46・狼のような禍々しくてこわいヤツ
「あっちだ!」
リオが走りながらタンッタンッと木に触れては離しを繰り返して気配を探っていく。
ゆっくりやっているとまずいのでこの方式だけど、気配がデカいので一瞬でもわかるらしい。
「くそッ!あっち行け!!!」
「全然効かないぞ!!!!」
声が聞こえたと思ったら氷と土魔法を放っている二人の生徒が見えた。
魔物にひたすら氷魔法で作った氷柱をぶつける生徒と土を使って壁を作って足止めする生徒。
そして、それを見た時、背筋がゾッとした。禍々しい殺気を放ちながら威嚇する魔物は狼のような姿をしている。狼のような魔物は目が四つ、耳も四つ…真っ黒な肢体をしていて威圧感がある。ひいっとリオが小さく叫ぶ。
「大丈夫か!!?」
「ッ、あ、ユレイナス様…っ」
氷を放っていた生徒が反応した。
三人で二人の前に立つ…も、こいつ、結構でかい。大きさは全長は分からないけれど高さは2メートルはありそうだった。
魔物がグルゥ!!とこちらに威嚇すると、全身が痺れるような感覚がした。恐ろしく尖った牙が生え揃っていて、それを見たら思考も回らなくなって、あ、これ、噛まれたら死ぬ、と思った。
恐怖を振り切るように首を横に振る。ボーっとしていてはあっという間に殺されるだろう。
手を強く握ると手汗でびしょびしょだった。
「二人とも氷と土で脚を固めて!!」
僕が叫ぶと二人はこくりと頷いた。魔物の足止めにはなってる…けどこれは長続きしなさそうだ…。
リオを見るとリオは頷いて魔物の方に両手をかざした。植物を魔物に巻き付けた動きが制限された魔物は呻き声を上げながら暴れている。
ぶちぶちっと植物が千切れるたびにリオが追加して拘束する。
「アトリア、アイツに水を被せるから雷で感電させて」
「分かった」
空中に手を翳して魔力を集中させる。
この世界の魔法は基本無詠唱だけどその分集中力がいる。大きな魔法だと発動まで時間がかかる。対象に手を翳すか指を向けるかして照準を合わせることも必要だ。
隣でアトリアも魔力を集中させている。
やっとのことで魔物と同じ大きさの水の塊を魔物の上に出現させた。僕が水を魔物に被せると同時にアトリアが雷を落とす。
「グォォン!!!!!」
地響きのような魔物の叫び声が轟いた。
「やったか?」
リオが言ったけどそれは言っちゃだめなやつ。フラグだ。
「ウォオォオオオン!!!!!!」
思った通り、一瞬怯んだように見えた魔物は天を見上げて咆哮した。ただの咆哮なら良かったんだけど、魔物が咆哮すると同時に強い衝撃が飛んできて僕たちは四方に弾き飛ばされた。
「っぐ…!???」
魔力を直接ぶつけてきたのか?
ぐるるると呻きながら魔物がゆっくり近づいて行くのは雷魔法を当てたアトリアの方だ。非常にまずい。
立ち上がることもままならないまま、何かないかと思考を巡らせた結果収納スキルで剣をしまっていた事に気づいた。
「アトリアから離れろ!!!!!」
取り出した剣に風の魔力を乗せた。勢いよく僕の元を飛び出した剣は魔物の方に飛んで行き、魔物の脇腹に突き刺さった。
が、それは魔物の意識をこっちに向けさせただけだった。刺さった剣もそのままに魔物がこちらに飛びかかってきた。
まずい!そうだ!光魔法……!でも、これ、間に合わない…、そう思って、思わず目を閉じてしまった。
その時、
「これはいけませんね」
ズゥンッ…!という派手な音がしたかと思ったら、妙に凛と響く低い声が聞こえた。目を開くと見慣れた黒髪と執事服の後ろ姿が見える。
えっ、あれ?
さっきまで鼻息を荒げながら殺気をこちらに向けて飛びかかろうとしていた狼の魔物は地に伏していた。執事服の人物が魔物の頭を踏んづけて、地面にめり込ませていたのだ。
魔物はグゥぅゥワと呻き声を上げながら抵抗しようと片腕を振りかざしたが、呆気なく斬り落とされてしまった。悲鳴を上げる魔物の腕を切り落とした剣は僕が腹部に突き刺したモノだった。いつの間に。剣はそのまま振り上げられて、魔物の首に突き刺された。
執事服の人物は乱暴に突き刺した剣を足でまるでトンカチで釘を打つように勢いよくダンと踏んづける。魔物に深く刺された剣は魔物を地面に縫いとめた。
この残酷さ、正確さ、圧倒的な力、間違いなくユピテルだった。
「さて、ウチの可愛い坊ちゃんを襲った代償は払って貰いますよ」
ユピテルが呟くと1秒も立たないうちに魔物が真っ青な炎に包まれた。
特殊な炎なのか、ユピテルの魔法の使い方なのか、全く草木を燃やす事などなく、魔物だけ燃えて霧になって消えた。後に残ったのは2つの石と、魔物の断末魔の残響だった。
落ちた二つの石は大きなものは魔物の核で間違いはないが、小さなものは青い宝石のように見えた。
ユピテルは小さな方を拾い上げるとこちらを振り返った。
「リギル様、大丈夫ですか?」
「へっ?あ、う、うん…」
あまりの光景を見てしまったので、ユピテルに声をかけられてビクリとしてしまった。
「いやしかしさすが私の坊ちゃんです。あれだけの魔力をぶつけられて気を失わないとは」
ユピテルがくすりと笑いながら僕に手を差し伸べた。身体が痛いので今回ばかりは素直に手を借りて立ち上がる。
周りを見るとさっきは必死で気づかなかったけどみんな気を失っている様子だった。
強くなったつもりでも、この体たらくじゃ情け無い。
「てか、そのウチの可愛い坊ちゃんとか私の坊ちゃんとかやめてくれる?」
「おや失礼」
からかっているんだろう。こんな時もからかいを忘れないとかある種のプロだ。
とりあえず制服についた土埃を払う。みんな無事なんだろうか。
不安になっているとユピテルが大丈夫ですよ、と声をかけてきた。
「皆さま大したお怪我はないでしょう。魔力に充てられて気絶しているようです」
「…、良かった」
ユピテルがそう言うなら間違いはないのだろう。でも、どうしたものか。
というかそもそもなんでこの男はここに居るのか。助かったけど。
ユピテルをじとっと見るとユピテルはぶはっと笑った。何がおかしい。
「リギル様めっちゃ顔に出てますよ。ふふ。今日野外授業だと言っていたのはリギル様でしょう?最近魔物の動きがおかしいので、こっそりついてきたんです。リギル様には魔物に殺されるなんてつまらない死に方して欲しくないですし」
ユピテルはそう言いながらさっき拾ったモノを僕に握らせた。
というか、魔物の動きがおかしいならそう言っておいて欲しいしもっと早く助けて欲しかった。でもまあ、ユピテルはそういうヤツだから仕方ない。
助けてくれただけまじで驚きだ。
「リギル様、この石は魔石です」
「…魔石?」
手の上でキラキラ輝くそれは不恰好な形だがやはり明らかに宝石のようで、青い光を放っていた。
「魔力で出来た石ですよ」
確かに魔力を感じるのか宝石からは冷気が溢れている。
「魔物を使役する際には魔物を拘束した後、自らの魔力を固めて作った魔石を飲ませます。魔石は魔物の中から魔力を放って魔物を支配します。まあ上位の存在になればもっと上手に従属させられるのですが…。この魔石はそんなに良品ではありませんね、行動制限が手一杯かと」
「誰かの使役獣だったってこと…?」
「ご名答です」
ユピテルの言いたいことはつまり、誰かが魔物をわざわざこの場所に移動させたってことだ。しかも野外授業のあるこの日に。悪意があるとしか思えない。
誰を襲うとか細かい指定はできなくて片っ端から色々襲っていたのかもしれない。
「しかし魔物の使役、の前に、魔力の石化というのはそうそう出来ることではありません。熟練の…そうですね、魔力暴走がしないくらい魔力の安定した“精霊に愛されし者”…、もしくは…」
「…、魔族……」
僕がそう呟くと、ユピテルは何やら満足げに微笑んだ。どうやら欲しかった答えのようだ。
僕は魔石をギュッと握った。
握ると余計に冷気がして、まるで溶けない氷のように、とても冷たかった。