160・こういうのって時給出ないのかな
「聖女は誘拐されたと思っているんだ」
とある休日、呼び出された王宮で、真面目な顔して言ったその王太子の言葉に思わず咽せた。
ナニイッテルンダコイツハ?
という疑問が先行した後、あながち間違いでもないことにある意味ゾッとする。
「誘拐だなんて、教皇様も聖女様は体調を崩されてるだけだと…」
「その教皇が胡散臭いのだろう!そもそも教会自体詐欺師の集団のようなものだ!」
そう叫ぶ王太子に向けて、あっ、ハイと渇いた返事をしつつ、喉のダメージを和らげる為に紅茶を啜った。
教皇様は聖女と近い立場で苦労しているのは伺えるが、教会が詐欺師の集団というのは掠ってはいる。
だって歴代聖女の半分以上が偽物だからね。
「病だと言っておきながら見舞いもさせないなんて。しかも王太子の僕に!アンカが僕に会いたがらない訳がない。彼女は僕を一番に信頼し愛している」
ふん、と自信を持つように言ったその顔に傲慢だった頃のアンカの顔がふっと重なった。
じつは腹違いの兄妹、案外ちょっと似ているみたいだ。
その貴方を一番信頼しているはずの元聖女様は「実は兄妹だったとかマジでない。好きとか以前にもう二度と会いたくないわ」って言ってましたよ〜っと。
「偽物の聖女だの、本物の聖女だの噂を立てている輩がいるだろう。他の女を聖女に盛り立てて利益を貪りたい輩が彼女の悪い噂を流してから、彼女を誘拐したのかもしれない。彼女の代わりに本物の聖女とやらを新しい聖女に立てるつもりでな」
王太子が貧乏揺りをしながら言った言葉は真実ではないものの、微妙に的を射ている。
誘拐ではないが、聖女をすり替えようとしていることに違いはない。妙な洞察力がある。
「…そういえば、王太子殿下は甘いものが好きと伺ったので良かったら」
タイミングを伺ってから、缶入りクッキーを出してみた。
王太子が甘いもの好きというのは乙女ゲームの設定にあった話だ。
乙女ゲームの設定にはどうも実際の本人に脚色されているようなのだが、イザールから確認したとこ、れこれは事実だった。
「ふむ。ラヴディオのクッキーか」
王太子が受け取った紙袋から中身を取り出し、かぱりとクッキーの蓋を開けると後ろに控えていた騎士がクッキーを一つ摘んで食べてから頷いた。
ラヴディオとは国一番のお菓子のブランドだ。
このクッキー缶は中身はヴェラが似せて作ったものに本物と見た目や味が遜色ないように感じる魔法をユピテルかけたものとすり替えてある。
梱包もユピテルが綺麗に元通りにしたので疑われることはまずない。
毒味を確認した王太子は満足げにクッキーを口にした。
「よく僕がラヴディオのクッキーを好きだと知っていたな」
「そこまでは偶然です」
そう言って苦笑いしながらもぐもぐとクッキーを食べる王太子を見守る。
しかし、猫を被っていた王太子はもう少し害のなさそうな柔らかい態度だった筈なんだけれど、今はこう、傲岸不遜というか、とにかく偉そうだ。
「ところで、聖女様が拉致されたかもしれない話と僕に何か関係があるのでしょうか」
僕が持ってきたクッキーをばくばく食べておいて僕を疑っているということはまずないだろう。
「それなんだが、父上がアンカを探す為の騎士団を貸してくれないのだ」
「はあ」
そりゃあ、教会で療養している筈の聖女を実は行方不明かもしれないと言って不明瞭な理由で騎士団を動かすなんてあの愚王でもしないだろう。
まあ、いまの王も愚王は愚王だが、女関係に恐ろしくだらしがないのが最大で唯一の欠点で、やろうと思えばできる、つまり物事を判断する事くらいはできるということだが。
まあ、愚王が女と遊ぶのに忙しくてやろうとしない仕事が宰相や父様に回ってきてはいるけれど。
「ユレイナス公子はユレイナス家の騎士を私兵として一部持ってると聞いた」
確かに、僕が剣を習っていくうちに、父様から騎士団のひとつの指揮官の権利を貰った。つまり、擬似的に団長になった。
1番隊から5番隊(正式な名称がそれぞれあるが、便宜上今は数字で分ける…)まであるうちの人数が1番少ない5番隊のもので、領地への派遣や護衛など他の騎士団との兼ね合いも考えて、僕が団長として指示を出す。
いずれはユレイナス家全ての人間を指揮しなければいけないのだからと後継者訓練の一環だ。
1から4番隊の現団長と交流を深めたり、5番隊の次期団長を抜擢する準備をしたりもしてる。
そうする事で当主になった時に団長たちとしっかり意思疎通ができ、スムーズに事を運べるからだ。
と、それはまあ一旦置いといて、僕はこの次の王太子の言葉が予想できた。
自分が騎士団を動かせない、でも、騎士団を一応持っている人間がいる。だから、
「君の騎士団を聖女の捜索に貸してくれないか」
一語一句、僕が思ったことを言われて思わず頭痛がした。
きらきらとした眼で見つめてくる王太子は断られるなんて微塵も思っていない顔をしている。
そもそもこの人、僕のことをなんだと思っているのだろう?
貴族なんだから、当然王族の家臣?それとも親戚?
「さすがに王太子に貸すなどしては僕も父に怒られてしまいます」
僕が困り顔を作って言うと王太子がちょっとムッとした。
いやでもまじで無茶振りってもんですよ。
「でも秘密裏には動かせると思うので、秘密裏に聖女様の捜索を致しますよ」
そう言うと王太子の顔がぱあっと輝いて、さすがユレイナス公子だ!君ならそう言ってくれると思っていた!と叫ぶ。
いやぁ、まあ探しているふりをするだけですけれどね。
実際には僕は居場所を知ってる訳だし探しても無駄だ。
探してないのがバレて後で詰められてもユピテルの魔法で誤魔化しが効く。
ずっと僕は王太子の為に必死で聖女を探してたって王太子の認識を曲げれば……って、ちょっと邪竜寄り思考になってるぞ、僕。
でも王太子を名乗る顔が良いだけの肉の塊より邪竜の方が話が通じるのだから仕方ない事だと思う。
上機嫌になった王太子はクッキーをさらに口に入れて言った。
1缶なんて妹なら晩御飯が入らなくなるよと窘める所だが、むしろ食うだけ食って欲しい。
ヴェラ特製の浄化魔法たっぷりの浄化クッキーだ。
これでしばらく様子見て効果が出ないならもうアンカの魅了の洗脳云々ではなく王太子の人間性の問題だろう。
ヴェラの浄化魔法が捻じ曲がった性格に効かないのは悔やまれる。
ほぼ自分の思い通りになったと思い込んだ王太子のアリを数えるよりもつまらない話をしばらく気前よく聞いた後、彼は満足したようで僕は解放された。
お金払ってでも聞きたくない話だったな。
とりあえず王太子にクッキーを食べさせるミッションを完遂したので後は様子を見つつ、婚約式に向けて最終準備を進めていくだけになった。