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142・とある執事見習いと使用人の会合

「なあ、聞いたか、あの噂」


「聞いた聞いた、今の聖女様がニセモノかもしれないって話だろ?」


ビールをグイッと飲みながら噂話に耳を傾ける。どうやら上手く話が伝わっているらしい。

酒場で男たちの話を聞きながら上機嫌で酒を飲む大人フォルムのイザールの目の前に青髪にフードを被った男性が座った。

同じく大人の姿に変化したカフだ。


「オッ、カフも飲むっすか〜?」


「飲みません。貴方もほどほどにして下さい。明日からサダルスウド家でミラ様に仕えるのに酒臭くてどうするんですか」


イザールの顔を見るなりカフは顔を顰める。酔わないとはいえ飲み過ぎだと、空になったビンの転がるテーブルを見てそう思った。


「まあまあ、転職祝いってやつっすよ〜」


「貴方は毎日お祝いみたいなものでしょう」


頭がめでたいので、と皮肉めいてカフが付け足すがイザールは全く気にせずに「こりゃ一本取られた〜」なんて言っている。

酒に酔わずとも気分はどうやら酔っているらしい。


「噂話も適度に伝わっているっスよ」


「…、そうですか」


聖女とはそもそも何なのか、ぶっちゃけて言えば聖女なんてものはただの象徴だ。

もちろん、アンカのようにちゃんと能力(光属性)を持って生まれる聖女はいるが五百年に一度と珍しいため、ちゃんとした聖女の間には偽物がいる。

聖女というブランドを使って教会が儲ける、そういうことなので、空白があるというのはあまり好ましいことでは無いのだ。


「今の聖女は偽者で、本当の聖女が現れたらしい」


そんな噂話を流したのはイザールにカフ、ユピテルの三人だ。

昏明祭で配られている聖女の力がこもったお守りは何の意味もない、これが本物に違いないと、ミラが光魔法を本当に込めて作ったお守りをばら撒いた。

リギルとミラ発案の術式を紙に書いて魔石のかけらを紙に貼り、袋に入れる…『お守り袋』である。


魔力のない庶民からしても違いは歴然で一度だけだが光の保護魔法が発動する効果がある。使い終わったお守りは消えてなくなる。

そういう仕組みなので魔力は一回ぶん、つまり、クズ石でいい。

ミラのように精霊に直接協力を持ちかけられるなら光魔法をクズ石に込め、クズ魔石にするくらいならさほど難しいことではなかった。一気に大量にも作れる。命令式は紙に書けばよい。


本当の聖女様のお守りで怪我せずに済んだ、命が助かった、そんな人間が居れば噂話は広がっていく。

ちなみに教会のお守りに光魔法がこもってないのは聖女を尊重するあまり負担を強いないからだ。

もちろん、一度使ったら消えるお守りなんて発想が無かったのもある。


「お守りの効果は余程だったのでしょうね」


「そうかもしれないっスねえ」


イザールが上機嫌でいつのまにか頼んだツマミを食べているので、イラっとしたカフは横っ面を引っ叩いてやろうかと思ったがやめた。


「このまま貴族の間にまで噂話が広がるのも時間の問題でしょうね。聖女様を気に入らない令嬢は多いですから」


同性には効果がない魅了ギフトで不自然に男子の視線を集めるアンカは貴族の令嬢の間ではすでに相当評判が悪い。

本物の聖女が作った効果が絶対あるお守りにアンカが実は偽者だと言う話、どちらも令嬢は気にいるだろう。

元々令嬢たちは噂話が好きなのでひとりの耳に入ればすぐに広がるはずだ。


ちなみにミラはとりあえず今はたまたまお守りを作ってみて、国民を守る力になれたらと市街で安く使用人に売らせた、ということになっている。

売っているのは変装したイザールだが。

それが本物の聖女のお守りと勝手に尾ひれがついた、という建前だ。


偽者の聖女の噂が広がると同時にリギルが少しずつ周りの魅了を解いていく、そうして男性たちにも疑念を抱かせていく。

ある程度そうしてみんなが『アンカは偽者の聖女かもしれない』と思ってきたところでアンカを国外に逃し、本物の聖女としてミラが名乗りを上げる。

こちらはアトリアがミラこそ本物の聖女かもしれないと勘付いた、という形にする。


王太子の魅了については結構重症なので解くのは聖女を逃がしてからだ。騙されていたと分かれば何するか分からないので安全の為に。


アンカは犯罪者扱いになるだろうがそうなった時には既に国外、教会もアンカが居なくなってしまってはミラを認めるしかないに違いない。

ダメ押しとしてミラには他に『聖女の証明』をする方法の考えがあるらしい。


「このまま上手く行けば良いのですが」


カフが心配なのは古の魔族の横やりだった。

古の魔族についてはある程度時期が予測されているし、レグルスもいる。レグルスは聖女と一緒に離脱する予定なのでそこは少し痛いが、離脱寸前までの情報は貰えるだろう。

それでもミラが聖女になることでユピテルが当初ミラをおとりにしようとしていたようにミラが狙われたり、魔族襲撃の時期が早まったりする可能性もある。

まあミラを狙ってきたら『魔族たちを返り討ちにするように』とイザールが命令を受けているらしいが。


「とりあえず、新しい聖女のとこまで上手く行けばあとは考えればいいじゃないっすか。大船に乗ったつもりで任せるっすよ!」


イザールは能天気にそう言った。カフもアンカについて行くので離脱が早い。

こちらの状況はイザールを通して分かるとはいえ、聖女を逃す手伝いをするのだからカフ・アルケブとしては戻ってこれないだろうし心配なのだ。


「はあ…、貴方に任せて行くから心配なんです」


そう言いながらカフがため息を吐けばイザールは不満気に唇を尖らせた。

イザールは実力はあるがカフからすれば考えが足りていないし、楽観的すぎるし、不真面目だ。

とはいえ、だからだけでなく、イザールがどんなに強くても唯一の肉親と離れるのはやはり心配なのだ。

そんなカフの気持ちを読み取ったかのようにイザールはカフの顔を見るとにまーっと笑った。

カフはそのイザールの笑顔を見て嫌な感じがしたが、結局立ち上がったイザールに頭を抱き抱えられてしまった。


「んもー!カフってばそんなに寂しいんすねえ、大丈夫っすよぅ!僕もちょこちょこ会いに行きますからっ!」


「っちょっ、寂しいなんて言ってませんけど!?」


わしわしとイザールに頭を撫でくり回されてカフはバタついた。魔法による認識阻害をしているので周りの目は関係ないが恥ずかしかったので背中を思い切り叩いてやった。


「愛が痛いッ!!!!」


「ちょっと黙ってくれます?」


叫びながらカフを離したイザールの口をがしっと右手でカフは塞いだ。そのまま押し込むように席に戻して手を離す。


「背中と頬がヒリヒリするっす」


「自業自得です」


カフが冷たくそう言ってそっぽを向くと、イザールは少し拗ねた様子で酒飲みを再開した。

横目でイザールを見てからカフはため息を吐く。

こんな調子だからカフはイザールが心配なのだ。



最近少し更新日空き気味で申し訳ありません

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