小話 誰かの記憶
「ごめん、ごめんな、ごめん……」
そうしきりに呟く誰かに、抱きしめられていた気がする。
目玉だけ動かして見上げてみると、彼は虚ろな目をしていた。
……、…お兄ちゃん。
そう声に出そうとして、出なかった。
何故か背中が熱かった。いや、痛いのか?よく分からなかった。
指先ほども身体は動かなかった。
なんで、お兄ちゃんが謝るの?
あれ、なんだんだっけ。なんでこうなってるんだっけ。
お兄ちゃんの背後から頭から血を流した男が立ち上がるのが見えた。
「ふざけ、ふざけやがって……」
頭を片手で押さえながら此方を睨みつける男は、ずりずりと足を引き摺りながら近づいてきた。足が折れているらしい。
お兄ちゃんはもう、息をしていなかった。
もうやめて、これ以上やめて。
お兄ちゃんが死んだ事実に打ちのめされながら、死体でもこれ以上兄を傷つけないで欲しいとひたすらに願った。
半狂乱の男は近づいてお兄ちゃんに向かって拾い上げた刃物を振り下ろした。
やめて!!!!!!
そう願って、見たくなくて目を瞑って、意識を失う最後にぱんという銃声を聞いたような気がする。
兄の手は届いていた、そして兄は仇とはいえ人殺しにはなっていなかった
そんな誰かの記憶です




