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152・エリス公爵邸へ

「…リギル、無理なさらなくても大丈夫ですのよ?」


「いやぁ、ここまで来たら引き返せないでしょ…」


シャウラが心配そうに僕を見つめた。


今日はエリス公爵家に挨拶に向かっているのである。

午前中にシャウラに意見を聞きながら一緒に手土産を選んでそれからこうして午後になって、一緒に馬車に乗ってエリス公爵家に向かっている。

先触れは一週間前に公爵に手紙を出したので、公爵はもちろん公爵夫人もいるだろう。

アトリアもいればちょっとは気が楽なんだけど、今日はいるのかな。

事前に聞いておけば良かった。一応エリス公爵家に行くって話はしたんだけど。


「僕、社交苦手だからさ…」


リギルになってからリギルのスキルや元の性格に影響されたのか、多少マシになったとはいえ元は陰キャオタクだ。

近所のおばちゃんたちぐらいしか友達なんて居なかったし…、近所のおばちゃんはセールとか安い店とか色々詳しいんだ…。

妹にはお兄ちゃんはマダムキラーなの?とか言われたが決してそうではない。


「そうですか?」


シャウラが不思議そうに首を傾げた。どうやらシャウラからしたらそうは見えないらしい。

まあ頑張ってるからね!僕!どやっ!!…なんてどやってみても緊張するもんは緊張するんだけど。


ただ、別にシャウラの両親だからとか他家の公爵だからって緊張している訳ではない。シャウラに対してひどい態度を取られたらブチギレそうだから気をつけなきゃとかそんなんだ。

エリス公爵が余計なこと言ったら殴りかかるかも。


「そういえばユピテル様、ご婚約おめでとうございますわ」


「ああ、いえ、仮ですが…ありがとうございます」


シャウラが微笑みかけると僕の隣で気配を消していたユピテルが返事をした。

すっかりいることを忘れてたくらいに気配消えてた。

今日はエリス公爵側が馬車を用意したので、エリス公爵の顔を立ててエリス公爵家の馬車に乗った。

それなのでエリス公爵家の御者がいる為ユピテルは中に乗ったのだ。

御者席で全く面識のない相手、しかも執事とはいえ貴族に横に座られたら御者が緊張して事故りそうだし。

買い物を済ませたら一旦家に帰って馬車を乗り換えて面倒だったけどね。


午前中の間にヴェラの偽装婚約についてはシャウラにも話した。

王太子のことでそんなことになってるとはつゆ知らず、申し訳ないとシャウラは言ったが、シャウラは候補だっただけだしあの王太子とは関係ないのでシャウラは全く悪くはない。


むしろシャウラが責任を感じるような必要がない。シャウラは自分の幸せを考えただけだから、全部あの王太子バカが悪いのだ。


いや、元凶は聖女なんだけど。


「私はヴェラ様をお守り出来れば良いと思いまして」


「最近、仲良しですものね」


シャウラが微笑ましそうにユピテルを見ながらにこにこする。

確かに最近は特にヴェラがユピテルをあちこち連れ回したり(ユピテルいた方が安全だし僕が許可したんだけど)、お菓子作りの手伝いさせられたり、食べさせられたりしていて周りからしたら仲良しに見える。


だから多分だけどこのタイミングで婚約を結んでも屋敷の人間からすれば違和感は無いだろう。

あとはみんなが最近仲良しだったって伝播してくれたらちゃんと恋愛婚約に見えて、信憑性が増して良いかもしれない。

王太子もだけど他のハエの入る隙を徹底的に無くして欲しい。


「ふふ、ヴェラ様は昔から私の妹のような方ですよ」


「妹、ですか…」


シャウラがユピテルの言葉にそう言いながらなんだか微妙な反応を見せた。


…なんだ?


シャウラのその様子を見て、ユピテルは軽く苦笑いをした。よく分からないけど、何かあるらしい。


ううん、これまた僕が鈍感とかそういう案件????


「でも仮でも婚約者なのですから、そう接してあげて下さい」


「それはもちろんです」


ユピテルの答えにシャウラがニコッと笑う。どうやら話はまとまったらしい。

僕にはよく分からないけど。まあ良いか…。


「……ああ、そうです、リギル様。もしエリス公爵に殴りかかりたくなったら言ってください。代わりに殴っておきます」


「そこは止めるとかじゃなくて??」


ユピテルが思い出したように言った言葉に思わずツッコんだ。それはダメでしょ。

ていうか、ユピテルが殴ったらミンチになっちゃう…。


シャウラが僕とユピテルのやりとりを聞いてクスッと笑った。

なんか僕も釣られて可笑しくなって、笑ってしまった。


「ふふ、お二人とも緊張が解けたようで何よりです」


ユピテルにそう言われてハッとする。なんか胃が気持ち悪いような感じは確かに無くなったかも。

ちらっとシャウラを見ると少し照れたような表情をした。

ユピテルの言う通り、シャウラも少し緊張していたみたいだ。


「…うん、ましになったよ。ありがとう」


「いえいえ」


ところでさっきのはそのための冗談だよね?と聞くとユピテルは少し目を逸らした。

場合によってはまじでミンチにするかもしれない。


エリス公爵をミンチにしないためにも、僕は己を律する必要があるみたいだ。

エリス公爵のミンチは美味しくなさそうなので御免被りたい。


「ふふ、本当にリギルとユピテル様は仲良しですわね」


シャウラがくすくすと笑う。あんまり笑うのでなんだか気恥ずかしくなってしまって、思わず咳払いをした。


「まあ、僕にもユピテルは兄みたいな…感じもあるかもしれないし…」


「おや、そうなのですか?」


聞きながらユピテルがじっと僕を見た。家族みたいとは言ったけど、兄みたいと言ったのは初めてだった。

使用人と主人の関係ではあるけど、ユピテルは僕を励ましたり、相談に乗ったりしてくれたから、兄がいたらこんな感じかなと思ったのは一度や二度くらいはある。


多分ね、と答えるとユピテルはそうですかと言いながら笑った。どうしてか、嬉しそうに見えた気がする。


「あら、もうそろそろ着きますわね…」


シャウラが窓の外を見ながらそう呟いて、少しだけドキッとした。

少し緊張が戻ってきて軽く深呼吸する。


「リギル様、大丈夫ですよ。ユピテルお兄ちゃんが居ますからね」


「あ、うん」


思わず冷めた声が出た。うん、緊張解けたわ。






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