16・スキルについての話
「母様、ユピテルと僕から、母様と父様にお話があるのです。大切なお話です」
女主人として多忙な母様ではあるが、父様よりは捕まりやすく話しかけやすいのでまずは母様に切り出すことにした。
前はたまたま空いていたから覗いてしまったが、執務室も仕事中は入れない。
束の間の休息に趣味の刺繍をしていた母様であったが、僕の真剣な顔を見て手を止めたようだった。
「どんなお話ですか?」
「大切なことです。でも、母様と父様以外には絶対聞かれたくない話です」
ここで話したら使用人にも聞かれてしまう。
それは絶対に避けたい。
「分かりました。近々父様に言って席を設けましょう」
女主人の顔でビシッと答えた母様はその後すっと立ち上がった。
「だからそんな顔しないでちょうだい。大丈夫よ」
優しい手つきで、母様は僕を撫でた。
そんな顔ってどんな顔をしていたんだろう。
馬車でユピテルに話した日の帰り、ユピテルに僕はそんなにわかりやすいかと聞いたが、ずっと見ているから分かるくらいの軽微な変化ですよと答えてきた。
まあヴェラ様のことになるとその限りではないですが、というのは余計だったけど。
つまり、母様も僕の些細な変化を感じるくらい、見ていてくれてたってことだった。
「母様は貴方の味方だから」
優しく微笑む母様は正に聖母だった。
ガチで拝む。
「ありがとうございます……」
守るべきものだと思ってしまっていた両親に、自分が逆に守られるべき存在だったと気付いたのは僕にとってすごく大きな一歩だった。
どんなことになっても両親は僕たちを裏切らないのだと、見捨てないのだと、信じる。
そして、将来死なせることもしない。
その時も一人で何とかしようとしないで、こうやってちゃんと話してみせよう。
あんなに警戒していたユピテルに僕は感謝する。
気まぐれでも自分の楽しみの為でも、僕にとってユピテルは良いことをしてくれた。
愛を信じられないのは、勿体ないことだった。
「上手く約束を取り付けられましたか?」
部屋に戻るとユピテルが花瓶の水を換えていた。
最近は家の中ではべったりとくっつかず、さりげなく身の回りの世話や片付けをしてくれている。
色々文句つけたりした甲斐はあった。
「うん。まだいつになるかは分からないけど、二ヶ月以内には何とかなりそう」
「それはそれは、良く出来ましたね。イイコイイコ、してあげましょうか?」
「いらない」
ばっさりと断った。
主人をイイコイイコする使用人なんていないし、母様が撫でてくれた余韻がまだ残っていたから。
ユピテルは寂しゅうございます…とわざとらしく泣いたフリをしているので無視した。
「ユピテルのおかげだ、ありがとう」
「ええ、そうでしょう。もっと褒め称えて敬い崇め奉り感謝して良いのですよ」
「調子乗んな」
時々見せる不遜な態度は邪竜だから出来る芸当というか何というか。
でもユピテルのそういうとこは馬鹿にされてる感じはあったけど不快ではなかった。
僕はため息を一つつくと、勉強机の椅子をぐるりと反対側に回すとすとんと座った。
花瓶の水を換え終えたユピテルは今度はベッドメイキングをしていた。
普通の執事みたいな邪竜をただ僕は見つめた。
完璧主義のユピテルがセッティングする部屋はすごく居心地が良いので、やっぱり結構絆されてるなあと思う。
「スキル…って、何があるかどうすればわかる?」
「スキル、ですか?」
ベッドメイキングを終えたユピテルは魔法でお湯を沸かして、紅茶を淹れながら、僕に返事した。
「鑑定スキルで見てもらうのが確実かと」
「ユピテル、持ってる?」
「残念ながら」
ユピテルが首を横に振った。
それから鑑定スキルがどんなものか話してくれる。
物なら何が構築されてる何という物か分かり、人間なら何歳で、何のスキルから魔力値などが分かるらしい。
犯罪的にどうなのかと聞くと、人間に対する鑑定は同意、つまり鑑定される側が良いと言わないと曖昧な情報しか分からないらしい。
それに全部何もかもわかる訳でもなく、鑑定する人によってわかる情報がまちまちだったりする。
「ジョブスキルは役職で決まるスキルです。ですがまあこちらはギルドで与えられるもので道具を使った擬似的なものです。冒険者でもなければ縁がありません」
乙女ゲームのこの世界にも一応、魔族や魔物、冒険者などは存在するのはうっすら知っていた。
「固有スキルはその人だけのスキルです。少ない方は二つ、多い方は五つ持っています」
「そんなに?」
「ええ。そして固有スキルにはかなり珍しいものとして、上位スキルが存在します。神に与えられたような、どんな常識からも外れたものであるため神の権能…、ギフトだと呼ぶ方もいます」
「ぎふと」
ゲーム中にも出たことがない、初めて聞いた言葉だった。
「でも聖女の次に稀です。例えば“絶対治療”、どんな病気も怪我も他人に限り治すもの。“超常回復”、自らの怪我を1分かからず治すもの…。“魔力増強”、他人の魔力を極値まで高めるもの…、“身体超強化”自らの力を極限まで高め、人間では出来ない芸当をするもの……、様々ではありますがどれも人間の常識を外れた異常なもので、神の御技と疑われるのも頷けるようなそういうものです」
治療ができる治療スキル、怪我を治す回復スキル、バフを少しかける魔力強化、身体を強化する身体強化、いずれもそれぞれの上位互換だそう。
そういった上位互換もあれば、何も無いところから物を生み出す錬成などもあるらしい。
魔力があるから使える魔法と違い魔力が根源でないスキルで錬成というのは実に不可思議なのだ。
姿を物理的に消す、瞬間移動する、物を無から生む、魔法も超えたそういうものがギフト。
「ギフトを使えるやつはいるの?」
「現在は確認されておりません」
他の国までは細かく分かりませんがね、とユピテルは付け足した。
収納スキルについて聞いたら一般スキルのようだったので少し安心した。
強大な力とは持っていても困ることもある。
「まあ、ギフトは鑑定が難しいです。持っていても分からないことがほとんどです。しっかりそこまで調べるなら鑑定レベルがかなり高い人に頼むべきです」
まあそうなると隣国とかにしかいないでしょうねとユピテルは軽く言った。
ギフトなんかすごいのを持っているとは思わないが、持ってない確認はしておきたいのでちゃんと自分を知るにはまだ時間がかかりそうでガックリした。
ちなみに邪竜であるユピテルにはステータス見えるのでは??と思ったけどそこは追及しないことにする。
もし、許可なく見れるなら問題だからあえて言及しないのかもと思ったのだ。
それに邪竜に頼りきりってのも良くない。
鑑定スキルを持ってないと言われた以上食い下がることはできない。
「先は長そうだな」
「慌てるより、確実にゆっくりやっていきましょう」
ユピテルの言葉にそれもそうか、と思った。
焦って一人で頑張ってもいいことないのはつい最近教えられたばかりだったから。
ヴェラを守るにはもう少し余裕と柔軟な考え方も必要みたいだ。