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59・竜の最期

「リギル様これは?」


シャウラが帰った後、しばらくして夕食も湯浴みも終えた。

夜着を着てベッドに腰掛けてそろそろ寝ようかというとき、いつものように寝る前のハーブティーを淹れてくれていたユピテルが本に目を留めた。


「あ、ヴェラに借りた本だよ」


一周読み終えて、もう一度読もうとナイトテーブルにまだ置いてあった「竜と亡国のお姫様」だ。

ユピテルは本の装丁を撫でるとそのまま手に取った。


「原本を読んだことがあります」


「原本?」


ユピテルがこんなファンタジー恋愛小説を読んだということがまず意外だったが、原本という言葉に興味を惹かれた。

ユピテルは本を元の場所に置くと淹れたハーブティーを渡してくれた。

 

「何も一切修正されていないものです。物語というにはお粗末で日記のような…、まあ初版と言ったところでしょうか」


「内容は違うの?」


ハーブティーを飲みつつ質問をする。


「何度も修正されているようですが、言葉の言い回しと結末以外はほぼ同じですよ」


「え、結末は違うの?」


「ええ、恐らく。この改訂版は読んだことないので確かではないですが」


ユピテルが本にちらっと目線をやった。


「ええと、原本はどういう結末になるの?」


ユピテルを見上げるとユピテルは思い出すような仕草をしてみせた。


「たしか、魔力で死ねない竜は妻と死ぬために魔力を捨てたんです。妻が死んだ後に魔力を捨て、竜も死んだ。同じ竜でもその竜は特別でしたから、子供だって先に死んでしまいます。だから愛しい人の元に向かったわけです」


「そんなことできるの?」


魔力は人間でも捨てるなんてできない、ってか聞いた事がない。

精霊からの授かり物だから、というのもあるけど、まず捨てようと思う人なんていないから正しくは分からない。


「まあそのへんにポイは出来ませんが。自らの子供に魔力を全て渡したのですよ。代わりに子供が死ねなくなりましたが…」


なるほど、と相槌を打った。

この本において竜というのは特別だったからそんなことが出来ても結末的にはおかしくはないかもしれない。

結末が変えられたのは死んでしまうハッピーエンドよりずっと幸せに過ごしましたのほうが大衆にウケるからだろうか?

本自体はヴェラのような10代から20代のお嬢様向けのようだし。


「なんで魔力があると死ねないんだろう」


物語の展開的にそうしたと言われたらおしまいだが純粋にそう思った。

そういえばユピテルも長生きだけど…。


「この竜の魔力は魔族と同質の魔力を持っていた…、魔族の魔力とは人間の属性魔力が全て混ぜ合わさったようなものです。ですから、魔力が多いと怪我も治癒しますし、老化もなくなります…、という現実の事柄を持ってきたのでしょう」


光魔法のような効果もあるということだろうか。

魔力で老化がなくなるなんて初耳だったけど、よく考えたら魔族は人間よりずっと魔力が多いし種族にもよるけど長生きだ。


「人間でも“精霊に愛されし者”で30歳まで生きた人は若々しいですよ。寿命も少しばかり長い。人間の魔力は魔族とは違いますが、どうやら魔力にそういう効果があるようです」


デトックス効果だろうか…。


「知らなかったなあ…」


そう呟くとまああんまり認知はされていませんよね、とユピテルは僕の飲み終えたカップを回収した。


「人間にも魔族の魔力があったら長生きするのかな」


「それは無理でしょう。神話にもありますが魔族の魔力は人間には毒です。愚かにも実験した人が居ますが、実際、魔族や魔物の魔力に充てられると人間はひとたまりもありません」


ユピテルのその言葉に野外授業で魔物が出た際にみんなが気絶してしまった事を思い出した。

確かにその内容は神話にあったけど、伝説みたいな捉え方をしていた。


「魔族も魔物も死ぬと核を残して消えます。そこから分かりますが身体のつくりが全く違うのです。人間が魔族と婚姻関係を結んでも、はっきり人間かはっきり魔族、どちらかの子しか生まれません。子を成すことは出来ても不思議なことに混ざり合う事はないのです」


「そういえば魔力こそが魔族の生命力なんだっけ」


人間は生命力と魔力が別だけど、魔力が無くなれば魔族は死ぬ。

だからこそヴェラの持っている“魔力枯渇症”は魔族にとっては即死案件なのだ。

人間に似た見た目をしてるけど全く別の存在だと思い知らされる。


「そもそも子供が作れるのが不思議だね…」


「そこはまあ、解明はされていませんね。身体のつくりは全く別でもプロセスや子供ができる仕組みが同じだからでしょうか。私にもわかりません」


ユピテルが分からないというなら分からないんだろう。

生命の神秘って前世でも分からないことは多かったしな、と無理矢理納得する。


「ねえ、そういえばその原本の竜の子供はどうなったの?」


「……さあ、父と母が天国で幸せになる事でも願いながら生き続けたのではないでしょうか」


妙に歯切れが悪い返事だ。

覚えてないか、子供のその後は書かれて無かったのだろうか。


「両親と…兄弟も先に死んじゃったんじゃ?寂しいんじゃないかな…」


「…、まあ、長く生きてれば別れもありますが出会いもたくさんあるでしょうし…、ですからそう悪くはないのではないでしょうか」


ユピテルのその言葉になんとなく自分の事を言っているんじゃないか、という気分になった。

ユピテルだって何千年も生きてる長生きな竜だ。

この本はフィクションかもしれないけど、ユピテルは今ここにいる。


「なんかおじいさんみたいなこと言うね」


ユピテルを見上げるとユピテルが少しだけむっとした。

人間らしいような表情に少しくすりと笑った。


「私はリギル様より少しばかりお兄さんですが、おじいさんではありません」


少しばかり、と強調しているけど千年超えてたら少しばかりとは言わない。

お兄さんって言うワードはなんか面白いな。

まあ、僕は竜だとはまだ知らないテイなのでそうだねと答えた。


「そんなことより早くおやすみになられなくては明日に響きますよ」


「分かってるよ」


ついにお説教モードに入ってしまったみたいなのでユピテルの言う通り大人しく寝ることにした。

ユピテルが「では、おやすみなさいませ」とティーカートと共に部屋を出て行く。

それを見届けた僕はあくびをして布団に潜った。


うとうとしてきて微睡むなか、ふと、世界でたった一頭の邪竜は一体どうやって生まれたんだろう、そう思った。





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