147・とある執事とお嬢様(ユピテルside)
ふらふらとあちこちを旅して人間の生活に紛れながら気まぐれに人間に関わってきた私がプラネテス王国に来たのは五十年ほど前だった。
正確にはプラネテス王国として国が変わる前には何度か来たことがある。
千年ほど前に世界征服などと出来もしないことを掲げてプラネテス王国の前身であった国を古の魔族が拠点として支配し、古の魔族の統治下に置かれてから十年経ったころ、勇者と聖女が現れ国を救った。
王族もほぼ殺され、ぼろぼろだった国を勇者はまとめ上げ新しい国王になったのだ。
残された王族の子は侯爵家に引き取られたという。
そんなプラネテス王国に足を踏み入れなかったのは“自分の正体”がバレることを無意識に恐れていたからに違いない。
“古の魔族”は竜の魔力の影響を色濃く受け、悪用しようとした一族で、私はその竜の子だからだ。
古の魔族を倒した勇者の末裔である王族であらば、私の正体に簡単に気付いても仕方ないと思っていた。
結局は全くの杞憂であった訳なのだが。
しばらくの間は国のあちこちをぶらぶらしていた気がする。
ある時思い立って、王城に紛れようと考えた。勇者の末裔に対する好奇心が“竜であることがバレることへの恐怖”に勝ったからだった。
魔族や人間の魔法を飽きるほど勉強した私には人間にあまり影響しないように魔法をかけることは簡単で、ずっと昔からいたように見せかけて王城に潜り込むことは容易かった。
そして王城の中で王族を初めて見た時、私はすぐに悟ったのだ。
…、ああ、竜の血筋だ、と。
とはいえ、完全に薄れてしまったソレは王族に全く影響はなく、竜の特徴などないに等しかった。
ただの直感で感じただけであるが、妙な確信があったのだ。
きっと私の兄弟のずっと下の末裔だろう。
人間の特徴がより濃く出て、見た目は長い間人間よりも若々しかったが、人間とそう変わらない年齢で死んだ兄弟もたくさんいた。竜の魔力が薄かったからだ。
母は父の為に子を沢山儲けたので兄弟の血筋がどこかにいることはおかしいことでもないのだが、有名な勇者の末裔だとは思わなかった。
当時の勇者に精霊が力を与えたのは竜の魔力が薄れていても、未だ竜の血が濃くて、過剰な魔力に身体が耐えられたからかもしれない。
元々精霊の好む血筋は魔力に強い家系だからだ。つまり身体が普通の人間より丈夫なのだ。
(神は竜を嫌って世界の裏側に追いやったくせに、神の使者である精霊は竜をいいように利用するのですね)
勇者が竜の血筋だと分かった途端にそんな嫌悪感が湧いた。
もう血縁的には遠いとはいえ、数少ない竜の血筋でありながらも精霊に利用され、それだけならまだしも今では愚かな存在に成り果てた王族を見ていると吐き気がする想いだった。
特に今の王は少し、いや、だいぶろくでなしのクズだ。
しばらくしたらプラネテス王国から離れよう、そう思ったすぐ後ほどに、私は美しいものを見たのだ。
それが、ユレイナス公爵と呼ばれる王族の遠縁の男性だ。彼はずっと昔に見たっきりの懐かしい、美しい白銀の髪だった。
勇者の弟も古の魔族討伐に協力し、貴族に名を連ねたという話も聞いてたいたが、その末裔本人を見たのはこれが初めてだった。
氷の精霊の加護でもなければ珍しい白銀の髪は竜族の証のように輝いていた。
同じ血筋なら兄でも弟でも良かったのに、精霊が兄を勇者にしたのは“弟の竜の血が濃すぎた”からだろうか?
ユレイナス公爵家は魔力がありながら加護を持つ人間の輩出が少ないというのも、竜の血の影響かもしれない。
まあ、もう99.99%以上人間の彼らにそんなことは話す内容でもないが。
つまり今のユレイナスの末裔に受け継がれているのはどうやら容姿と魔力耐性くらいのようだが、私にとってはそれだけで十分だった。
ユレイナス公爵が息子の侍従を探してると聞き、根回しして息子のリギル様の執事になった。
白銀の髪に優しい目をした少年は大人っぽい子供で、からがいのある表情豊かな子供だった。
彼のステータスを覗き見しては他と違うソレを面白がってどんな意味だろうと考えたり、自分と妹の立場や運命をなんとかしたい足掻く彼を見守るのは結構楽しい。
彼の妹のヴェラ様も美しく可愛らしい子で、竜の血筋とはいえ、私とはずっともう血縁的には離れてしまった彼らを、一緒にいるうちに、本当の兄弟のように、家族のように思うのに時間はかからなかった。
(全く、同じ竜の血筋で何故こうも違うんでしょう?途中で悪いものでも入ったのでしょうか?)
彼らを愛しく思う度、王族の方を思い出しては嫌気が差した。
だからまあ、リギル様に王族を滅ぼしては?と諭すのも半分本気だったりする。
「ユピテル、悩み事でもあるの?」
じっとピンク色の瞳に見つめられてハッとした。
甘いお菓子の匂いをさせたヴェラ様が私を心配そうに見つめている。
いつものようにリギル様が学園に行っている暇な時間、ヴェラ様のお菓子作りに付き合っているうちにぼーっとしてしまったらしい。
彼女の浄化のギフトは竜の魔力による痛みすら抑える特別製だった。そしてその彼女が作った菓子にも何故かその力が籠っている。
慣れてるとはいえ、けして愉快でないこの痛みを消してくれるギフトは大嫌いな神と精霊からの贈り物にしては中々悪くない。竜の血筋である彼女が持っているというのもなかなか人間の言う“運命”のようなものを感じる事象でもある。
(もうこれだけ血が薄れてしまえば、精霊も竜の血筋かどうかなど、気にも留めないのでしょうね)
精霊に愛されている証というピンク色の瞳を持ったヴェラも竜の血筋だ。
兄と同じ白銀の髪色がそれを物語る。
気にしているのは自分だけで、神や精霊は竜のことなど全く気にも留めてないと思うとやるせない気持ちになった。
「いえ、ヴェラ様もリギル様も、大変だなと思いまして」
「昨日のこと?」
ヴェラ様に言われて頷いた。昨日、昼食時に公爵に呼び出されたリギル様が神妙な顔で帰ってくるなり、ヴェラ様に婚約者が必要かも、という話を私とヴェラ様にした。
とりあえずひとしきり悩んだ後に夕方にラケルタ邸に押しかけて相談したりもしていた。
「ヴェラ様は急に婚約がどうとか言われてもお困りでしょう?」
正直に言えば、今のあの王族とヴェラ様をくっつけるくらいなら秘密裏に王族を消しても良い。
極力手を出しすぎないようにしてるが、“家族”をわざわざ不幸になるような場所に送り出すほど馬鹿ではない。
リギル様に言われたらすぐに滅ぼしたいくらいだ。竜の血筋の汚点も消えてなくなる。
「…うん、でも、もしものときリオお兄様ならきっと手伝ってくれるし、大丈夫よ。きっと」
ヴェラ様のその言葉に胸がざわつく想いがした。
ヴェラ様はこの状況を受け入れている。
それが本当に良いのか?という気持ちや、何か他に違和感のような嫌な感じがあった。ソレが何かなどは全く分からない。
「ヴェラ様、こういう時でもわがままくらい言ってみては?婚約者役だって、遠慮せずにヴェラ様の好きな方を選べば良いのですよ?」
ヴェラ様はなんとなく、リギル様や周りに遠慮しているような気がする。
私にはよくわからないなんて言いつつ、戸惑いというか、困った感じが伝わってくる。
自分がこうしたい、と話しては周りが困るのではないかと幼心に思っているのではないだろうか。
「…、きっと相手が迷惑だから」
ヴェラ様がぽつりと呟いた。ヴェラ様の相手など全く心当たりがないのだが、どうやら婚約者役をやって欲しい人がいるらしい。
「ヴェラ様の相手役を頼まれて迷惑な人間などおりませんよ」
そう、むしろ迷惑がる輩なんてリギル様に叩きのめされるだろう。私でもぶん殴る。
「本当?絶対???」
ヴェラ様はじっと私の目を見つめながら念押ししてくる。
どうやら何かが不安らしいが、その不安を取り除くように精一杯に優しく、大丈夫ですよと答えた。
ヴェラ様は少しだけ考えた様子を見せてから、決意したような表情をすると、何故か私の手を握った。
そして、こう言ったのだ。
「じゃあ、ユピテル、お願いしていい?」
…??????
「……………、…はい??」




