……
「ふむ、では馬車移動が良いと言うのは…」
僕、ミラ…そして、シャウラも手を挙げた。
「…まあ、これなら仕方ないね。魔法陣は使わないことにしよう」
アトリアがクスッと笑うがリオはちょっと不満げだ。
シャウラをチラッと見るとシャウラはニッコリ笑った。
「何か使いたくない理由がおありなのでしょう?」
僕にしか聞こえない声で囁くシャウラ。
僕の不安を読み取ってわざわざ多数決を提案して、僕に合わせてくれたんだ。しかも理由も聞かず。
僕のお嫁さん優しすぎる…好き………。
「…理由は結構です。その代わり馬車移動の時は私と一緒に乗って欲しいですわ」
シャウラはそう呟くと手をぎゅっと僕の腕に回した。
あっあっ、これは甘えてくれている…!!
尊みが限界突破しそう…!!
馬車は2人ずつか3人ずつ乗る予定で考えていたからどう割り振られるか気になっていたのだろうか。
えっ、可愛い、好き…。
「…ふふ、わかったよ」
そう返事をすればシャウラは嬉しそうに僕を見上げた。
「もー、すぐイチャイチャして!」
リオがシャウラと僕の様子に気づいてそう言うとシャウラはハッとして離れてしまった。寂しい。
「婚約者同士だから仕方ないよね」
「ムキーッ!オレも婚約者欲しいッ!!」
とりあえずお前は初恋の子に騙されるから人を見る目を養おうな、という言葉がでかかったのを飲み込んだ。
ミラもなんか言いたそうにしている。想いは同じだな。
シャウラはみんなの前で僕に甘えたことが今更恥ずかしくなったのか、少し頬が赤らんでいる。
僕はシャウラを見ながらヴェラのことも転生のこともこの子にはいつか全部しっかり話したいなと心からそう思った。