161・ハダルとアンカ(カフside)
「私の鑑定は主観も結構入るんだ」
ハダル様がそう言うと、聖女改めてアンカ様が目をきょときょとさせた。
「主観も入るって?」
お茶を片手に可愛らしく首を傾げて聞く彼女にふっとハダルが笑った。
「私の鑑定は精霊から伝えられた情報と私の知識が入り混じって表示される。加えて精霊から伝えられた情報は私を基準に日本語で出力される。私はそれをこちらの世界の言葉に変換して鑑定結果として書くんだ」
ふんふん、と真面目にアンカ様はハダル様の話を聞いている。
ここに来て初めてハダル様がアンカ様と同じ“転生者”というやつで、前世は女子高生だったという話を聞いたアンカ様は大層喜んでハダル様の暇があればと隙をついてお茶会に誘っている。
ハダル様の方も嫌がらず誘いを受けてくれている。
一緒に来たレグルス様は必ずお茶会に混じってはその様子にやきもきしたり、不機嫌な様子を見せることもあるが、アンカ様は完全にハダル様を女友達のように扱っていると思う。
今も黙ってお茶を飲みながら、冷静ぶってるが、そもそもリギル様への様子とは違うし、そんな心配の必要もなさそうだが。
「前世で乙女ゲームを知っているから、君を鑑定したら職業が聖女と出るし、前にエリス家の令嬢を鑑定した時も悪役令嬢と出た」
「まあ、ぶっちゃけ聖女はともかく悪役令嬢が職業かと言われたら微妙よね」
アンカ様の言葉にハダル様は苦笑いしつつ同意をした。
「普段なら公爵令嬢と出るところだな」
ハダル様は前世が女性という割には慣れたのか男性らしい振る舞いで、かつ、女性のような物腰の柔らかさを持っている。
婚約者などはいないらしいが、どちらが恋愛対象なのだろうと余計なことを考えた。
どちらにせよ、アンカ様のことは妹のように思っているようだ。
来て間もないころ、リギル様からアンカ様が転生者だと聞いていたハダル様が彼女に転生者だと明かしたとき、アンカ様も境遇を明かした。
アンカ様の話を聞いて、そうか、中学生か、などとぽつりと言った後、悪行を聞いていたはずなのに辛かったねと優しく彼女を撫でて、アンカ様は目がパンパンになるまで泣いた。
それからまるで妹に対するように優しく接してくれている。だからアンカ様も兄のような姉のような、そんな友人として接しているのだ。
「しかし、私はユレイナス兄妹箱推しだからリギルの頼み事ならと君を引き受けたけど、前世の話が出来て結構楽しいよ」
楽しいといいつつ、無表情ではあるが、ここしばらく一緒に過ごしてきて表情が非常に乏しいということに気づいた。
些細だが、たしかに楽しいという顔をしている。
「私もよ!お兄ちゃんが出来たみたい!」
アンカ様が笑顔でそう言うとレグルス様がピクッと反応した。
さすがにいまの言葉でアンカ様がハダル様を兄としてしか見てないと気付いたのか、少しニヤけた。
この方もなかなかに拗らせていて面白い。
「でも、前世から箱推しなの?ゲームのリギル・ユレイナスは醜悪な見た目をして、ヒロインであるヴェラを着の身着のまま森に捨てる人なのに」
アンカ様から出た初情報に僕は思わず目を剥いた。
あのリギル様が醜悪な見た目?ヴェラ様を追い出す?あまりにも縁遠い文字の羅列である。
それはリギル様が転生者というやつだから変わったのだろうが、遺伝子レベルで美しいのに醜悪な見た目とは。
「ゲームとやらのリギル様は醜悪なのですか?」
「立ち絵がないから詳しくは分かんないわ。でも、兄のリギルは妹を嫌っていて、両親が死んだら追い出したの。公爵家の権力にあぐらをかいて贅沢三昧していたからすごーく太っていて、白豚公爵って悪名高かったのよ」
「私もリギル様に初めて会った時にイメージと違いすぎて驚いたよ、すぐに転生者だってわかった」
アンカ様の説明に同意するようにハダル様が付け足した。
立ち絵というのはよくわからないが、つまりは文章での説明しかなかったのだろう。
醜悪な見た目…は太った上に性格が悪いのが顔に出てしまったというところだろうか。
人間の顔つきというのは性格や環境に左右されると僕も思う。
「全く想像ができません」
そう言いながら空になったアンカ様のティーカップに新しい紅茶を注いだ。
「まあ、今のリギルを見たらそうよね、カッコいいもの」
何故かアンカ様がふふんと誇らしげにしている。さすがは私が好きになった男だわってところだろうか。
レグルス様がまた険しい顔をしていて面白い。リギル様を褒めたのが気に食わなかったのだろう。
しかし、話に入ってこないあたり、自制はしている。アンカ様の楽しい時間を奪いたくない気持ちがあるのだろう。
「私はヴェラたん…、ごほん、ヴェラ様単推しだったんだ。幸せになって欲しくて同人誌も描いた」
「どーじんし、聞いたことあるわ。二次創作よね」
アンカ様の言葉にハダル様は深く頷く。意味はさっぱりだが、二人の間では伝わるらしい。これが所謂前世の知識なのだろう。
「でも、転生してヴェラ様を救おうと思って奔走しているリギル様を見て兄妹箱推しになった。箱推しは今世からだ」
あとイケメンアルビノだし、兄妹とはてぇてぇものだ…と相変わらず真面目な顔をして訳わからない言葉を言っていている。
ふざけているような言葉だが本人は至って真面目だ。
「いいわね、守ってくれる優しいお兄ちゃん…」
アンカ様が本当に羨ましそうに呟いた。その様子を見てハダル様はしばらく考えた後、
「私は今日から君のお兄ちゃんだ」
とか言い出したので、さすがに辞めてくださいと苦言を呈した。さすがに怖い。真顔だし。
転生者というのはどこか必ずネジが外れているものなのか???
なんとなくだが、この人は歳下の令嬢に弱いのだろうか…。
ヴェラ様が推しというものだというのも、アンカ様に優しく接するのも。
ヴェラ様は大人しく優しい可憐な見た目だが、アンカ様も見た目だけなら大人しく可憐な少女であり、引けを取らないから、こういう女性がタイプというか、弱いのだろうか。前世が女性だから微妙なラインだが。
「あ!そうだ、今度温泉に行きたいのだけど!」
思い出したようにアンカ様が叫んだので話題が逸れた。
「そうか。なら、見た目を誤魔化す魔道具と女性の護衛騎士を貸そう」
それに対してこんな風にすぐに許可を出すどころか魔道具や騎士を貸してくれるあたり、やっぱりハダル様はアンカ様に甘い。
幸いなのはアンカ様がきっちり反省していて以前のように増長して、要求がエスカレートしないことだ。
きっとダメと言われたら素直に引き下がっただろう。
少しは成長したのだな、と親心のようなものを感じてしまった。
ハダル様と話しているときは以前より生き生きして楽しそうだし、とふと彼女が教会に越してきてすぐにアンカ様のお付きになった時の事を思い出した。
最近の暴走や馬鹿っぷりで忘れていたが、最初の頃は帰りたいと毎日のように泣いていた。
額面通り家族の許へだとあの時は思っていたが、今思えば前世に帰りたい、だったのだろう。
どんなに辛かっただろうかは確かに計り知れない。
どうか、ここが安息の地になるように願うばかりだ。
リギル様には早いとこ王太子と決着をつけて貰わないと。
隣国にまで捜索にきたらたまったものではない。