50・煩悩というのは脳を操るなんかそういう魔物(適当な嘘)
「1ヶ月半後ですね」
ユピテルに予約が取れるか確認したところ1ヶ月半後なら鑑定できるという返事が来たらしい。
そのユピテルの言葉にため息をついた。
「1ヶ月半……」
結構長い……、とりあえずその間にする事も考えた方が良さそうだ。
「ですが1ヶ月半後ならまとまった休みがありますね」
「夏季休暇か……」
今は丁度5月の半ば、夏季休暇は7月の頭から8月まで……、夏季休暇が1番長い。冬は12月中旬から1月下旬、春は3月中旬から4月頭までだ。
夏季休暇が長いのには色々理由があるらしいけど、休みが多いのは貴族相手だからだ。その代わり五年制なのだ。
確かに1ヶ月半後ならだいたい夏季休暇の初めにさしかかる。
「7月頭にとりあえず六人で鑑定予約入れられるか調べてくれる?それに合わせて旅行計画立てるよ」
「おや、皆様鑑定されるので?」
「やりたいのはリオとアトリアと僕たち三人だけど…まあヴェラたちもやりたいって言うかもしれないからね」
鑑定士というのは結構契約にガッチガチに縛られている。どんな理由があろうと顧客情報を漏らせば死罪だ。ウチの国でも隣の国でも。
だからこそスキルを持っていても黙っている人が多いので余計少ないのだけど、それで需要に対して人数が少ないので給料とか待遇がめちゃくちゃ良い。
顧客情報さえ守れば夢の職業なのだ。
ヴェラはなるべく鑑定させたくないけど大丈夫だとは思う。
「ふむ、とりあえず了解致しました」
「うん、よろしく」
旅行か…、とりあえずうちで数人護衛を出すことにはなるだろうな…。
まあユピテルさえいれば安心ではあるけど、頼りきってたら突然裏切られたりしたらたまらないし。
「とりあえずヴェラに話しとこうかなあ…」
そういえばこないだプレゼントも買ったんだよね。喜んでくれるかな。
ちなみにお小遣いは領地経営の手伝いとかで貰っている。今のは主に貯めたものだけど。
ユピテルに声をかけてからヴェラの部屋に行く。
「ヴェラ〜♡」
ヴェラの部屋のドアをこんこんとノックすると、はぁいと返事が返ってきた。かわいい。
ドアを開けるとヴェラはソファで本を読んでる。
すっかりお姉さんになって読んでって言わなくなってきたのは寂しい。
「ヴェラ、お話があるんだけどいいかな?」
さりげなくヴェラの隣に座ると、ヴェラはパタンと本を閉じて僕の方を見てくれた。
「お話ですか?」
こてんと首を傾げる仕草がこれまた可愛い。
ヴェラも今年で12歳、まだまだあどけないけど少しずつ大人っぽくなってきた。
「お友達と旅行に行くんだけど、ヴェラも一緒に行かないかなって」
「お友達…」
「って言ってもリオやアトリアだよ。それとシャウラとシャウラの友達かな」
「…、邪魔じゃないですか?」
ヴェラが僕を見上げて眉を八の字にした。
最近婚約したから気にしてくれてることは知っている。だからこそこの機会にヴェラとシャウラにもっと仲良くなって欲しいし、今後のことも考えてミラに引き合わせる機会も欲しかった。
「邪魔じゃないよ。全然ね。シャウラもヴェラのこと好きだから喜ぶよ」
これは本当の話だ。シャウラは二人で昼食している時、ヴェラのことを可愛くて本当の妹みたいに仲良くしたいって言ってくれた。
僕のヴェラ語りも嬉しそうに聞いてくれる逸材だ。
お互い遠慮している感じがあるんだけどね。
「シャウラお姉様が?ほんとに?」
ヴェラの表情が少しだけ嬉しそうに変わった。
わかりやすいところも可愛い。
「うん、仲良くなりたいって」
「ヴェラもシャウラお姉様と仲良くなりたいです…!」
ヴェラが僕の服をぎゅっと掴んで僕の事を真剣に見つめて訴えかけてくる。
ヴェラは真剣なんだけど、可愛すぎて思わず吹き出してしまった。
「お兄様っ…!?」
「ふふっ…ごめんごめん、ヴェラが可愛いくて…」
ヴェラがぷうとほおを膨らませる。馬鹿にしてる訳じゃないよ、と頭を撫でるとムッとはしたけど怒りを収めてくれた。
「旅行で仲良くなろうね」
「はい」
ふにゃと効果音が出るような感じで柔らかく笑うヴェラはまさに地上に舞い降りた天使のようだ。
これは絶対国宝になるのでこの瞬間を切り取って絵画にして永久に美術館で人間が滅びるまで飾られるべき。
ヴェラは本当に天使なんだよなぁ、フェアリーなんだよなあ、可愛さが臨界点突破してるというか多分可愛さで世界を救える。
一方、シャウラはクールビューティー(見た目は)なので天使とかより夜の女神って感じなんだよな…。
ん?何で今一瞬シャウラのこと思い出したんだろ?
「お兄様も」
「ん?」
「お兄様もシャウラお姉様ともーっと仲良くなれるといいですね」
は????やっぱり本物の天使じゃん???
「そ、そうだね」
もっと仲良く…仲良くかあ……、いやでも婚約者としての仲良くって………、つまり………?
……………。
「去れ煩悩!!!!!!」
「お兄様っ!????」
ソファの目の前にあったローテーブルに僕は思い切り頭を打ち付けた。
ヴェラがはわはわしている。可愛い。じゃなくて申し訳ない。
「ご、ごめん、なんでもないよ…」
なんか最近おかしい気がする。
シャウラが婚約者になってからというもの、なんかちょっと……、婚約者というのを意識しすぎているんだろうな…。
ぶっちゃけ僕は前世でもシスコンを貫いて妹に生涯を捧げたので恋愛耐性というか、経験値的なのが何もない。邪なことを考えるのはやめよう。
「ぼんのーってなんです…?」
ヴェラが僕のおでこを優しく撫でながら問いかけてきた。ほんと好き。
「なんかアレ…魔物の一種だよ…脳を操るやつ…」
「ま、魔物が居たのですか…?」
「さっきので消滅したから大丈夫」
怖がっていたヴェラだけどそれを聞いてほっとしたような表情を見せる。
めちゃくちゃ適当な嘘なのに信じてさすがお兄様って言ってるヴェラはマジで可愛すぎる。
嫁にやるとか絶対無理だぜ僕相手コロコロしちゃうぜ。
シャウラと僕で大事に一生涯守りたい。
ガタッという音がしたのでふと我に返って音のした扉の方を見ると隙間が空いていた。
隙間から見えたのは(おおかたお茶でも運んできたのであろう)ユピテルが腹を抱えて震えていたところだった。
具合が悪い…のではなく、どう見ても一人で声を殺して大笑いしていたようだ。
最初から見てたなコイツ…。と思いつつさっきまでの自分の奇行を思い出して恥ずかしくなってちょっと反省したのだった。
ちなみにプレゼントはというと、白にピンクの瞳のヴェラ似のうさぎのぬいぐるみ、ヴェラはすごく喜んでくれた。