151・緊張した?
思えば妹は前世から面食いだった。そもそもアイドルオタクだったのだ。
よくよく考えてみれば、顔面偏差値が一番高いユピテルが良いと言い出すのも当たり前な気がしてきた。
前世の妹、ヴェラの前世、星は可愛らしい顔立ちだった。
近所のおばちゃんにもよく妹ちゃん可愛いわねーと言われていたし、彼氏はいなかったが実はよく告白されていたのも知っている。
ちなみに星に彼氏が居なかったのはアイドル一筋だったからだったりする。
星が可愛いので、まさか僕も美形なのでは?と思って、星にお兄ちゃんってカッコいいと思う?と聞いてみたら「クラスで2番目にイケメンくらいのレベル。わりとごろごろいる」と酷評を食らった時には泣き腫らした。
そういや僕は告白されたことも無ければ彼女も画面の外に出てきたこと無かったや。
…っていかんいかんめっちゃ余計なことを思い出してしまった。
父様の書斎から出て、ヴェラと別れて部屋に戻る間にそんな風に余計なことを色々考えては頭を振って余計なことを振り払う。
僕の後ろを歩くユピテルも少しぼーっと考え事をしているようだった。
父様に呼び出されたのは午後四時ごろだったので、そろそろ日が落ちてきた。
廊下に夕陽が差し込んでいる。
「…、緊張しました」
部屋に入るなりユピテルがため息を吐いてそう言ったので、思わず彼の方を振り向いた。
「…え、ユピテルが緊張とかすんの?」
「馬鹿にしてます?」
僕の言葉と信じられないという表情を見てユピテルはムッとした。
ユピテルは竜として色々経験してきているはずなのでこんなことで緊張するとか意外だ。
「リギル様、竜とはいえ人と同じ心を持った生き物です。緊張くらい致します」
「えっ、あ、そ、そうだね…?」
なんか怒られてしまった。
でもユピテルって本当にいつも何にも動じないので、本当にまさかなのだ。
だって魔獣だって蹴り飛ばしてから踏み潰した男ぞ?
もしかしてユピテルって父様のことも結構好きなんだろうか?嫌われたくないとか?
そういやたまに父様の仕事も手伝ってるもんな。
そんなことを思って暖かい眼差しをユピテルに向けると「なんかムカつきますね」と言われた。
歯に衣着せなさすぎる。僕、雇い主なのに。
僕は不満に感じながら頬を膨らませるとソファにぼふんと座った。
もうユピテルの心配はしてやんないもんね。
「リギル様、だらだらするのは良いですがそろそろ夕食ですよ」
「分かってるやい」
お前は僕のお母さんか。
ユピテルはクスッと笑いつつも、「お茶は要りますか?」なんて聞いてくる。
もうすぐ夕食なので大丈夫、と答えた。
「では私は食事の支度の方に行って参ります」
「はいはい、よろしく〜」
そう言ってひらひら手を振りながらユピテルを送り出した。
執事の仕事は多岐に渡る。ユピテルなんかはもうこの屋敷では上の立場なので、使用人の管理なんかもしているし、食事の監督もしてるし、重要書類の多い僕や父様の部屋や書斎はユピテルだけが掃除してるし……、ん?ユピテルが居なきゃ崩壊するなこの家。
体力が無尽蔵なので人間の倍は平気で働いている気がする。
「なんだかんだユピテルが一番信用できるんだな…」
ソファの肘掛けに肘を乗せて頬杖を突きながらため息を吐いた。
そう考えてみれば、ヴェラが婚約者役にしたいと言ったのがユピテルで良かったかもしれない。
リオでも悪くは無かったけど、ユピテルとリオ以外だったら最悪だった。
とはいえ、社交界デビューしていなくて昔からの家同士の付き合いもラケルタ家くらいしかないのでヴェラに選択肢なんてほとんど無かったのだけど。
攻略対象から僕がわざわざ引き離したりしてきたので当たり前っちゃ当たり前だ。
おかげでヴェラはすっかり箱入りお嬢様だし。
でも僕の判断が間違えていたとは思わない。ユピテルや僕が育てた(ようなもんな)リオはともかく、他の攻略対象は危険かもしれないから。
まあ、少し、自由を奪ってしまったような気もして申し訳無いのだけど。
「ヴェラには広い世界をもっと見せてあげたいけど…、難しいな……」
呟きながら天を仰ぐ。
そもそも、貴族のお嬢様である以上多少不自由なのだ。
自分で好きな人を見つけて好きな人と結婚する。自由恋愛を重んじる国教のおかげでそういうことが許されない訳ではないが、それはやっぱり難しい。
貴族ならみんなが善人ではなく、打算的に近づく人間もいて、平民相手なら風当たりも強い。
魔力の強い血筋を残す事こそ貴族の務めだからだ。
うん、でも旅行くらいならきっとまた連れて行ってあげられるし、ユピテルが居ればどこに出掛けたって大丈夫だろう。僕だって鍛えてるし。
あまり悲観的に考えててもいいことはないな。
とにかく、ユピテルには本当に感謝しないといけない。
ユピテルに何か恩を返せるような、ユピテルの得になるようなことがあればいいんだけどな。
今はきっと、本当にヴェラのお菓子でいいんだろうけれど。
うん、ちょっと違うことを考えよう。
「…、婚約式の準備………」
そういえば婚約式の日に父様がヴェラの婚約発表もするって言ってたな。
普通はしないことなんだけど、余程周りを牽制したいらしい。婚約の書類も二人にその場で書かせていたし。
婚約式さえしなければ婚約破棄はできるので問題は無いのだけれど。
ちょっと焦ってるというか、そういう感じが伝わってきた。余程他の貴族からの圧力が凄いんだろう。
それを跳ね返せるのがユレイナスだけど心労はないに越した事はない。
シャウラにも今回の件は共有しておくべきだ。シャウラにも色々相談しておこう。
それに、そろそろエリス公爵にもちゃんと挨拶に行かないとなんだよね。
ただ書類で婚約を交わしたときは父様が公爵に会いに行って話して、あとは手紙のやり取りで済んだ。
でも婚約式となれば様々な貴族も出席するし、当たり前にエリス公爵もエリス公爵夫人も出席する。
だから婚約式で初対面!って訳にもいかなくて、事前に挨拶に行って、それから社交辞令で婚約式について希望がないかとか聞かないといけない。
シャウラを虐げていた両親だから正直気が重いのだけど。
「頑張るかあ……」
口に出してそう言ってみた。言霊なんていうのがあったけど、口に出したら頑張れる気がする。
とりあえずのゴールは近くまで来ている。あともう一踏ん張りだよね…。




