154・エリス邸の環境とシャルロッテ
アトリアが何故シャウラを早く家から出したがっているか、なんとなく分かった気がする。
母親であるエリス公爵夫人のあの態度、父親のエリス公爵がやたら自分の娘を蔑ろにしていたこと。
それから……、
「あれがユレイナス公子様…?」
「あら、婚約者って、お嬢様の虚言じゃなかったのね…」
「どんな手管を使ったのかしら……」
侍女のこの態度である。
僕とシャウラが通るたびにひそひそと内緒話をしているみたいだが正直丸聞こえだ。
以前にアトリアからシャウラが使用人からも軽んじられていることや、わざわざ聞こえるように悪口を言うようなことは聞いていたけれど、僕がいても全く同じなんて。
声の大きさはくせになってるのか知らないが、聞こえていないつもりなんだろうか?
庭までの移動中にこちらをちらちら見てはひそひそ話す侍女たちに呆れながらシャウラをちらっと見ると、苦笑いしていた。
「お客様の前ですわよ」とシャウラが注意すると不満げに小走りで逃げて行ったり。
庭まで出てくると僕らはベンチに座って庭の花を眺めながら会話を楽しむことにした。
ベンチに腰掛けた後、シャウラはちらっと僕を見る。
「リギル、不快な思いをしたでしょう。ごめんなさい」
「シャウラが謝ることじゃないさ」
心からそう思ってそう言ったのにシャウラは困った顔で首を振った。
「いえ、私がいけないのです。軽んじられることに慣れて、彼女たちを放置してきたのですから」
シャウラの言葉に今度は僕が困った顔になりそうだった。
シャウラは責任感が強いと思う。悪いことでは無いんだけど、少し自分を追い詰めてしまっている。
ユレイナス邸に来た際にはシャウラが平穏に幸せに暮らせるようにしてあげたい。
公爵家に使える使用人、特に公爵家の人間の身の回りの世話をするような使用人は階級が下の貴族だったりすることが多い。
行儀見習いだったり、訳あって働きに出てたりする。
とまあ腐っても貴族令嬢なのでプライドが高いというか、そんなんでシャウラに仕えるのが嫌なのだろう。
「嫌がらせとかはされてない?」
「さすがにそれは大丈夫ですわ」
シャウラがクスッと笑う。異世界転生モノで主人公が疎まれる悪役令嬢や不憫系令嬢に転生したとき、率先して嫌がらせをしてきたりするのが、お付きの侍女だったりする。
顔を洗う水をわざと冷たくしたり、ドレスを着せる時コルセットを強く締めたり、髪を梳かすときに引っ張ったり……、なんてのを見たことがあるのでなんだかんだ心配なのだ。
「私の身の回りの世話はシャルロッテですから」
心配だとさっき思ったことをそういう話を聞いたことあって、みたいにシャウラに分かるように簡潔に伝えると、シャウラはそう言った。
シャルロッテという名前は確か前にも聞いたような。
シャウラに料理を教えたり、良くしてくれる老齢のメイドだって。
「シャウラがウチに来る時はその人も引き抜こうか」
シャウラも馴染みのメイドがいたら安心するだろうしね。
老齢のメイドだって言うなら、退職も近いかもしれないけれど、最後までシャウラに仕えてくれるんだったら退職金だってエリス家よりは出すし。
「シャルロッテは…、平民の出なので遠慮するやもしれませんわ」
「え、そうなんだ…?」
シャウラ曰く、シャルロッテは最初は料理などの雑用を担当するようなキッチンメイドだったらしい。
それが離れの掃除担当に異動になった際に、小さなころ離れに隔離されていたシャウラの様子もこまめに見るようにと言われたらしい。
当時はシャウラの世話係もいたがサボっていたのでシャルロッテがシャウラの世話もこなしていた。
ちなみにだが貴族に直接会ったり会話したりせず、キッチンの補佐や掃除、洗濯などの雑用をするメイドはみんな平民の出だ。貴族令嬢は掃除とか洗濯、料理もしないのだ。
話を戻して、それからもシャルロッテはシャウラのことをよく気にしてくれていたから、貴族のメイドたちがシャウラの世話を拒否したのを理由にシャウラの世話係に任命されたとか。アトリアの口添えもあったらしいけれど。
「シャルロッテのおかげで私は無事に育ったようなものですわ。ですからこれからまたずっと、彼女を縛り付けたくなくて…」
シャウラからしたら自分の世話をさせたことはシャルロッテの元々の仕事の範疇外だったし、申し訳ないことだったみたいだ。
シャウラの世話係になったことで彼女が悪口を言われたり、不吉な闇の加護持ちには平民の世話係がお似合いだと嫌味を言われてるのを見たりして、できればもう迷惑はかけまいと思ったらしい。
でも僕が思うに、シャルロッテというメイドは気にして無いどころか、好きでシャウラの側に居たんじゃないだろうか。
シャウラに料理を教えたりなんて、給料に影響しないことだし、シャウラの為を考えてくれているはずだ。
本人に聞かないとどうしようもないのだけれども。
「シャルロッテ本人の意見も聞いて、考えよう?」
だからシャウラにそう言って微笑むと、シャウラも聞いてみます、と嬉しそうに微笑み返してくれた。
僕はシャウラのこの可愛らしい笑顔も紫の混じった黒髪も大好きだ。不吉とか言ったやつは舌が爆発すればいい。
シャルロッテとも機会があればお話ししてみたいけど、難しいだろうか。
シャウラを育ててくれてありがとうって言いたい。
「侍女を何人か引き抜いたりする予定なのですか?」
シャウラにそう聞かれて僕は唸った。普通は婚約者と一緒に婚約者の周りの世話をしていた侍女たちを引く抜くんだけど…、シャウラの世話係をしているのは実質シャルロッテだけだし…。
シャルロッテを引き抜くと言ったからシャウラも聞いてきたんだろう。
「うん、引き抜いてもシャルロッテだけかな…」
ちなみに、こうやって貴族の娘が嫁ぐとき、愛人を狙って引き抜かれるように働きかけてくる侍女は少なくなかったりするらしい。
一夫一妻制なのに愛人は容認されてる雰囲気があるから本当に貴族って怖い。
だからまあ、トラブルを回避するためにも要らないかな。
シャウラも少し心配だったのか、僕の言葉に安心したような様子だった。




