155・エリス家訪問のその後
結論から言うと、疲れた。
アトリアも夕方には帰ってきたとはいえ、夕食はまじで重苦しかった。
公爵がやたら話しかけてきたけど夫人はずっと黙っているし…。
公爵はどうやら僕に良く思われたいらしい。
王家は王家で最近ユレイナス家がエリス家と親密になったことで色々警戒しているし、ヴェラを抱きこむのには失敗した。
となると、万が一に僕とシャウラの婚約が破談になれば未婚の姫を僕に推してくるだろう。
そうなるとエリス家には不都合なので、なるべく心象をよくしたいのかも?
まあ、最近の状況を見て王家をエリス公爵が見限っているのは間違いないだろう。
(本当は本物だけど)偽の聖女に騙された王子に引きこもりの王子だしな…。
ユレイナス家とエリス家の結託が強くなれば今までよりも発言を無視できないし、政治に口出しがどんどんできる。
あの人は本当に地位とか名誉、お金とかに対して貪欲だ。父様が苦手なのも頷ける。
エリス公爵が調子に乗らないようにはこれから気をつけないと。
仕方ないとはいえエリス家に権力が集中しているので、おかしなことにはならないようにアトリアにも頑張って貰わなきゃ。
「お疲れですね」
ユピテルが馬車の中で窓辺に寄りかかる僕を見てクスッと笑った。
「まあ、あれは疲れるでしょ……」
ただ公爵と会話したから疲れたわけじゃない。公爵はめっちゃ質問攻めもしてくるし、夫人の出してる重苦しい雰囲気とかも疲れた要因だ。
なんかめちゃくちゃ肩が凝った気がする。
「家族というものは本当に色々な形がありますね」
「…、確かに」
ユレイナス家では父様が忙しいぶん、家族が揃う食事の場は和やかで比較的日常のこととか他愛のない会話が飛び交っている。
だから確かに比べると落差はあるんだよなぁ。
「私は色々な家族を見てきましたが、ユレイナス家が一番好きです」
「えー?本当に〜?」
ちょっと茶化すような口調でそう聞くとユピテルは穏やかに微笑んだ。
わりと本音なのかもしれない。そう思うとなんかちょっとだけ照れてしまった。
「ユピテルがそう思ってくれてるなら、シャウラもうちに来たら楽しく過ごせるかな」
「…きっとそうでしょうね」
ユピテルはそっと、夜空を見上げていた。
☆
「ウッ、なにこれ」
「嘆願書、でしょうか」
僕が顔を顰めると、ユピテルがなんてことはないというように軽くそう答えた。
エリス公爵家に行ってから数日後、僕の元にいくつも手紙が届いた。
内容を見て思わず顔を顰めてしまったのは、あまりにも酷かったからだ。
「どれも似たような内容ですね」
「…、そうだね」
どれもエリス公爵家の使用人…、侍女やその両親から届いた手紙…、というより、ユレイナス家に引き抜いて欲しいという正に“嘆願書”だ。
『私の娘はシャウラお嬢様を実は昔から尊敬し、お慕いしております。周りの目を気にして言い出せなかったのです』
『私は侍女の中でも一番シャウラ公女様を大切に想っていると自負しております。彼女のためにこれからも働きたいと思っています』
『未だ、公爵家に入って日が浅い私ですが、シャウラ公女様への憧れと尊敬があり、これからは専属侍女としてお仕えしたく…』
どれもこれも、そんな感じで自分だけはシャウラを慕っているだの、今までを反省しているだの長々と綴られている。
全部違う人間からの手紙なのに最後には必ず、示し合わせたかのようにユレイナス公爵家で働かせて頂きたい、で締めくくられていた。
チャンスを逃したくないのは分かるがあからさまでまるで心が篭ってなくて吐き気がするくらいだ。
ユレイナス公爵家の使用人の審査基準は結構厳しかったりする。
ユピテルが管理に関わるようになってからは余計だ。
エリス公爵家で働いていることも充分なステータスにはなるのだが、実は使用人の質が悪い原因に給料が公爵家にしては安いというのもある。
行儀見習いもあるが、他にも爵位の低い貴族の娘や次男以降が出稼ぎのために使用人として働く馬車もあるのだから、より良い環境を求めるのは必然で…。
だから、エリス公爵家からユレイナス公爵家にうまく移れるかもしれないチャンスがあるのなら、餌を撒かれた鯉みたいに群がってくるのもまあ予想はしていた。
ちなみに引き抜かれるのは普通侍女なので、この“嘆願書”は女性からのものしかない。
「リギル様がエリス家にお姿を見せたせいもあるやもしれませんね」
頭が痛くなってきた僕の代わりにユピテルが手紙を確認しながらそう言った。
「なんで僕のせいになるのさ」
「それは、リギル様がどんな方か分かって、愛人を狙っているのでは?」
ユピテルの言葉にゾッとした。
侍女だってシャウラと年の近いような侍女ばかりではない……というか、十代の侍女など一握りではないだろうか。
そもそも十代なら学園に通っているからだ。
あの魔法学園は魔法事故を防ぐために魔法を教える場なので、公爵家などの裕福な貴族が学園に寄付し、代わりに貧乏貴族でも補助金が出るように出来ているためほとんど通っている。
だから侍女のたいていは二十代後半から三十代前半で、既婚の侍女だっている。
僕の愛人を狙うってことは、未成年に手を出すつもり…だけではなく、侍女によっては不倫でもあって……、いやいや、思想が怖すぎる。
「最悪だよ。絶対シャルロッテ以外引き抜かない」
げんなりして僕が呟くと、ユピテルは満足げに頷いた。
「もちろんそれが宜しいかと」
うちに既にいる侍女でシャウラの専属を希望している侍女は数人いる。
ユピテルが近辺調査をしたりして、選り抜き採用した精鋭だ。だから引き抜きなんかマジ必要ない。
僕は一枚の便箋に『婚約者のシャウラの侍女については全て既にどうするか決めております。詳細は関係者でないお方にはお話し出来ませんので何卒ご理解の程宜しくお願い致します(要約)』と書くと魔法でコピペしてそれを返信に充てたのだった。
面倒事って次々に増えるんだなぁ、前途多難だ。




