57・即レス謝罪
「シャウラ、大丈夫?怪我はない?」
ある程度離れた静かな場所…中庭にくると、僕はシャウラの両肩を掴んで問いかけた。
シャウラは一瞬びっくりした様子だったけど静かにこくりと頷いた。
「行くのが遅くなってごめん。怖くて嫌な思いしたろう」
「大丈夫ですわ。リギル様はすぐ来てくださいました。ありがとうございます」
シャウラはにっこりと微笑むが男に怒鳴り付けられて絶対に怖かったはずだ。
相手は同格の公爵家であり、普段怒らないような相手で戸惑いもしただろう。
しかしあんなに行動に影響を及ぼす程魅了されているなら相当まずい。
「今回みたいに何かあったらすぐ言うんだよ。守るから」
「リギル様…あ、あの…」
シャウラが何か言いかけたとき、
「ユレイナス公子!エリス公爵令嬢っ…!」
誰かの声が中庭に響いた。
声がした方を振り向くと走ってきたのはカペラだ。
追いかけて来やがった。しつこいな。
「まだ何か」
シャウラを背に隠してカペラを睨みつける。
これ以上なんのつもり…
「すまなかった!!!」
ゑ?
カペラは深く頭を下げて心から反省しているように謝罪をした。
さっきの今で逆に一体なんのつもりだ?
シャウラと僕が訳がわからなくて目が点になっていると、カペラが申し訳なさそうに頭を上げた。
「すまない、先程のはどうにも怒りが収まらなくて衝動的だった。本来なら双方の意見を聞いて第三者も交えて精査すべきことなのに。エリス公爵令嬢、申し訳なかった」
どうやら一瞬で随分冷静になったようだった。
あまりの変わりように怪しさすら感じるが、よく考えてみるとカペラのキャラクターからしてもさっきのほうが異常だったのだろう。
他に誰も居ないからか口調自体は砕けているが特に気にすることでもない。
「アンカを傷つけられたと思ってカッと頭に血が上ったのだけど…、ユレイナス公子に手首を掴まれたときに妙にさあっと怒りが収まって冷静になって…、その、不思議なんだが…、彼女の…アンカの言い分がめちゃくちゃだったと今更気付いて…」
それにしても演技ならすごいという程にカペラは人が変わったようになっていた。
というか、僕が手首を掴んだときに冷静になった、とは…?
「よく分からないけど、聖女様が嘘を吐いてたってことかい?」
僕も相手に合わせて少し口調を柔らかく砕けさせた。
遠慮なく話すには丁度いいだろう。
「…、それは俺にもよく分からない。ただ、エリス公爵令嬢が酷いことする理由が無いことも嘘を吐いている訳ではなさそうなのも確かだから、アンカが嘘を言っている可能性もある…いや、勘違いしていただけかもしれない…本人も先程そう言っていたし…」
とりあえずまだ聖女を疑いきれない気持ちはあるみたいだ。
まあカペラからしたら聖女の意見しかまだまともに聞いていないわけだしな。
「さっきはシャウラが王太子に未練があるとか…」
「あれは…あの時は本気でそうは思ったがどうやらそうは見えないし…」
カペラが僕たち二人をじっと見る。
仲のいい婚約者同士に見えてるのかなと思うと内心ちょっとだけ照れた。
「自分でもおかしかったと思うくらい頭にきていたんだ。アンカを守らなくてはという気持ちが先走って失礼なことをした…」
あまりにカペラが謝るのでなんだか少し可哀想になってきた。
もし、魅了スキルの影響だったらと思うと余計に。
シャウラをちらっと見ると「私はもう大丈夫ですわ」と言いながら微笑んだ。
この子も天使なのかもしれない。心が清らかすぎる。
僕は一呼吸おいて、カペラに向き直る。
「聖女様が好きなの?」
「えっ」
尋ねてみると固まってしまった。
「好き…?」と呟いたまま考え込んでしまった。
さっきまでの態度だとそう見えるけど違うんだろうか。
「わ、わからない。彼女の側は妙に落ち着いて…その、シリウスもそのようだから…つい一緒にいる事が多かったが…、すまない…今は特に頭の中がぐちゃぐちゃで…」
本当にどうしたらいいのかわからない、という様子の彼を見て僕は考えた。
僕が手首を掴んだ時に冷静になったという発言も踏まえてもう少し詳しく話をしてみたい。
「なら、後日改めて話をしよう」
カペラが焦った様子でえっと呟く。
「別にもう責任を追求するとかじゃないよ。シャウラも良いって言ってるからこれ以上謝って貰っても気分が良くないし…、ただ、君自分が何かおかしいって自覚しているようだから」
「…、確かに、俺はおかしいかもしれない……」
カペラがそう言いながら俯く。
長いまつ毛が瞳に影を落として悲壮感を漂わせている。
こういうとき美形ってずるいよなって思う。
「だからまあ何ていうか。カウンセリングみたいな物だと思ってくれればいいよ。少し話を聞かせて欲しい。感情の揺れは魔力暴走にも繋がるんだろう?」
「……まあ、確かにそうだ」
「公爵家同士が敵対するなんて僕は望んでないし、君が万が一魔力暴走で死ぬことも望んでない。今君が自分の状態をおかしいと認知しているなら今のうちにどうにかできるかもしれない。その為には話を聞かせて欲しい」
「…、ユレイナス公子は俺がこんな体たらくだから同じ公爵家として国の将来を憂いてくれているんだな…」
いやそこまでは全然。というと台無しになってしまいそうなのでとりあえずは黙っておく。
正直なところ友人や家族が無事なら良いって気持ちもなくはないのだけど、ここまで来ると不憫ってだけで。
カペラは考え込みながら胸に手前でぎゅっと手を握った。何か決意したような様子で。
「分かった。ユレイナス公子が大丈夫なときに訪問させてくれ」
「後で言伝でもするよ」
そう言うとカペラは頷いた。
さっきはムカついたけどこうしているとただの可愛い歳下だな。
「それから、シャウラに申し訳ないと思っているなら一つだけお願いがある」
「なんでも言って欲しい」
カペラは妙に真剣な面持ちだ。
本当に申し訳ないと思っているんだろうか、なんだか弱みにつけ込むみたいで少し申し訳なくなった。
でも言っておかないとまたまともに話ができない状態になるかもしれない。
「ウチにきて話をするまで聖女と接触や会話をなるべくしないで欲しい」
「アンカと?何故?」
ここで今理由を言っても彼は納得するだろうか。
彼女に失礼だと憤慨して話が出来なくなってしまってはたまらない。
アトリアの話だと触ったり話したりすることで魅了の効果が深まるらしいからそれを避けさせるのが無難だろう。
「それは来た時しっかり話す。だから頼む」
真剣にカペラを見つめるとカペラはそれを了承した。
なるべく早く話せるようにするということもしっかりと伝えると分かったと一言答えた。
「じゃあまあ、ランチもこれからだから、とりあえず今はもういいかな」
そう言って切り上げるとカペラは申し訳なさそうにしていた。
「引き止めてすまない」
「いや、いいんだ」
多分昼休みももう半分過ぎてしまっている。
僕はともかく、シャウラにはちゃんと食べさせないといけない。
さっき抱き寄せたとき細かったし、女の子は繊細だから心配だ。
一食抜くくらい大丈夫だとか言うかもしれないけど万が一倒れでもしたら地中に頭を埋めてアトリアに土下座するしかない。
「シャウラ、行こうか」
カペラにはしっかり別れを告げて、僕がシャウラに手を差し伸べるとシャウラが僕の手に手を重ねた。
「はい」
にっこり柔らかく笑ったシャウラに僕も微笑み返すと、そのまま食堂までエスコートしたのだった。
早くシャウラを連れて行かなくてはという焦りの元やった行為だったけど、なんか後で思い出して恥ずかしくなって悶絶した。