39・女の子に求婚とか前世でもしたことない
エリス公爵家はユレイナス家とは違い王族の血は一切流れていない。
過去に功績が評価されて公爵家になり、それからずっと公爵家として威厳を保っていて、歴史としてはユレイナス公爵家よりは古い歴史を持っている。
今日はまずエリス公爵家に婚約の申し出をする前にシャウラの気持ちを確認する為、シャウラのスケジュールも押さえた上でアトリアに会いに来るという名目でエリス公爵家に来た。
もちろん護衛なのでユピテルも一緒だ。
ちなみにエリス公爵も公爵夫人もいない日を狙った。
馬車から降りるとエリス公爵家の使用人が門前で迎えてくれる。
「ユレイナス公子様、ようこそいらっしゃいました」
年配の執事っぽい使用人はヴェラと来たときも迎えてくれた人だ。
ユピテルが持ってきた土産を彼に渡す。
土産のお菓子はその屋敷の使用人が毒味してから出すためこうして渡す決まりになっている。
「ご案内致します」
「ああ、ありがとう」
ちなみに執事というのはこの世界においては特殊な場合を除いては下級貴族の子息だ。
高位の貴族の世話、補佐、屋敷の使用人の管理、どれにおいても教養がないとできないことだから。
元いた世界の歴史においてもそうだったとは思うけど、歴史には詳しくないのでそのへん分からない。
ちなみにユピテルのように(まあちょっと例外だけど)執事としての仕事を生業にする貴族や騎士の家系もある。
だから僕の前を歩く執事をみて流石に歩く姿も品があるなあと思った。
そのままアトリアの部屋まで案内された。
「アトリア様、ユレイナス公子様がお越しです」
執事が扉をノックする。
「ああ、通してくれ」
中に入るとアトリアとシャウラがお茶をしていた。
「リギル様、いらっしゃいませ」
シャウラがお茶を置いて立ち上がると挨拶をしてくれた。
「ありがとう、座ってくれて大丈夫だよ」
「リギルの席はココだよ」
アトリアはアトリアの隣でシャウラの向かいの椅子を指差した。
お茶をするだけなので机はお茶やお茶菓子の乗りきる程度で割と近い。
少し緊張してきた僕に対してアトリアはやたらにこにこしてて上機嫌な様子だ。
イレギュラーな事態とはいえ、思い通りになるのが嬉しいんだろう。
ユピテルに椅子を引かれて座る。
そこに丁度僕の手土産のお菓子をメイドが持ってきた。
「ありがとう。もう下がって。給仕はリギルの執事のユピテルがするから」
そう言ってアトリアは自分の家の執事たちとメイドたちを下がらせた。
エリス公爵家の使用人の主人はあくまでエリス公爵でまだエリス公爵家に話を通してない以上これからする話は聞かれる訳にはいかないので人払をしたのだ。
「少々お待ちを」
使用人たちが出て行くとユピテルが壁に手を当てた。
一瞬だけキィンと音がする。これは風魔法を応用した防音魔法だ。
風魔法というのは空気を操る魔法なので空気の流れを操ることで音漏れを防ぐ。
完璧なのはこの世界にはないけどしないよりマシってやつだ。
「これで大丈夫です」
ユピテルはそう言うとダメ押しで唯一の出入り口の前に立った。
誰かが開けたらすぐに対応できる。
「あの……?」
シャウラが首を傾げた。
この場にいる人間でこれからする話を知らないのは彼女だけだから当たり前だろう。
「今日はシャウラちゃんに大切な話があって来た」
「私に?」
とりあえず問題は切り出し方だ。
急に婚約者に…と話すと誤解されかねないから前置きでアンカと王太子の話をする必要があるけど…。
アトリアを僕がちらりと見ると彼はにっこりと笑った。
多分、側室にされるかもしれない話はしてあるということだろう。
「アトリアから…、聖女と王太子…、正妻に側室の噂は聞いたかな」
僕が尋ねるとシャウラはスッと視線を下に落とした。
「…、リギル様もご存知でしたのね」
「アトリアから聞いたよ」
シャウラがキッとアトリアを睨んだ。
シャウラは真面目で責任感が強いからリギルに話したとなれば関係ないのに巻き込んだって怒るだろうとアトリアが言っていたけどその通りみたいだ。
「ごめん、アトリアをあまり怒らないで。噂になりかけてる話だからどのみち知っていたと思うし」
アトリアはどうやったのか情報を先に手に入れていたけど本当に噂が回るのは時間の問題だ。
それまでにとりあえず最初の一手を打つ。
「リギル様は兄様に甘すぎますわ」
「そうでもないよ?」
いや、そうなのかな、よく分からない。
昔…、転生前から友人や家族は大切にしてきた。
両親を亡くした経験から、仲良くしてくれる相手が消えてしまわないよう必死だったともいえる。
「あの、私、リギル様を巻き込むつもりは…」
「いや、それなんだけど、巻き込んで欲しいんだ」
シャウラからへっ?という可愛らしい声が出る。
「アンカ・オルクスについては僕自身も困っているし、僕個人としてもシャウラちゃんには幸せになって欲しいからこのまま見過ごす訳にはいかない」
シャウラは責任感が強い。なんでも1人で抱え込む悪癖がある。
だからアンカに困っていると言うことでシャウラにまずアンカに僕もアプローチされてるという認識を植え付ける。
「シャウラちゃん、いや、シャウラ・エリス嬢。僕の婚約者になってくれませんか」
「ふぇっ…!?り、り、リギルさま…!?何を…!?」
シャウラがあわあわして両手をぶんぶんする。
耳も真っ赤でなんかかわいいなと思ってくすりと笑ってしまった。
「っ…ハッ…!!ぎ、偽造婚約ですの…?」
アンカに困っているという言葉を思い出したのか、シャウラは頬に両手を当てて僕を見上げた。
流石に聡明なため理解が早い。
「まあ、お互いwin-winではあると思うんだ」
「うぃん…?」
「あ、いや、僕にも君にも好都合ってこと。君は側室候補から外れるし、僕もアンカ嬢や他の令嬢を上手くあしらえる。シャウラちゃんに好きな人ができたら婚約解消してもいいし」
「好きな、人……」
シャウラがじっと僕の瞳を見つめる。なんだ?
しばらく見ると急にそっぽを向いてしまった。
「ふん、もしその様な方が一生現れなかったらどうするんですの?」
「その時は一生君を大事にする。シャウラちゃんみたいな素敵な子ならいずれ好きになるだろうし」
「…ぴえっ………」
シャウラが産まれたてのひよこのような悲鳴を上げた。
顔を隠して固まってしまった。やっぱり嫌だったんだろうか。
「っ、リギル様がそこまで仰るのなら、謹んでお受け致しますわ」
「本当?良かった」
すっかり嫌ですと言われる覚悟をしていたので安堵して笑みが溢れた。
シャウラは顔を隠したままだけど。
「じゃあ婚約の申し込みをエリス公爵家に送るよ。それから指輪と贈り物も用意しておく」
「へえっ…、は、はい…」
じゅ、準備が早いんですのね…とシャウラが呟きながら今度は口に手を当てて俯いた。
手配が早いほうが色々好都合だからなあ。
「それから、シャウラって呼んでもいいかな?僕もリギル、でいいよ」
「わ、私のお名前は結構ですけど、ま、まだ、リギル様で勘弁してくださいましっ……」
シャウラの顔が遂に完全に真っ赤になった。
こういうのは全く慣れてないんだろうと思うと本当に可愛い。
「分かった。待ってるね」
にっこりと笑いかけると、シャウラはぅぅうと呻いて頬に手を当てた。
蒸気でも出そうな勢いだ。
アトリアをちらっと見るとぱちっと目が合って二人でクスッと笑ってしまった。