53・神話、そして竜と姫の物語
太陽の神クルア、月の神シャハル、星々の神ナジュム、大地の神アルド。
この4柱が世界を形作った神であり、太陽神と月神は夫婦の神、その子供で兄弟神なのが大地と星々の神らしい。
夫婦神はこの世界を形成し星々を作り上げた。その後僕らの暮らす星を創りナジュムとアルドに星を預けた。
ナジュムは人間を、動物を、亜人を、植物を。
アルドは魔族を、魔物を…、神話ではアルドはナジュムに任せきりだったがナジュムがある程度星の形を作ってから魔に関する物を作ったらしい。
星に元々溢れていた人間や動物には害のある魔力を閉じ込める器として。
人間を創る時点では分からず後に発覚したため人間の代わりに魔力を捌ける存在を作った、みたいな感じのようだ。なんか業者みたいだな。
その後ナジュムは精霊も生み、火、水、風やらなんやら、精霊に作らせて人間をサポートさせた。
最初は上手くいっていたが魔族でも魔力の強い悪魔族が人間を蹂躙しようとした。なので人間に魔力に対抗できる別の魔力を精霊を介して与え、それが今に残っている。魔力属性は精霊の属性のせい。
というかじゃあ魔族の魔力はどこからきたんだ?夫婦神がなんかしたのか?
人間が書いた書物なので、事実なのかは分からないし矛盾ばかりだ。
まあ真面目に考えすぎても仕方ないな、と悟って、僕はぱたんと本を閉じた。
所詮は乙女ゲームの世界だし。
今日は訓練も学校もなく休みなので、自宅の図書室で調べているのはいいけどやっぱりここじゃ限界がある気がする。
正しい情報ならミラのほうが持っているだろうな。
そう考えながら本棚を見上げると竜種に関しての本を見つけた。
とりあえず手に取ってみる。
「お兄様?」
後ろから声がかかって少しビクッとする。
振り向くとヴェラだった。まあヴェラしか居ないんだけど。
「ヴェラか、本を取りに来たの?」
「あ、いえ、ここで自分の本を読もうかと思って…、お兄様は?」
「ちょっと調べ物だよ」
「お兄様のお隣で本読んでもいいですか?」
ヴェラが本を抱えながら僕を見上げる。
可愛すぎて断われるわけがない。可愛すぎる。
「もちろん」
本を机の上に置いて椅子を引いてあげた。
ヴェラは嬉しそうにありがとうございますと言うと本を抱えたまま椅子に座る。
僕はヴェラの隣に座った。
「お兄様はなんの御本を?」
「ん?神話とか幻想種とか…今取ったのは竜種に関する本だよ」
「竜ですか」
ヴェラがじいっと本を見つめる。
ちょっと興味があるんだろうか?と思っているとヴェラが持っていた本を差し出してきた。
「これも竜の本です」
ヴェラが持っていたのは物語のようで、「竜と亡国のお姫様 下」と書いてある。
「竜と国を失ったお姫様の恋愛物語です」
「へえ、竜と…」
「お兄様も読みますか?」
ヴェラがきらきらした目で僕を見てくる。
そういえば転生してからそんなにこういう物語を読んだことがない気がする。
転生前は好きだったんだけど今世は勉強優先だったからってのもある。たまにはいいかも。
「読んでみようかな」
そう言うとヴェラの顔がぱあっと明るくなった。
「これは下巻なので上巻部屋から持ってきます!」
「えっ、いますぐ?」
静止する間もなく、ヴェラは本を机に置くと上巻を取りに行ってしまった。
自分の好きなものを家族にも共有したいのかもしれない。そういうのあるよね。
前世でも妹は僕がアイドルのライブに付き合うと喜んでたな。
しばらくするとヴェラが本を抱えて戻ってきた。
「お兄様、お兄様、これです」
ヴェラが持ってきた本には間違いなく「竜と亡国のお姫様 上」と書いてある。
ヴェラが両手で僕に本を差し出して渡してくれた。
「ありがとう」
笑いかけるとヴェラもえへへと嬉しそうに笑った。かわいい。
時間があるときに読んでみようかな。
「お兄様の竜の本はどんなお話です?」
「ん、竜種の生態?とか?まあ事実かは分からないけど、伝説の存在だし想像だろうね」
「へえ…、あ、ヴェラは自分のご本読みますねっ」
ヴェラがにぱっと僕に笑顔を見せてから自分の本を開いて読み始めた。
陽が当たったヴェラの髪がきらきらしていて、本を読むヴェラの横顔は絵画みたいだ。
っと、妹に見惚れている場合じゃなくて自分の本を読まないと。
「曖昧なことしか書いてなかった……」
全部読み終えて、本をぱたりと閉じた。
竜種はこんな姿で、こんな形で、属性と同じ種類いて、個体数が少なく人の前に姿を現さない、とか、人間を襲ったり食べたりした前例はないが人間の味方とも呼べず魔族でもない、とか…。
こんなんだったらいいなみたいな文章もつらつらと綴られていて全くなんのアテにもならなかった。
「面白くなかったですか?」
ヴェラが僕の顔を覗き込んだ。
ヴェラのほうは下巻を半分くらいまで読んだところだったようだ。
「なんか、事実が知りたかったんだけど…創作話が多くてね……、思ってたのと違ったかな…」
「そうなのですか…」
「ヴェラが勧めてくれた本のほうがきっと面白いね。ゆっくり読んでみるよ」
「これも読み終わったらすぐにお貸ししますわ」
ヴェラはにこにこしながら今読んでいる下巻を指して言った。
なんて気を遣える優しい妹なんだ。天使。
「あらすじだけでも聞いていいかな?」
「いいですよ」
ヴェラは柔らかく微笑むと本の内容を詳しく説明してくれた。
主人公である亡国の姫は15歳の頃に隣国の侵略により家族も国も失った。姫だけでもと両親や兵士たち、兄たちに逃がされて逃亡生活をしていたが体力の限界で倒れてしまう。
目が覚めて姫が居たのは洞窟の中で目の前には美しい竜が居たのだった。
竜は人の言葉を理解していた。そして、姫に昔助けられたことがあり、姫に恩返しするために連れてきたと言う。
そして、姫と竜の二人きりの旅が始まった。
…というのがあらすじらしい。
ちょっと興奮気味にだけど丁寧に説明してくれたのでありがたかった。
下巻からは姫と両思いになったことで竜が人間に変身できるようになり姫と街に出たりするらしい。
「下巻からも面白いですけど、姫と竜が結ばれるところで終わるので上巻だけでも面白いです」
「うん、興味出たかも。ありがとうヴェラ」
物語としては普通に面白そうだ。
あんまり本読む時間はないけどちょこちょこ読ませて貰おう。
「じゃあ、しばらく借りるね。今度お兄様がお礼に好きな本買ってあげる」
そう言うとヴェラはそれはそれは嬉しそうに笑った。
あんまりに可愛すぎて失神するかと思ったけど耐えた。僕偉い。
日に日に可愛さが増しているので気をつけなくては。