63・デート
「というわけで、聖女の魅了についてはヴェラが解けるかもしれないんだ」
「ヴェラ様にそんなお力があったなんて思いませんでしたわ…。シリウス様とはいつ…?」
「明日だよ」
僕はこの間のスピカとのその後の経緯を馬車の中でシャウラに話していた。
というのも、あれからだいたい一週間後の土曜日。今日はシャウラとのデートだからだ。
婚約式の話もしようと思って僕から正式にデートに誘うと二つ返事でシャウラから了承された。
ちなみに今回はシャウラの希望で街でのお忍びデートというやつで、僕も暴漢相手なら負けないしユピテルだけをこっそり護衛につけている。
目の前にいるシャウラはというといつもと違って髪を帽子の中に纏めて、平民の服を着ているがそれでも美人で可愛い。
「それにしてもシャウラはどんな服を着ていても可愛いね」
「なっ、そ、それはリギル様こそ…」
シャウラがむっと僕を見つめる。
キャスケットを被っているとはいえ、銀色の髪はだいぶ珍しい為、今回は魔道具で金髪に見せている。
ちなみにミラの眼鏡もそうだけど見た目が変わったように見せる魔法というのは光魔法のひとつで光の屈折で幻覚をみせるような物らしい。
「そ、その、金の御髪でも素敵ですわ……」
シャウラは照れたようにふっと顔を逸らした。少し顔を赤らめていて可愛らしい。
そのあたりで走っていた馬車が足を止めた。
目的地の街の中についたようだった。
ちなみにお忍びなので辻馬車に見せかけた公爵家の馬車だ。
僕は先に馬車から降りるとシャウラをエスコートした。シャウラは平民にはとても見えない優雅さで馬車を降りるので少しクスッと笑ってしまった。
「平民の格好をしていても君の内から溢れ出る気品は抑えられないようだ」
正直にそう言っただけなのに、顔を真っ赤にしたシャウラにやめてくださいまし!と怒られてぽかぽかされた。
「私、かふぇに行ってみたいのです」
「カフェか」
貴族には貴族用のティーサロンがある。
様々なお茶があって様々なお茶菓子があってお茶とお菓子を楽しむ場所だ。
まあ高級カフェといったところなので、カフェというのは平民向けのティーサロンになる。まあこの国でのカフェの発祥はティーサロンを真似たものだし。
紅茶はこの世界で比較的高級なものなのでカフェにおいては紅茶ではなく、ジュースやコーヒーしか出ないけど。
「なんでカフェに?」
「じ、実は、くれいぷが食べたいのです」
「クレープ」
確かにクレープは平民には浸透しているけど貴族には珍しかった。
高級なバターや卵を使ったケーキ生地は高いのでなるべく薄く伸ばしてフルーツやクリームを包む皮として使おうという発想で生まれたらしく、基本的には包み紙で包んであって手を使って食べる為、貴族には品位的に合わないということで貴族では普及していない。
でもまあそれでも高いので贅沢品ではある。
物価については元の世界とは違うのであまり詳しくは分からないけど。
大地に精霊の加護があるのでフルーツや野菜とかが育ちやすく、フルーツは基本的に安い。加工品は比較的高いけどぶっ壊れ価格というわけでもない。
ただ加工の際に冷やすものは冷やすには魔道具か氷魔法を使える人間が必要なので高くなる。
畜産品は植物より腐りやすいので運送コストがかかるとか。
その辺は将来公爵になるのだったらもっとしっかり勉強しないといけない。
平民の間でクレープが流行ってる話は聞いたが安いフルーツがたっぷりでクリームは少なめだとか。
前世だとふんだんにクリームが入ってたイメージだったけど。
「ダメでしょうか?」
シャウラが僕の服を少しキュッと掴んでこっちを見上げた。
あまりのあざとさに一瞬呼吸を忘れた。危ない。
「ダメじゃないよ。行ってみようか」
僕がそう微笑むとシャウラは嬉しそうにはい!と返事をした。
女の子の甘いものへの探究心は侮れないな。
カフェに入るとお好きな席へどうぞと促された。
え?指定席ではないんですの?と戸惑うシャウラが可愛い。
ティーサロンでは階級によって場所が決まってるし、基本的に個室なため決められたところに案内される。
戸惑うシャウラの肩を抱いて窓際にしようかと囁くとシャウラは俯きつつ、小さくはいと答えた。
「色んな種類のクレープがあるね」
「むむ、迷いますわ」
シャウラが真剣にメニューと睨めっこをしている。
僕もメニューを見つめる。
チョコレートは高級なのでチョコクレープはさすがにない。種類があるといってもフルーツの種類やナッツが入ってるかどうかとかみたいだ。
結局、シャウラは王道にいちごクレープを頼んで、僕は桃のものにした。
同じく王道のバナナはないのかなと思ったけど、やっぱりバナナは手に入りづらいからないみたいだ。
「注文はどうすれば…?」
シャウラがハッとしたように呟いた。
せかせか歩き回る店員さんをみて慌てている。
その様子を見るのがなんだか可愛かったけれど、可哀想なのですみませんと店員さんを呼んだ。
「いちごクレープと桃クレープ、ナッツ入りで。それからコーヒーミルクをふたつ」
注文すると店員さんはかしこまりました。と注文を繰り返しメモしてから立ち去った。
僕が注文するのをシャウラは感心したように見守っていた。
「リギル様は来たことがあるんですの?」
うーん、まさか似たような店に前世で来たとは言えない。
「ないよ。でもお忍びデートって聞いてちょっと予習してきたんだ」
僕の言葉にシャウラが私もそうするべきでしたわと落ち込むのでシャウラを優しく撫でた。
シャウラは僕を見上げるとこんな場所で恥ずかしいのか少し困った顔をしている。
しばらくすると店員さんが来てシャウラと僕の前に長めのコップに立てられたクレープが置かれた。
生地は前世より少し厚めで安定感がある。形は前世のものと似ていて逆三角形で、中にはたくさんのフルーツと砕いたナッツが混ぜ込まれたクリームが入っていた。
目の前に置かれたクレープをシャウラは小さな子供みたいにきらきらした目で見つめている。
「食べようか」
「は、はい」
じーっとクレープを見つめていたシャウラは僕の言葉にハッとした。楽しみにしていたみたいなので良かったなあと思う。
シャウラはクレープを手に取ってじっと少し見つめた後に遠慮がちに一口齧った。口の中を見せないように口に手を当てながらもぐもぐと食べている。
ぱあっと表情が輝き、美味しいですわ、と声が漏れた。
「良かったね」
「あ、あまり見ないで下さいまし。リギル様も召し上がって下さい」
僕が言葉をかけたので、シャウラは僕がじっと見ていたことに気付いて頰を赤らめた。
でも食べるより見ているほうが楽しいんだから仕方ない。
「僕のも一口食べる?こっちは桃だから」
「いいのですか?」
「うん。ほら、あーん」
手に持ったクレープをシャウラの口元に持っていくと、シャウラが慌てる。
「じ、自分で食べられますわ」
「食べさせてあげたいんだよ」
そう言うとシャウラが戸惑って、しばらく差し出されたクレープを見つめると僕が引っ込めないから仕方ないという感じで一口齧った。
「お、美味しい、です」
「良かった」
ニコニコしているとシャウラがじとっと少し不満げに僕を見つめてきた。
すると今度はシャウラが僕の方に自分のクレープを差し出してくる。
「リギル様もどうぞ」
「えっ」
まさか反撃されるとは思って無かったので固まってしまった。
躊躇していると、食べないのですか?とシャウラが困り顔するものだから、仕方なく一口食べた。
自分がシャウラにした癖に恥ずかしくなって顔から火が出る。
シャウラも少し恥ずかしくなったのか、顔が真っ赤になっていた。
「……、これ、恥ずかしいね」
「…そうでしょう?」
気まずくはない、なんだか甘い雰囲気の沈黙が二人の間にしばし流れていた。
あまり調子に乗らないようにしよう、とこの時は一瞬反省したけれど、やっぱりシャウラがかわいいのでその反省も続きそうにはない。