158・教会にて(ユピテルside)
リギル様を教会の中に見送った後、私はまだ騒ぎ立てている王太子を一瞥した。
やはりこの国の王族も堕ちたものだと思う。
あの王太子は理解していない。第一王子だとしても第二王子がいる限りいつでも切り捨てられることを。
第二王子も王に相応しいとは言えないが、学園に通わない許しが出るほど良い成績をテストで保っている。
斬新なアイデアや政策を宰相に提案することもあるらしい。
だからこそあの第一王子が未だに切り捨てられてないのが不思議だ。まあ王太子決定に関する権限は愚王にあるのだから、仕方ないといえば仕方ない。
私が王なら息子といえど永蟄居くらいはさせるだろう。暴れて王族の品位を落として邪魔だし。
今まで上手く取り繕っていたくせに、一度ボロが出ると駄目なようだ。
ところで私が何故ここに留まるかと言えば、教会には武力の持ち込みは禁止されている。つまるところ、護衛は中に入れない。
私は執事兼護衛だが、まあそれは置いておいても執事とメイドを伴うことも禁止されている。
どこかの貴族が暗殺者を執事に扮装させ教皇を害そうとしたことがあったからだ。
まあ、どちらにせよ、私自身教皇と顔を合わせてみたいとは思わないが。
リギル様は馬車にいて良いと言っていたので、教会の敷地内の一角に止められた公爵家の馬車に戻るとしよう。
リギル様が小説を貸してくださったので、暇つぶしに読むことにする。
馬車に入ろうと足を掛けたとき、後ろから声がかかった。
「おい、お前」
声で分かる。クソ王太子だ。全く面倒くさい。
心の中で盛大にため息を吐きつつ、不敬だと騒ぎ立てられても面倒なのですぐに振り向いた。
「はい。御用でしょうか」
「リギル公子の使用人だな」
「ええ。ユピテル・アルケブです」
「名前などどうでもいい」
イラッとする。
そもそもこの王太子は以前は優しく誰にでも平等な王に相応しい王太子と言われていたはずだ。
しかし聖女が姿を消してからこの始末。
聖女が王太子をおかしくしたと余計に偽物疑惑に拍車をかけているのだが、本人は知らないらしい。
こちらとしては好都合に他ならないのだが。
しかし王太子は聖騎士が止めていたはずなのだが、何をやっているのかと思えばすでに退散している。
王太子が帰るとでも言ったからだろうか。
「リギル公子に約束を取り付けて欲しい」
は?と反射的に答えてしまうところだった。
危ない。不敬だと騒ぎ立てられたらうっかりこの世にいた痕跡ごと消してしまうかもしれないので気をつけ無ければ。
いや、消してもいいのでは?と思ったところに心の中のリギル様がダメだよ!と突っ込んだ。
「…………、約束とは?」
色々言葉を呑み込んでから返事をする。
「会う約束だ。彼と話がしたい。王城にくるように約束を取り付けて欲しい」
会いたいと言うならお前から来い、と言いそうになりつつ、相手は一応王太子なので笑顔で応対する。
一体どういう風の吹き回しなのか、馬鹿は行動が読めなくて面倒くさい。
「リギル様ご本人に確認が必要ですので、持ち帰らせて頂いても?」
「ああ、色良い返事を待っている」
王太子はふんと鼻を鳴らすと、教会を一瞥して舌打ちをしてから去って行った。
魅了の影響とはいえ今まで築いてきたイメージを壊すのにこうもなりふり構わなくなるものなのだろうか。
そもそもまだ影響が色濃く残るあたり、ギフトというものは末恐ろしいらしい。
少し遠くで王太子が去っていくのにほっとしてから定位置に戻ってくる聖騎士を私は見遣った。
「全く…」
「毎日のように疲れるな…」
と、二人の聖騎士がため息を吐いてるのが聞こえて、あの騒ぎが毎日のように起こっているのだと思うと気の毒に思えた。
教会が独立した権利とはいえ王太子を害したら何があるか分からないが、教皇が教会に入れるなと言うなら教会に入れられない。
彼らも苦労しているだろう。
しかし、王太子の用とはなんなのか。
聖女を他国に逃した件はカフと魔族まで使って徹底的に痕跡を消したのでバレることはない。
可能性があるとすれば、彼が聖女がリギル様を気にしていたのに気づいていて何かあると勘繰ったか、ユレイナスの権力を何かしら利用しようとしているか。
王族と教会はお互いを尊重し不干渉するという決まりがあるが、教会は不干渉ゆえ王族からの寄付は受けないが、貴族の寄付は貰っている為に貴族には弱い。
ユレイナス家も各地の孤児の為に教会に寄付しているので王族繋がりがあり、教会に恩があるユレイナス家が押せばいけると思っても不思議ではない。
何にせよ、上手く断らせなければ、面倒だし、関わるメリットが全くない。
しかし、
「どうせだから受けるよ。魅了を上手く浄化できる機会があるかもしれない。魅了の影響でああなってるなら、気の毒だしね」
つくづく、この方はお人好しで損な性格をしているのだと、事の顛末を聞いた彼の台詞で再確認した。




