149・ユピテルの報告
「……、そっかあ…ヴェラがユピテルが良いって言ったのかあ……」
ユピテルからの報告に僕は項垂れた。ちなみにこの場にヴェラはいない。
ユピテルのことだ。僕が明らかに嫌そうにするのは分かっていたのだろう。
そうなればヴェラが気を遣うのは目に見えているので賢明な判断だ。さすが。
こうして夜寝る前にユピテルに報告や話をされることはよくあることだが、今日のは衝撃がありすぎた。
ユピテルに報告があると言われて聖女のことかな?とかあんまり構えて無かったので、余計辛い。
「ヴェラ様と一緒に説得しましょうね、とお約束したので先に話したことはご内密に」
頭を抱える僕にユピテルは優しく語りかけるように言いながらハーブティーを淹れる。
「え、後でヴェラと許可取りに来んの?断らせる気ないじゃん…」
そしてユピテルは暗に、父様を説得するのに僕にも手伝って欲しいと言っているのだろう。
僕と父様を纏めて説得するのは無理だから僕から折れさせようという魂胆だ。ユピテルらしい。
「……、はあ、分かったよ」
「おや、もう少し嫌がられると思ったのですが」
ユピテルが心底意外、という表情をする。きっと昔から僕がヴェラを絶対やらないと言い続けてきたせいだろう。
「まあ、ユピテルは家族みたいなもんだから、ヴェラも気兼ねないのかなと思って……、僕も気を遣う必要ないし…」
「家族みたい、ですか」
ユピテルがそう言いながら、複雑そうな表情をする。
嫌だったのかと聞くといいえと首を横に振った。違うなら何でそんな顔をするのだろう。
「私もリギル様やヴェラ様…いえ、ユレイナス家の皆様は家族のように大切です」
本当かな?ユピテルの本音と嘘は分かりやすいときもあるが、分からないときは本当に分からない。
少なくとも、今は嘘ついているようには見えないけれど。
「もしリギル様が嫌なら『ちゃんと時期が来れば婚約破棄する』という契約書を交わそうと思っていたのです。なのですぐに受け入れられて少し予想外というか」
「うーん…、そこまでする必要は…」
ユピテルの言う契約書とは間違いなく、『魔法契約書』のことだろう。
契約書自体に魔力を込めて契約不履行に出来ないようにする。違えば魔法属性に則った何かしらの罰が下るし、契約するには安心の代物だ。例えば雷が落ちるとかね。
まあユピテルには不履行になった罰もあんまり効かなそうだしなぁ。
「ああ、罰が効かないことを心配してらっしゃるなら攻撃的なものではなく、ヴェラ様に近づけないようになるとか、そういうのが宜しいかと…」
「それはこっちが困るかもなあ…」
婚約破棄になってもユピテルは僕の側近だ。これからも絶対。ヴェラに近づけないとはイコールユレイナス家から出て行くってことだし、それは困る。
てか有能なユピテルが居なくなったら弊害がヤバすぎるんだよな。
まあ万が一不履行になったときの話だし、ユピテルに限って約束を違えることはなさそうだけど。
「…、これは僕の気持ちだけど、ユピテルが居なくなるのはやだよ」
「おや、それは…執事冥利に尽きますね」
ユピテルがクスッと笑った。本当に嬉しそうに見えるのがなんかちょっと気恥ずかしい。
「まあ、今まで以上にヴェラを頼むってこと」
「リギル様にそう言われてしまっては仕方ないですね」
なんか僕からお願いしたみたいになってない???
じとっとユピテルを睨むとニコッと笑顔で返された。これは完全に揶揄われている。
「とにかく父様にも話を通してから書類だけでも通す必要がありそうだね…」
「公爵様は私が相手でも許してくださるでしょうか?」
「ユピテルの方が逆に安心するかもね…」
貴族ではあるし、能力や容姿も申し分ない。歳が離れているのは逆に本当に恋愛関係にはならないだろうと安心させる材料になるかも。
ユピテルは長男というテイだけど、領地があるわけでも無いから影響もなく、両親も居ないので両親に話す必要もなくユピテルの独断で婚約できる。
あれっ、よく考えると結構好都合だな…?
「てか、ユピテルは本当にいいの?」
「婚約者役の代わりにヴェラ様からお菓子を頂く約束をして頂きましたから」
ユピテルにとってヴェラのお菓子が重要であることは僕も知っている。
なるほどそれならユピテルにも利があるし、ヴェラの負担にもならないだろう。
「とにかく後でまたヴェラ様とお話ししますから、不自然にならないようにお願い致します」
「それはまあ、…気をつける……」
ヴェラの前で嫌そうな顔をせずに済んだことはユピテルに感謝しなくちゃいけない。
ヴェラなりに色々考えてくれただろうし、悲しませたくはないからね。
「お兄様とお呼びした方が?」
「絶対嫌なんだけど」
ユピテルはめちゃくちゃ歳上だし、てか竜だし、さすがにユピテルにお兄様と呼ばれてるのを想像してゾッとする。
いや、まじで嫌なんだけど。
「そんなこと言われると悲しゅうございます」
「絶対嘘でしょ」
だって絶対悲しいって顔してないから。これは嘘が分かりやすいパターンだ。わざとらしい。
「そもそも結婚した場合だからそういうのは」
「まあ確かにそうですね?」
全くこれだからユピテルは…。完全に僕を揶揄う隙をことごとく狙っている。
僕のため息に愉しそうに笑っているし。
「リギル様はお優しいのでついつい甘えてしまいますね」
「えっ、今の甘えてたの?」
全くそうは見えなかったんだけど、ユピテルははいと返事をしながらにっこりしている。
なんか、そう嬉しそうにされるとなんとも言えなくなる。
僕を揶揄うことがユピテルにとっては甘えることなのか…?
「……、まあ、仕方ないか…」
「ふふ、チョロいですね…」
「いまチョロいって言った?」
なんかボソッと言ってたけとめちゃくちゃ聞こえてたからな。
おや、何のことでしょう?とかキョトンとしているけど、めちゃくちゃ聞こえてたからな。やっぱり甘やかしたらダメだ。
「とにかくリギル様が許可して下さり安心致しました」
「ユピテル絶対そんな心配してなかったでしょ」
完全に断れないようにしていたし。まあヴェラの希望だと言われてしまえばまじでそれまでだ。
父様に関してもそれは同じだろう。
逆にユピテルで良かったとしか思うしかない。
ヴェラに他に好きな人がいてその人と婚約したいと言われたらその方が一億倍辛いからね。
妹離れ出来ないなあ…僕…。
なんだか自分の情けなさに涙が出そうだった。




