31・ヴェラと将来のはなし
「あ、主人公の友人のモブ令嬢だ」
家に帰ってすぐ布団に寝転がったとき、ふと思い出した。
軽い見た目の描写と名前しか出てなかったモブの令嬢。
主人公のサポート役だった気がする。
でも加護持ちでSクラスだったような…?
あの子は加護がないからAクラスだって言っていたけど…。
「んー???」
なんだろうこの微妙な誤差……。
全くゲームと同じってわけじゃないのかなあ…。
そもそも僕や聖女が転生者って時点で色々変わってくるし、僕が動いたから変わったこともたくさんある。
あまり気にするようなことではないのかも。
「お兄様〜」
コンコンとドアがノックされた。
この可愛い声は完全にヴェラだ。
僕はドアの方を見て、上体を起こした。
「ふふ、どうぞ」
もう声だけでめっちゃ癒されるんだけど。
「お兄様」
ドアを開けると、ぱあっと嬉しそうに笑顔を見せた。
めっちゃかわいい。
「今日は学校どうでした?」
ヴェラはぽふっとベッドに座る。
「どうしたの?」
「聖女様が入学したって聞いて…ええと、それにユピテルがええと、シャウラ様っていうお兄様の婚約者候補の方が入るって聞いたの。学園は婚約者を探す場でもあるからどうするんでしょうねえって言ってたわ」
ユピテル〜〜〜〜〜!!!!!
ヴェラと話すのは最近許したけどそれはともかく余計なこと吹き込まないで欲しい。
「お兄様は聖女様とシャウラ様どっちが好きなの?シャウラ様ってどんな方!?」
「んんっ…!?」
何故兄の恋愛事情にこうも興味津々なんだ…?と思った次の瞬間、ヴェラが最近恋愛小説にハマっている事を思い出した。
なるほど。
「ええと、シャウラちゃんはアトリアの妹…、アトリアには会ったことあるよね?」
「お兄様のお友達」
ヴェラがこくりと頷く。
アトリアも何回かウチに遊びに来ているけどそのうち一回でヴェラと顔を合わせたことがある。
僕の入学式でも一度話してるし、シャウラと会ったこともあるけど会ったより見たって感じでだいぶ前だし、ヴェラはよく覚えてないのであれはノーカンだ。
「うん、そう。そのアトリアの妹で公爵令嬢だよ。光と同じくらい珍しい闇の精霊の加護を受けていて、真面目で優しい子だよ。そのうちヴェラにも会わせてあげる」
シャウラの方にも紹介するって約束したし。
「わあ、闇の精霊…!カッコいいわ…!」
「ふふ、カッコいいかあ…」
そもそもウチには闇がどうとか聞いたからって悪口言うような人はいないし、故に悪いイメージも元々ないのは当たり前なんだけど、やっぱりヴェラはいい子だ。
「そのシャウラ様が好きなの?」
「え、そ、それはどうかなあ。まだ恋愛とか分からないから…、今は僕、ヴェラが1番だよ」
「ヴェラがいちばん…」
少しきょとんとしてからすぐにヴェラの顔はぱあっと輝いた。
この笑顔のために僕は生きている。
「ヴェラもお兄様がいちばん!!」
「ヴェラ…!!」
天使すぎる〜〜!!!!!!
「で、でも、ヴェラはその気になる子とかはいない?」
「うーん…、私もまだよく分からない…。小説読んでるのはどきどきするけど、まだスキってよく分からないもの。でもお兄様みたいな人がいいなあ」
ちょっと恥ずかしそうにはにかむヴェラは天使超えて可愛いという概念そのものと化していた。
可愛いという言葉はヴェラの為にあってヴェラが可愛いそのものなのだ。
「じゃあ僕と結婚するー?」
「もう、お兄様ったらまだ知らないの?兄妹は結婚出来ないのよ?」
「ウッ……」
昔ならするー!と即答してくれたのだけど、さすがにもうそうはいかないらしい。
大人に近づいたなあ、お兄ちゃん寂しい。
「ふふ、でもヴェラはお婿さんとってお兄様の側にずっといてあげる」
「マッジで?????」
「まじ?」
あ、やばい。
コホンと咳払いをして言い直す。
「本当に?そうだったら嬉しいなあ」
「うん、りょーちけーえーは大変だから、ヴェラのお兄様そっくりな旦那様と一緒にお兄様のお仕事のお手伝いたくさんするのよ」
領地経営がまだ大変な仕事ということしか分かってないヴェラだけど、そこまで考えてくれていたなんて感動で泣きそう。
「…、ヴェラがいてくれるなら、僕頑張るよ」
「ヴェラもお兄様に負けないくらい頑張る!」
僕の妹、天使。
前世の妹の生まれ変わりだから多少性格に影響があったかもしれないとはいえ、こんなかわいいヴェラにひどい仕打ちができたゲームのリギルどれだけ性格が捻じ曲がっていたのか。
両親が多忙なこととか、公爵家の生まれなのに加護がなかったこととか、要領が悪くて勉強が苦手だったこととか、それを差し引いても元々の性格も悪かったのでは??って思ってしまう。
リギルの記憶は残ってあれど、断片的だからやっぱり僕には理解できそうにもない。
そもそも!兄って生き物は妹のために存在するからね!!!マジで!!!(※諸説あります)
「ヴェラもたくさんお勉強頑張ってるの」
「ヴェラは家庭教師をつけたんだっけ」
僕は1から100まで全部ユピテルに教えてもらった。
その方が効率的だったからね。
「うん、みんな優しい先生よ。教えるのも上手なの」
当たり前だ。父様に直談判して僕が教養があって優しく評判の良い女教師を厳選したんだから。
ヴェラに酷い事したら絶対許さん。
「魔法学園に行ったら…魔法の勉強も…」
言いかけてヴェラがちょっとシュンとしたのを察して、僕はヴェラの頭を撫でた。
「きっと行けるから大丈夫だよ」
ニコッと微笑むと微笑み返してくれた。
「ありがとう。…でも、ダメでもヴェラはこの体質がお兄様の役に立つ方法を考えるわ!」
「ええっ!?」
予想外の答えが返ってきた。
ヴェライズめっちゃポジティブである。
「なんでもいいから役に立ちたいの。ヴェラ…、私、お兄様にもらってばっかだから」
「……、そんな事ないよ。僕もヴェラにたくさん色々貰ってるよ」
癒しとか、頑張る気力とか、生きる目標とか。
ヴェラの存在は僕にとって一筋の光だから。
「そうかな?」
「そうだよ」
「もう、お兄様ったらヴェラを甘やかしすぎよ」
ヴェラはふーんとそっぽを向く。
「ええっ…」
僕が少し慌てると、ヴェラはクスッと笑って僕の方に向き直した。
そしてギュッと僕に抱きついた。
「支え合うのが兄妹なの」
「……、え…」
『お兄ちゃん、ひとりで無理ばっかしちゃダメよ。私も働ける歳になったんだから頑張るわ。…支え合うのが兄妹でしょ?』
ふと、前世の妹が言った言葉が蘇った。
「…そうだね、忘れてた」
ヴェラをそっと撫でる。
でもお兄ちゃん、お前を絶対に守りたいんだ。
あの時だって早く気づいていれば庇えたかもしれないのに。
二度と失いたくなんてないから。
あの子はとてもしっかり者だった。
兄が頼りなかったせいだなあと今は後悔してる。
でも、今のヴェラもいくら甘やかしてもわがままになるでもなく、優しくしっかり者に育ってる。
こんないい子に悲惨な運命は辿らせない。
僕はヴェラの為ならなんだってするよ。




