58・自覚
カペラとの会話でシャウラがずっと不思議そうな顔をしていたので、今日はお茶でもどう?とさりげなく放課後ユレイナス家に誘った。
雑談を少ししてから今日の話にシフトして、聖女とその周りに起こってるかもしれないことをぽつぽつ話し始めた。
「魅了スキル……、それでクラスの男性の様子がおかしいんですのね」
「まだ憶測の段階だけれどね」
あれだけ盛大に(聖女が)シャウラを巻き込んでしまったので、カペラの名誉のためにもまず聖女が魅了を使っているかもしれないことに言及した。
魅了スキルというのは異性にしか効果がないらしく、シャウラの話を聞く限りギフトでも例外ではないようだ。
女性には効かないからとシャウラには話さなかったけど今後も巻き込まれる可能性があるなら注意してもらわないといけない。
「しかもただのスキルじゃなくて、普通のより強力な可能性がある」
「そうなんですの…」
シャウラのクラスで起こっていることだからシャウラ的には複雑な話だろう。
王太子が魅了されてるかもしれないという話もかいつまんで話す。アトリアが王太子にはスキル返しがあると言っていたけどギフトなら関係ないかもという話もした。
「まあそれでも私はリギル様と婚約できて良かったと思っておりますわ」
魅了されているせいならやっぱり王太子の方が良かっただろうか、と思ったけど杞憂だったようで、シャウラのその言葉に何故か心から安堵した。
「そう言ってくれると嬉しいな」
「…、リギル様はお優しいですし、私をたくさん助けて下さるので…、私も何かお返しができたら良いのですけど」
シャウラのその言葉にやっぱり真面目だなぁと思って笑みが溢れた。
「それならヴェラの話し相手をして欲しいな。ヴェラ、シャウラのこと好きみたいだから」
シャウラが遊びに来るとヴェラはシャウラお姉様は次はいつ来るんですか?と毎回聞いてくる。
僕としてもここで二人が仲良くなってくれれば将来的にとても助かる。
「それはもちろん。リギル様のご家族とは仲良くしたいですし…、ヴェラ様はお可愛らしいですから」
「やっぱり分かる?天使だよね?」
「てんし?」
シャウラのきょとんとした顔にハッとした。
おっとっと…やってしまった。
リオならともかくシャウラの前でこのノリは出さないよう気をつけていたんだけど。
「…、あ、あの、リギル様は私にも……その、妖精さん、とか仰りますけど……ヴェラ様は天使…で、…他の女性にもそのようにお褒めになるのでしょうか……」
妖精さん、というワードが恥ずかしかったのかその部分だけ小さく聞こえた。
しかしシャウラは至って真剣な様子で、でも少し恥ずかしそうにしながら僕を見つめる。
「り、リギル様がそのように褒めてくださるのは嬉しいのですが、その、そのっ…」
シャウラはどうやら僕がヴェラも天使とか言ったことで少し不安になってしまったらしい、というか、誰にでもそう言ってしまう軽薄な男と思われたんだろうか。
ここで自分の言動を思い返してみる。
リギルになってからというものこの王子様然とした見た目のせいかキザな言葉をすらすら言えるようにはなった。
見た目に似合うせいか不思議と恥ずかしさがないのだ。
でも、よくよく考えてみれば母様とヴェラとシャウラ以外に社交辞令ではなく、かわいい!とか綺麗!とか本気で思って褒めたことはなかった気がする。
なのでここは正直に伝えよう。
「母様にはたまに言うけど、あとはヴェラとシャウラだけだよ。心から可愛らしいと思う女性は家族を除けば君だけだ」
「かっ、かわ、かわいらしい…!」
シャウラが頬に両手を当てて顔を真っ赤にした。
こういうところが本当に可愛い。
シャウラが不安に思ったって事はもしかして他の女性にも優しくしてたらと思って嫉妬してくれたんだろうか?
ユピテルから鈍感の擬人化だの、ミラからはクソ鈍感野郎だの散々なことを言われたけど最近のシャウラを見ていればさすがに僕でもわかった。
シャウラは僕が好きなんだ。
いつからはさすがに分からない、分からないけど、シャウラはわりとストレートに好意を伝えてくれていた。
ツンデレキャラなのに僕にだけは一生懸命素直に接してくれているのだ。
こんなん、可愛すぎるでしょ???
シャウラと居ると最近は凄く幸せな気持ちになる。
一生懸命な彼女を見ているのが楽しいというのもあるけど、何より側にいると落ち着く。
正直言って、これは、すごくもしかしたらなんだけど、
「僕、シャウラの事、ちゃんと好き。恋人として、好きだよ」
言葉に出してみると、すとんと心に収まったような感じがした。
“もしかしたら”じゃなかった。
前世、前世との年齢、色んなことを考えて線引きしていただけだと今更気づいた。
一方のシャウラは目を丸くして僕を見たまま固まってしまった。
数秒すると、目を泳がせてぱちくりさせながらえっえっ?と混乱している様子を見せる。
それも可愛いと思って、そこで間違いないなと感じた。
「好きだよ」
「っぶぁ…ち、ちょ、ちょっと待って下さいまし…!息が!息が出来なくなるので…!」
シャウラが右手で胸を押さえてこっちに左手のひらを見せてストップというようにさせると深呼吸をしだした。
急に告白された事に相当驚いてしまったらしい。
シャウラの様子をじっと観察してみて、少し呼吸が整ってきたなと思ったころに少し悪戯心が芽生えた。
出されたシャウラの左手を気付いたらキュッと握っていた。
「り、リギル様っ…!???」
慌てて引っ込めようとするシャウラの指に指を絡ませる。
そういえば前世では恋人繋ぎって言ったっけ。
「…あ、あの、リギル様……」
黙ってシャウラに微笑む僕にシャウラは戸惑っている様子だけど、恥ずかしがっているだけで嫌ではなさそうなのは伝わってきた。
意地悪ついでに、ちょっと無理を言ってみようか。
「リギルって呼んで」
「えっ」
「リギルって呼んで欲しい。好きな子に、リギル様じゃなくて、リギルって。そしたら手は離してあげる」
シャウラが言葉を失って、僕と繋がれた手を交互に見ている。
どうしたら良いものか、と一心に考えているのが伺えて愛しく感じた。
シャウラはふうと一度息を吐くと、今度は大きく息を吸った。
「……、リギル…」
僕を見上げて、恥ずかしそうに頰を朱色に染めながら彼女はか細く呟いた。
背筋がソワッとするような、目の奥にぱちぱち静電気が弾けるような、何とも言えない感覚がして、これはもう駄目だなと思った。
何度も彼女の口から僕の名前を聞かせて欲しい。
でも、もう一度、なんて言ったらさすがにシャウラが羞恥で泣いてしまいそうなので、ここは一旦引き下がることにした。
「ありがとう、シャウラ」
だけどタダでは引き下がらない。
お礼とばかりに繋いだ手を離す前に軽く引き寄せて、シャウラの指先に軽くキスをした。
彼女は声にならない声を上げると離してあげた手をもう片方の手で握りながら目をぱちくりさせている。
どうしよう、僕の婚約者、すごく可愛い。
「ッ……、もうっ!!!リギル様っ〜〜!!!!」
ちょっといたずらしすぎたのか、その後はシャウラにぽかぽかされてヴェラにも意地悪したと告げ口をされてしまった。
二人に怒られてしまったけど、それはそれで二人とも可愛いくて幸せだなあと思っていた。