32・ガチ勢
「おはようございます、ユレイナス公子様」
学園の門から敷地内に入ったところで、話しかけてきたのは昨日のミラだった。
「おはよう、サダルスウド嬢。リギルでいいよ」
「はい、リギル様。私もミラで大丈夫です」
「じゃあ、ミラ嬢」
そう言うとミラははいと返事をしてニッコリ笑った。
僕はミラの歩く速度に合わせて少し歩幅を狭くする。
「昨日はありがとうございました。今日は私がシャウラ様を誘って一緒に向います」
「アトリアも迎えに行くの大変そうだから助かるよ。まあ女の子だけで食事してもいいけどね、気まずくないかな?」
「いえいえ!全然…!というかまだシャウラ様と二人きりでは緊張してしまって」
本当にシャウラが好きなんだなあ。
ん?というか主人公のサポート役がどうしてシャウラを慕うようになったんだろう…?
僕がシャウラに関わった事でシャウラがミラに関わる変化でもあったのかなあ。
「憧れの人と一緒にいると緊張するよね」
「そうなんです!特にシャウラ様は紫がかった黒髪が黒曜石のように美しく…、ええ、普段は黒い髪が光の加減で紫色に煌めくんです…!瞳の色も琥珀色ですがよく見ると下からピンク色のグラデーションになっていてお可愛らしく…、その瞳で見つめられるとドキドキしてしまって…!肌も陶器のように白く美しく……ああ、美の女神の化身っていたんだなって…!!」
なんか僕と同じ匂いがする。
しかしよくシャウラのことをみているなあ。
瞳がピンクだったって話は聞いたけどよく見るとグラデーションなんて知らなかった。
「ただ美しいだけでなく立ち振る舞いにも気品と知性が溢れていて……」
これ僕スイッチ押しちゃった系?
長くなるかなあと思ったところで後ろからまた声をかけられた。
「ミラ、リギル様、おはようございます。なんのお話ですか…?」
その声に立ち止まって後ろを向いた。
美の女神の化身その人だ。
「シャウラちゃんの話だよ」
「ええ…?わ、私ですか…?」
驚いて慌てるシャウラ…ってあれ、ちょっと今日は雰囲気が違うような…?
そう思って一瞬だけ考えて気付いた。
「あ、その髪飾り」
「へぁ!?」
シャウラがバッと髪飾りを手で覆って隠す。
あれ、なんかまずかった?
「えっと…?」
「あ、も、申し訳ございません…、その、はい、リギル様にお誕生日に頂いたものですわ…。気に入ってるので付けてきたのですが、似合わないでしょうか…」
シャウラが手を外したのでじっと見つめる。
思ったとおりに僕のあげた蝶の髪飾りはシャウラの髪によく似合っていた。
「うん。大丈夫、似合ってる。妖精さんみたいだよ」
「ヒェ………」
シャウラが小さな悲鳴を上げて俯く。
シャウラ相手だとヴェラにやることのくせがポロッと出てしまうんだけど、気持ち悪がられたかな。
「あ、ありがとう、ございます…」
でもすぐに顔を上げてくれた。
少しだけ顔が赤いような気がする。
キザなセリフにシャウラのほうが恥ずかしくなってしまったんだろうか。
隣のミラも口に手を当てて少し赤くなってる。
自重せねば。
悪い事をしたなあ、とシャウラを見てふと気付いた。
本当に瞳の下の方がうっすらピンク色でグラデーションになってる。
「…、綺麗だね」
「へ、あ、あの…?」
思わず飛び出した言葉にシャウラは戸惑う。
「あ、ごめん。ミラ嬢がね、シャウラちゃんの瞳はピンクと琥珀色のグラデーションで綺麗だって言っていたんだ。その通りだなって」
「…っ、わ、わたくし……、私、急がなければいけないんでしたわ!!!」
「えっ」
ぴゅーんと光の速さでシャウラは去って行ってしまった。
あっ、やっちゃったわ。
ミラがちらりと僕を見た。
「リギル様って…、なんか……変わっていますね?」
「ええ?」
君に言われたくない。
「シャウラ様は恥ずかしがりやですからあんなに褒めたらびっくりさせてしまいます」
「びっくりさせちゃったのかな」
確かにシャウラのことだからアトリア以外にはあまり褒められ慣れてなさそうだ。
「まあ、でも大丈夫ですよ。リギル様ってなんか…思ってた感じと違いました…もっと…」
「もっと?」
「あ、いえ、何でもないです。私も先に行きますね」
誤魔化すようにそそくさとミラはシャウラの後を追うように行ってしまった。
女子ズに嫌われてしまっただろうか。
というか、思ってた感じと違うってまたなんか噂でも流れていたかなあ。
正直僕の評判ってのはあちらこちらで違う。
優秀な人間として見てくれる人もいれば、公爵家なのに加護のない劣等生として見る人もいる。
Sクラスに入った事で多少払拭できたとはいえ、不正を疑う人だって後を絶たない。
いちいち気にしていたらキリがないくらい。
でも身近な人間にどう思われてるかくらいは知っておきたいような。
「おはようリギル」
教室に入ると真っ先に出迎えてくれたのはアトリアだった。
リオはまだ来ていない。
「おはようアトリア。さっきシャウラちゃんに会ったんだけど逃げられちゃった」
「おや、何かしたのかい?シャウラを傷つけたなら起訴するけど」
「そ、そんな大事件じゃないよ。髪飾りをしてくれていたから褒めただけ」
アトリアなら本気で訴えてきそうで怖い。
「髪飾り……、ああ、君が誕生日にくれた…。シャウラは気に入って飾っていたんだけれど、付けたんだね。今朝ずっと悩んでたから先に出てきてしまったけど髪飾りで悩んでたんだ…?」
アトリアがふむ、と顎に手を当てた。
イケメンだからそんな姿も様になっている。
というか、だからアトリアが教室にいるのに僕より後から来たのか。
「飾ってたの?」
「細工が細かくて綺麗だって。蝶々も可愛いから、自分に似合うかしらって言ってたよ」
「ふうん、すごく似合ってたよ」
まあ似合うと思って選んだんだけどね!ドヤ!
「それと、ミラ嬢がシャウラちゃんの瞳はピンクと琥珀色のグラデーションで綺麗って言うから見たら確かにそうで綺麗だったからそう伝えたんだ」
「グラデーション…?気づかなかったよ」
「確かに琥珀色が強いから分かりにくいよね。見ようと思わないと気付かないかも」
「今度じっくり見てみようかな」
お兄ちゃんとはいえアトリアみたいな美形にじっと見つめられたらシャウラは恥ずかしがりそう。
「サダルスウド嬢はシャウラをよく見ているね。私でも気づかなかったし、シャウラ本人も初めて知ったんじゃないかなぁ。」
「そうかもねえ」
ああいうのをガチ勢って言うのかなあ。
シャウラガチ勢…。
僕はヴェラガチ勢だけれどね、ふふふ。