48・お見舞い
レグルスの生まれは悲惨だった。
生まれてからしばらくは母親に育てられたが、8つの頃になると母親から引き離された。
初めて見た兄弟たちは最初は沢山いたが口答えしたり、泣いたりすれば見せしめのように殺される。
兄弟たちは恐怖に怯えて洗脳されていった。
レグルスだけは妙に冷静だった。母親を苦しめ、虫けらのように兄弟たちを殺す悪魔たちを絶対に殺してやろうと思ったからだ。
「このナイフで自らの母親を殺せ」
悪魔族の男にそう命令されたときは背筋が冷えた。
でもレグルスは考えた。魔族は死ねば魔物同様核を残して消える。だからうまく誤魔化して、母親を逃すチャンスじゃないか?
今の自分なら母親を逃すことくらいは。
「レグルス、それはダメよ」
否定したのはレグルスの母親だった。
「アイツらが気付かないはずなんてないわ。レグルス、私を殺しなさい。生き延びるのよ」
無理矢理産ませされた悪魔の子供なんて捨て置けば良かったんだ。自分は逃げ延びて帰る場所に帰ればよかったのに、それなのに、
「自分が生きることより、貴方が生きることの方が大切なの」
母親はそう言って、結局は自害してしまった。
レグルスはその母親の核を持って、悪魔の“試験”に合格したのだった。残ったのはレグルス含む数人だけだった。
心が冷え切ってしまったレグルスは母親の死に涙を流すことすら出来なかった。分からなくなってしまった。
母親を助けられ無かった自分にもう価値などない。
もう、どうでもいい。
「お前には1番大切な役目をやる。聖女だ。聖女を殺せ。教会に守られている聖女は15になれば学園に入る。学園に入れば殺す機会も得られるだろう」
俺は、俺の役目は、この男の言う事しかなくなってしまったのか。
俺の居場所はここしかなくなってしまったのか。
レグルスはそうやって頭が混乱してしまった。
だから、悪魔族の男の言う通りに学園に入った。
───、“昏き星の救世主”レグルスルート終盤より抜粋。
他のキャラのルートでは聖女の様子を見てレグルスが改心する。レグルスルートでは、両思いなら同じく改心、バッドエンドルートだとレグルスは行き違いから聖女を殺し、そんな自分にも絶望し、母親が死んだ時より心が壊れてしまったことで人間たちを殺してしまう。
母親や聖女が死んだ時は悲しかったのに人間たちを殺したことには何とも思わなかったレグルスは悪魔族の血が自分にもしっかり流れていることを実感して、自ら命を絶った。
正直レグルスが人間に対して攻撃的になるということはあまりない。聖女が死んだ(殺した)絶望で苛立っていて絡んできた人間を殺してしまった。
でもレグルスがヤンデレ…というか苛烈な性格であることは確かなので、何とも言えないのだ。
聖女がレグルスにもちょっかいかけていたとして、聖女に惚れたとして、聖女が他の男にちょっかいかけていたとしたらどう思うか…。
続編である明けし星は王子ルートハッピーエンド後
でレグルスは古の魔族から逃げて一人暮らしをしていた。古の魔族の戦力を削れたものの、完全には倒せず深手を負っていた。
そして兄から逃げ延びて行き倒れになったヴェラを自分のようだと思って気まぐれに拾った。最初は手当だけして逃すつもりだったが、目覚めたヴェラを見て側に置くことにしたのだ。
レグルスはヴェラのピンク色の瞳に聖女のピンク色の瞳と重ね合わせて、ヴェラに興味を持ったからだった。
ルートの行き先はレグルスに愛されて死ぬかレグルスに聖女の代わりにされて愛されずに閉じ込められて生きるかだった。
愛した方が殺すとかまじで分からなかった。
そんな彼だから中途半端に聖女が関わったなら何をするか分からない危うさがある。だから昏き星のレグルスバッドエンドルートに近い事態になってる可能性もある。
聖女が死んだ…訳ではないけど、裏切られたと彼が感じたなら苛立ちから人間を傷つけたり…人間に絶望したことで消してしまおうと考えたり…。
聖女の裏切り、本編には無かった異例の事態。
レグルスが残酷になる可能性はあるんじゃないだろうか。
「うーん……、でもなあ…、可能性が高いのがレグルスってだけで…レグルスってそこまで悪いヤツでもないんだよなあ……」
とはいえ悪魔族以外の魔族は人間ともうすっかり友好関係で、人間に危害を加えるメリットがない。
悪魔族も今は力を温存中だからやらせるなら子供たちにやらせるだろう。
でもこの時期に事件は無かったはずだからゲームと行動が変わるならレグルスしかいない。
レグルスが聖女と直接関わってなくても聖女がアレなのは見てるはずだからそれがきっかけになることもなくは無さそう。
ミラに聖女の動向を確認するしかないだろうな。
ちなみに今の僕はというと、足を捻っただけなのにリオが騒いだせいで1日お休み、家で療養中。
というか自分で光魔法で治せるんだけど、騒ぎになってしまったのでやめた。
正直、光や闇は持ってはいるのは知られていても結構使えるのを知られるのは得策じゃないし。
だから大人しくベッドで本を読みながら色々考えていた。
「リギル様、エリス公爵令嬢がお見舞いにいらしております」
ノックと共にユピテルの声が聞こえた。
「え、シャウラが?ちょっと待って」
慌てて手櫛で寝癖だけでも直す、ダラダラしていたのでみっともない格好になっていないか、服装が乱れてないか軽く確認した。
いつもなら気にしないのになんとなく気になった。
わざわざ学校帰りに寄ってくれたのか。
「いいよ、入れて」
ドアが開くとシャウラが「お邪魔いたします」と礼をしてから入ってきた。ユピテルも入ってくると思ったが「お茶をお持ちします」と行ってしまった。
シャウラは黙って、こちらに近づいてきた。
「心配かけたかな?ごめんね、わざわざ…。そこに椅子があるから良かったら座って…」
「心配しましたわ!!!!」
初めて聞いたシャウラの大きな声だった。びっくりしてシャウラの顔を見ると、目に涙を溜めていた。
「心配、心配…しました……」
呟いてから、黙ってベッドの脇にストンと座ったシャウラを優しく撫でる。
「…ごめんね」
「リギル様は悪くありませんわ…。でも、ごめんなさい…感情的になりすぎましたわ……、兄様がリギル様のおかげで助かったと言ってましたわ…それから、リオ様は心配してました」
それでもリオが来なかったのはシャウラに気を遣ってアトリアがリオを止めたんだろうなあと安易に想像できた。
あとシャウラがこんなに心配してるのリオが騒ぎすぎなせいでは?
「足を捻っただけだからね、一日安静にしてれば大丈夫だって」
「それなら良かったですわ」
シャウラがやっと笑顔を見せてくれた。
ほっとしたような気持ちになって、僕も彼女に笑いかけた。
「あの、お花をお持ちしたんですの。ユピテル様にお渡ししたので後で飾って頂いてくださいまし」
「分かった。ありがとう」
「…、リギル様のお顔を見たら、ほっと致しましたわ」
「僕も君が泣き止んでくれてほっとした」
クスッと笑うとシャウラが赤面した。
恥ずかしそうに少し俯くシャウラの髪に蝶の髪飾りが付いてるのが見えた。
「…、それ、髪がざり、誕生日パーティーのときにあげたヤツだったね。気に入ってくれてるんだ」
「へっ、あ、た、たまたまですわ…」
「今度は婚約者として何かプレゼント贈るからね」
そう言いながら僕はシャウラの指に指を絡ませた。
シャウラはびくっとしたけど手を引っ込めたりしなかった。小さくて柔らかくて暖かい手だ。
恥ずかしそうにしながらも僕の言葉への返事なのかシャウラは頷いた。
「ふふ、昨日ヴェラも僕が怪我したって聞いてシャウラみたいに取り乱していたんだよ」
「…ヴェラ様が?」
「うん。シャウラさえ良ければ後で相手してあげて。足の怪我だっていうのに安静してなきゃダメって言って会いに来てくれないんだよ。寝てないと治らないです!ヴェラがいるとお兄様寝れないでしょって」
「お兄様思いですわね。まだ時間も大丈夫ですから、ヴェラ様にもお会いしておきますわ」
「帰りは大丈夫?」
「うちの馬車で来ましたわ」
それからは少しだけなんてことのない世間話のようなことや、リオやアトリアの話もした。
絡められた指はそのままでなんだか熱を帯びてるような気がして、…離す時は少し寂しかった。