42・昼食を共に
「あの、リギル様、ランチは二人でしたいですわ」
そう切り出されて少し驚いた。
今日はシャウラはリギルに話があるみたいだよとアトリアが言うので昼食の時間になるとシャウラの教室まで迎えに行ったんだけど…。
「僕は構わないけど…」
「ミラ嬢は私たちと食べよう?」
アトリアがシャウラと一緒にいたミラににこりと笑いかけた。
「へ、は、はい…」
ミラがふいっと視線を外した。…、あれ?ちょっと照れてる?
そういえばリオや僕と会話するときは全然普通なのにアトリアと話す時はどもったり、視線を外すことが多い。
なるほど、(エリス家の)顔が好みなのか。
「まあといっても食堂までは一緒だけどね」
アトリアがくすりと笑う。
「なら僕たちはテラスに出て食べようか」
「テラス?」
シャウラが首を傾げる。
そういえば新入生ならよく知らないかもな。
食堂と併設されて結構広いテラス席がある。
生垣で囲まれていて外からは見えないけど、生垣も綺麗だし花壇もあるから景色が良いんだよな。
一回行ってみたかった。
「ふふ、行ってみれば分かるよ」
僕がそう言って微笑むとシャウラは黙って頷いた。
「わ、綺麗ですわね」
「一応人気なんだよねえ」
とはいえこの学校の貴族ってみんなのんびりしているので食堂にすぐに来る僕たちなら余裕で座れる。
まあ結局人気の場所って上級貴族が優先みたいな風潮があるから上級貴族なら焦る必要ないし(譲って貰えるから)下級の貴族は結局譲ってしまうならと来なかったりする。
だからまあ人気でも割と空いている。
「花壇の近くに行こうか。あそこの花綺麗だよ」
「まあ、本当ですわ」
花壇には色とりどりの花が咲いている。
季節によって植え替えしていて、食堂のスタッフが管理していると聞いた。
僕たちは花壇近くのテラス席に座る。
ちなみに食堂の料理だけれど注文の仕方はレストランのそれと同じだ。
専門のスタッフがいて、そのスタッフに注文して食事を運んでもらう。
生徒も多いのでまあ軽くお店みたいなものだ。
僕らは料理を注文するとふうと一息ついた。
「このお花はマリーゴールドですわね」
「マリーゴールド…」
前世でも聞いたことのある名前だ。
というか花には詳しくないし桜以外は見ても綺麗だなーと思うくらいしか無かったけれど、よくよく考えると桜もそうだし名前はそう変わらないみたいだ。
前世と同じ植物にプラス薬草に関しては見覚えのないものって感じ。
ここにあるマリーゴールドは黄色に近いオレンジ色をしている。
「シャウラの瞳みたいで綺麗だね」
「きっ……う、花、花が綺麗なのには同意致しますがっ…!」
微笑みかけると視線を逸らされてしまった。
シャウラはシャウラなりに歩み寄ろうとしてくれているみたいなんだけどまだ褒められるのに耐性がないらしい。
両親が両親だし、婚約者候補だった王太子もアレだし…。
うん、ここはもっと僕が褒めて自己肯定感を高めてあげるべきだよな。
「シャウラの方が綺麗だよ」
「ひいっ!?ほ、褒め殺しはやめてくださいまし…!」
褒め殺し。
いきなりやり過ぎたか…ちょっと反省する。
シャウラは顔を真っ赤にして頬に両手を当てている。
照れた時はそれがクセみたいだ。
なんだかんだしていると料理が届いた。
シャウラは少し不機嫌そうにしながらも料理に手をつける。
シャウラのテーブルマナーは王太子妃教育を受けていたこともあって完璧だ。
もちろん普段の所作からして優雅で美しい。
婚約に王族が介入していたらシャウラを王族は手放そうとしなかっただろう。
シャウラに今度ヴェラのマナーの先生でもして貰おうかなと思いながらシャウラを見つめた。
「?…あの、リギル様?」
僕の視線に気づいたシャウラが手を止める。
「(所作が)綺麗だなぁと思ってね」
正直にそう言ってみるとシャウラがゴホゴホと咽せた。
水を飲んで事なきを得る。
「もうっ、今日はその、綺麗は禁止ですわっ!」
禁止されちゃった。
シャウラがぷくと頬を膨らませているのが可愛らしくて、少し笑いが溢れた。
そんな僕をシャウラがじとっと睨む。
「り、リギル様だって、き、き……、き、今日も楽しそうですわね」
「うん?」
聞き返すとシャウラがふうとため息をついた。
僕そんなにいつも楽しそうに見えるかな?
シャウラを揶揄って楽しむなんてアトリアみたいだ。
シャウラの反応がいちいち可愛いので気持ちがわかってきてしまってるけど気をつけよう。
婚約者だからなるべく仲良くしていたいし。
僕らが食べてる間にだいぶ人が増えてきた。
僕とシャウラを見てひそひそと内緒話をする生徒も散見される。
婚約の話はあっという間に噂になっているはずだから本当だったの?とかそんなとこだろう。
シャウラの頼みで二人で食事することになったけど外堀を埋めるには丁度良かったみたいだ。
たまにはこうして二人で食事しよう。
「それにしても花に詳しいんだね」
「そ、そこまででもないですわ。小さなころお花屋さんになりたかったんですの…」
「お花屋さん」
きっと王太子に出会うよりも前の話だろう。
公爵令嬢がお花屋さんなんて可愛いらしい夢だ。
「子供ってそういうものでしょう?」
「うーん、確かに僕も戦隊ヒー……、じゃなくて、騎士になりたかったからなぁ」
戦隊ヒーローをこっちの世界風にすると騎士が1番近い気がして言い直す。
正義の味方みたいなのに憧れていた。
そう考えるとお花屋さんのほうが現実的だ。
「まあ、騎士ですの。騎士の方は確かにかっこいいですものね」
「う、うん、まあね…」
シャウラの言うかっこいい騎士ってどんななんだろう…。
「一応自衛の為に剣術は習っているんだけど」
「まあ、リギル様が剣術を…?訓練しているところ見てみたいですわ」
「?見に来るだけなら構わないよ。1日訓練の日とかで良ければ…。最近はユピテルとユレイナス家の訓練場の一角を借りてやっているんだ。ユレイナス家に仕える騎士専用に父が作った場所でね、家から近いよ」
「嬉しいですわ。…、あ、わ、私お弁当お持ちしますわ」
「本当?嬉しいな。そんな面白いものではないと思うけど…」
「そんなことありませんわっ」
御令嬢が剣術に興味を持つなんて思わなかった。
でもシャウラの目はキラキラしている。
最近は義務的にやっていた訓練だけれど、次の訓練は少し楽しみになってきた。