56・断罪イベントなんか無かったでしょ
「何を考えこんでるの?」
うーんと悩んでる様子の僕をみてリオが僕の頭に何かを乗せた。これは教科書。
一冊乗せられたと思ったら次々と積み上っていく。
授業と授業の合間には10分休憩がある。
その合間だから時間はないのにタワーを作ろうとするんじゃない。
「ちょっと遊ばないでくれる?」
「えー?だってリギルが」
僕が悩んでいたのはユピテルが邪竜だと知っていることをユピテルに話すか否かだ。
ユピテルはどうやら気づいていることに気づいているだろうし話すこと自体は別にいいとして、そうなれば何故知っているかの話になる。
異世界転生、ゲームの中の世界、決まっていた未来、全部話して、邪竜でも信じてくれるだろうか。
でもユピテルが全部受け入れてくれるなら力強い味方になるかもしれないのだ。
「まあ、大した悩みじゃないよ。ヴェラが日に日に可愛くなってくからどうやって虫を追い払おうかと」
誤魔化すにしても僕ならガチで悩んでそうな内容にリオは眉を顰めた。
「安定のやつだった…」
「なんだよ安定って」
「婚約者できてもリギルはリギルだね、安心したよ」
何故か勝手に安心された。
安心したらしいリオは積み上げていた教科書を丁寧に下ろし始めた。
「もちろんシャウラだって可愛いよ。てかシャウラこそ日に日に可愛い。婚約者って意識してるからかな」
「リオくんは恋人居ないのでのろけは禁止ですっ」
リオに教科書で口を塞がれた。というか顔に教科書をべちんとされた。
このやろう…。
「ほらもう次の授業始まるよ」
教科書と一緒にリオを押し退けると同時に始業ベルが鳴った。
それを聞いてリオは慌てて席についた。
「彼女にこんな事をするのは君だけだろう!!」
今日のお昼休みはシャウラと二人、なのでシャウラを迎えに来たのだが、何やら怒鳴り声が聞こえた。
「君が彼女の私物を壊したり、彼女を王太子に近づくなと脅して怪我をさせたりしたのだろう!!」
なんだなんだイジメか?と思って声の主を探すが、人だかりでよく分からない。
シャウラを迎えに行きたいのに…。
「私は知りませんわ」
きりっとした綺麗な聴きなれた声が聞こえた。
これはシャウラ…って、怒鳴ってるやつと喋っているのシャウラ?まさか?
「彼女本人が涙ながらに告発したのだからしらばっくれるな。言い訳をしても君の分が悪くなるだけだぞ」
慌ててひとをかき分けて前に出ると、野次馬の中心はケレス公爵子息…水色っぽい白髪のカペラ・ケレスと、その後ろにカペラの背に隠れるように聖女、向かい側にシャウラがいた。
え、これ、断罪シーンってやつ?
状況がよく掴めないけど、シャウラがやってもないことで責め立てられているようだった。
しかしカペラは女性嫌いであるが表向きは社交的で優しく、こんな人前で女の子を怒鳴りつけるようなキャラではない。
ゲームのシャウラも自滅しかしてないので断罪シーンみたいなのも無かったはずだ。
「知らないものは知りませんわ。私ではなく、オルクス様の勘違いではありませんか?」
「彼女が嘘を吐いてるというのか!?」
何故か激昂しているカペラはシャウラの腕に手を伸ばした。
掴み上げるつもりじゃないかと思って咄嗟に身体が動いた結果、僕は後ろからシャウラを抱き寄せていた。
「僕の婚約者に何か?」
「なっ…」
カペラが僕を見て目を丸くした。同じ公爵家でも立場は少しばかり僕の方が上だ。
カペラは伸ばした手を引っ込める。
「そちらの令嬢が聖女に嫌がらせをしたので話を聞いていただけです」
さすがにカペラも馬鹿では無いので怒りを抑えて僕に対してそう告げた。
でも嫌がらせをした、と決定事項のような言い方に腹が立つ。
「彼女は嫌がらせなどするような方じゃありません。何か思い違いをしているのでは無いでしょうか?」
僕は抱き寄せていたシャウラを後ろに隠すようにシャウラの前に立つ。
カペラも引くに引けないようでムッとしている。
「ユレイナス公子こそ思い違いをしているのでは?彼女に騙されているのではないですか?物を壊された件は他の令嬢が彼女の命令だと証言していますし、脅され怪我をさせられたというのはアンカ…オルクス嬢本人から伺ったことです」
「彼女が嘘を吐くメリットなどありません。命令をされたのはどちらの御令嬢ですか?僕自ら事実確認を致します。オルクス令嬢はそれはいつどこでのことですか?」
アンカをちらりと見るとビクッとしてカペラの後ろに隠れた。その態度からどうやら嘘を吐いていることは明らかだと思った。
「き、昨日……」
「昨日のいつ?」
「…、か、勘違いだったかもしれません……、誰かに王太子に気安く近づかないで頂戴と突き飛ばされたのですが、よく、見てなくて、その、シャウラ様にはよく似たことを言われていたので」
シャウラはここのところずっと僕たちと行動していたのでそれにやっと気づいて分が悪いと思ったのかここにきて証言を変えてきた。卑怯なやつだ。
「で、でも、物を壊したのは、シャウラ様に命令されたと御令嬢が……」
おどおどしたフリをしてあくまでシャウラに罪をなすり付けようとするつもりらしい。
それにしてもお粗末だ。
「先程も言いましたがシャウラが命令してまで貴方をいじめるメリットはありませんよね?シャウラは王太子婚約者候補からはとっくに外れて今は僕の婚約者で、貴方と僕にはなんの接点もありませんし」
そこまで言うと聖女は黙り込んだ。
するとカペラがジロリと僕を睨む。
「まるで彼女が嘘を吐いているかの物言いじゃないですか。彼女は被害者なのに責めたてるなんて。シャウラ嬢は王太子に未練がおありなのでは」
「なっ……」
カペラの言葉にシャウラが絶句した。
そんなこと、シャウラが王太子が好きだけど王妃になれなそうだからユレイナス公子をキープしていると言っているようなものだ。周りもざわついている。
「おっ、王太子様に未練などありません!わ、私はっ、リギル様が好きなのです!!」
シャウラが僕の後ろから今日一大きな声を出した。
周りからうっすら、おお…告白だ…すごい…などと聞こえてきて、カペラも聖女も驚いている。
シャウラを振り向くと、やってしまった、という様子で軽く赤面していた。かわいい。
「…、そういう訳なので。ちなみに僕も彼女を愛しています。これはお互い合意の婚約なのでとやかく言われる筋合いなどない事をお忘れなく」
「あ、…あ、あい……?」
とりあえずここまで僕も言えば政略だの騙されているだの周りも言わないだろう。
そう思ってシャウラを振り返ると何故か更に真っ赤になっていた。
シャウラの手を取って、行こうかと囁く。
「は、はい」
シャウラがしっかり僕の手を握って、僕は彼女の手を引いた。
「ま、待て」
その時ハッとしたカペラがシャウラの腕を掴もうとする。
僕は伸ばされたカペラの手首を掴むと彼を睨みつけた。
「僕の婚約者に触れないでください。では」
「っ……?」
パッと手を離すとカペラは掴まれた手首を見つめたまま一瞬ボーっとしていたのでその隙にシャウラを連れてその場から退散した。
後ろから気付いたカペラの「ま、待ってくれ」という声が聞こえたがシャウラをこれ以上見せ物にはしたくないのでさっさと逃げ出した。