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140・とある使用人目線の聖女のやり直し

「聖女様」


「何よ!しばらく話しかけないでって言ったでしょ!!」


部屋に入ってきたカフに半ギレ気味で聖女は怒鳴り散らした。

リギル側に協力していたカフが気に入らなかったようで、しばらく口を利きたくないらしい。

カフは拗ねた子供のようだと思いながらため息を吐いた。


ここ二、三日聖女は荒れている。具体的にどう荒れているのかというと花瓶を倒したり、食事が気に入らないと食べなかったり、正に今、枕の中身を散らかしたりと主にカフへの嫌がらせだが。


「聖女様、エリス公女様が会いにこられましたよ」


カフは聖女に怒鳴られたことなど全く意に介さずそう言った。

ベッドに丸くなっていた聖女は飛び起きてカフを信じられないモノを見るような目で見る。


「意味分かんない。絶対に通さないで」


「もう来られてます」


「来てますわ」


カフの後ろからシャウラがひょこっと顔を出した。

聖女は化け物でも見たかのようにヒッと声を上げる。

目の前にシャウラがいるのに何で通すのよ!と喚く聖女を見てさすがにカフは頭を抱えた。

シャウラはクスッと笑うと部屋に入ってくる。

カフが促して、シャウラはソファに座った。


「聖女…いえ、アンカ様、今日は貴女のお話を聞きに来ましたわ」


「は?」


聖女はぼろぼろになった枕を抱えたまま、シャウラをベッドの上から睨みつけた。

カフは呆れながらシャウラにお茶を淹れている。


「リギル様から聞いてます。前世があって、前世の記憶があって、それはあなたも同じだと。あなたに友達になりませんか、なんて提案したのは私ですから、今まで誰にも相談出来なかったこと、私に話してくださいまし」


シャウラは任せてとでも言うように胸を軽く叩きながら聖女の方を見た。

イライラしていた聖女もそんなシャウラを見て少し毒気が抜かれたようだった。

しばらく考えたように止まってから、枕をそっと脇に置くと、ベッドからゆっくり降りてシャウラの向かいに座る。


「リギルちょうだい」


「そういうことではありません」


シャウラに一喝されて聖女は頰を膨らませる。そもそもモノではないのでちょうだいも何もありません、と追い討ちをされていた。

カフは聖女のぶんは聖女が落ち付くよう、ハーブティーを淹れて置いてあげた。


「じゃあ何よ」


「…、あなたの心境や境遇を、話すことで少しは楽になるのではないかと思ったのです。それにあなたにも何か“理由”があったのでしょうから、知りたいのです、あなたのこと」


シャウラが聖女の目をじっとまっすぐ見つめながら言った。

聖女は少し目を逸らすと、ハーブティーを口に運んだ。


「…、辛かったのなら辛かったと言えばいいのですよ。リギル様から色々話を聞いたので、前世のことも多少理解できると思いますわ」


「………、似たもの同士ってこと」


シャウラの言葉に聖女は忌々しげにそう言った。

目をぱちくりさせるとシャウラが首を傾げるので、聖女は頭を掻いてわざとらしくため息を吐いた。


「死んだのよ、川で溺れて」


聖女の言葉にシャウラとカフは顔を見合わせた。そのまま、二人は真剣に聖女の言葉に耳を傾ける。


「家族でBBQしていたの。川で。暑かったから川に入って弟と遊んでるとき足を滑らしてそのまま流されたわ」


聖女は自分を馬鹿にするような、苦々しげな表情をしていた。カフはそれを見て、何か出かかった言葉を堪えた。


「気がついたら、十歳の聖女になってた。直前まで楽しかったのに意味分かんないし、しばらくは夢だと思ってたの。でも戻れないからどうしたらいいか色々考えてた。ゲームの世界って気付いたのはしばらくしてからで、普通に考えたらクリアするのが一番だけど……」


聖女は目を伏せる。数秒息を呑むようにしながら間を開けて、再び口を開く。


「クリアしても帰れる保証ないもの。いっそめちゃくちゃにして、自分の好きなようにしたら、ゲームの神様が私を諦めて帰してくれるかもって思った。こんなヒロインいらないって」


まあ上手く行ったら行ったで贅沢イケメン逆ハーライフなんて最高だしね、失敗したけど、と聖女は最後に自嘲する。

聖女はやはり元の世界に未練があった。むしろきっと彼女にとって幸せとは元の世界だったのだろう。


「元の世界のお家に帰りたいのですか」


「無理でしょう。分かってるわ」


シャウラの質問に聖女は否定で答えるが、カフにはその言葉にはやはり帰りたいという意志が宿っているような気がした。

同時に前世の記憶があるとはなんて残酷なのだろうと考える。彼女が元の世界への未練を無くすには元の世界でより幸せになる他ないのだろう。


「……、そうですわね、少し、難しい話で、私も理解が及ばないところもあるのですが…」


シャウラは精霊と星、星蝕や生まれ変わりについて聖女に懇切丁寧に説明をする。

だからこの世界は物語でもげえむでもないのだと、全ては現実で全てちゃんと生きている人なのだと。

少しずつ少しずつ、シャウラの話を通して聖女は改めて全てを理解をした。

理解しながら絶望もした。もう帰る場所などない。


「…、よく分かったわ。国外でもどこでも行くし、聖女もあの女にあげるわよ。あんたらの計画?についてはカフから聞いた。私は全部いらないわ」


「…自棄になるのは違いますよ」


シャウラに再びじっと目を見つめられて聖女は狼狽える。真剣に目を見つめて話す、シャウラはそれを意識して聖女に語りかけた。

彼女の心の奥に言葉が少しでも届くように。


「皆様、あなたにとってもなるべく最善になるよう考えてくれているのですよ。レグルス様は“魅了”されていないのに、あなたの為に情報をこちらにくれています」


「レグルスが魅了にかかってない…?」


聖女が目をぱちくりさせる。魔族、とくにレグルスのような力の強い古の魔族になると“創造主かみ”が違う人間の神からの贈物ギフトは効かない。

シャウラがそう教えると聖女は驚いていた。


「それにカフさんも、あなたを裏切ったわけでなく、あなたが心配だからあなたの為にもこの計画に乗ることにしたんです」


聖女がカフをちらりと見る。シャウラの説明は若干違ってはいたが、間違いではないのでカフは聖女に向かって微笑んで見せた。

珍しく笑ったカフに聖女はビクッとして視線を戻してしまった。


「ずっと独り、なんてちょっとおおげさに言ってごめんなさい。少なくとも、あなたにはレグルス様とカフさんがいます。心配してくれる人がいます」


「心配してくれる人……」


聖女の顔つきはすっかり穏やかになっていた。困ったような嬉しいような顔をする彼女は本当にただの少女のようだった。


「…心配してくれる人のためにも、あなたも幸せになれる可能性がある道を選ぶべきですわ」


シャウラのその言葉を最後にして、聖女の部屋には沈黙が流れた。長い長い沈黙だった。


「……、私、これからやり直せるかしら」


「もちろんですわ」


シャウラの即答に聖女はくすりと笑う。その様子ははまるで仲の良い友達のようだと、カフはそう思いながら二人のやりとりを見守っていた。





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