14・ユピテルは全部分かってる
「お兄様!魔法学園で魔法を習ったら、私にも見せてくださいね!」
帰ってすぐ、ヴェラのその言葉に僕は
やばい
と思った。
15歳までは魔法を使ってはいけない。
それは魔力が安定しないから危険だからだ。
そもそも10歳まではどうやっても自主的に使えもしないからその事をまだ話さなかったというのはユピテルに聞いた僕が問いかけて両親から後々聞いた話だ。
ユピテルに魔法について色々聞いたときは9歳だったからね。
だからヴェラはリオにも僕にも魔法を強請ったことは無かったし、両親も多忙だから困らせないよう我儘を言ったこともなかった。
平民である使用人に魔法を使える者もいなくて、ユピテルが苦手だったヴェラ(僕を独り占めにするかららしい。可愛い)はユピテルに頼むことも無かった。
ヴェラがお茶会などに行っても同い年の子しか居ないから特に問題もなく…。
つまり、箱入りの為あんまり魔法に触れずに育ったから、今の今まで、全く問題がなかった。
ゲームでも主人公ヴェラが自身の体質に気づかなかったのは知り合いが魔法の使えない獣人しか居なくて、兄とも不仲だったからだろう。
まあそもそも、ゲームの放蕩者のリギルが正しく魔法を扱えたかは不明だけど。
リオは精霊の加護を受けている為、向こう一年は学園外での魔法を禁止されている。
だからそっちは一年問題ないとして。
僕はこれ、どう誤魔化すべき????
多分1、2ヶ月は誤魔化せるだろう。
まだ危ないとかなんとか言って。
でも、それもずっとは続かない。
でも魔法を見せるにしてもどう頑張ってもヴェラが魔力を吸い取ってしまうため、使えないのだ。
ヴェラの前でだけ魔法を使えない。
吸い上げる魔力は半径5メートル以内だけど、そんな離れてたら怪しすぎる。
そんなのでヴェラだけでなく周りにバレたらどうなるのかなんて想像もつかない。
とはいえ、ヴェラだけにヴェラはこういう体質で…と知る由もない事を話す訳にも…。
だから体質…、つまり魔力枯渇症という病気の治療法を解明しないといけない。
普通の人間なら死ぬまで気付かないこともあるし、命には何の別状もない病気で、魔族なら産まれた瞬間死ぬ病気。
治す必要がないか、治す間もなく死ぬか。
そんなものの治療法が確立されてるわけないので自分で何とかしないといけないのだ。
この六年間何もして来なかったわけではない。
資料を集めて色々調べたりもしたが、子供でしかも身分のある貴族に出来ることは限られているので、何も進まなかった。
魔法学園に入れば多少はもう少し情報が集まるだろうとは思うけれど、もう時間が無いのは確かだった。
ヴェラに上手く伝えれても、長くてあと4年。
ヴェラだっていずれ魔法学園に入らなきゃならないから。
というか、貴族で魔力が無いなんて全くとは言わないけど前例がないから、入学試験でもし魔力がないと判断されたらどうなるかすら怖い。
ヴェラ自身の魔力も大地に返還されているから。
どうしたらいいのか、どうしたらヴェラに病気のことを怪しまれず上手く伝えれるか、どうしたら周りにバレないか。
嬉しそうに僕を見るヴェラを見ながら、こうやって問題に直面した瞬間、そんなことで頭がいっぱいになってしまった。
「お兄様?どうしたの?」
「あ、いや、何でもないよ」
ヴェラの声にハッとした。
ヴェラは困り顔でこちらをじっと見つめている。
心配している時の顔だ。
「今日は入学式で疲れてしまったみたいだ。魔法は慣れてからね、今日は休むよ。すぐ寝るからご飯はいらないって伝えておいて」
「あ、そうですよね。はい。ごゆっくり」
ヴェラと別れて部屋に戻る。
制服のままでベッドに倒れ込んだ。
「リギル様、シワになってしまいますよ」
後ろから飛んできた声は、いけすかない専属執事のものだ。
「いつから居たんだよ」
「ずっと後ろに居りましたよ」
この男、気配がない。
扉の音もしなかったから僕と一緒にスッと入ってきたのだろう。
猫か何か?プライベートというものをいい加減学んで欲しい。
ずっとってことは馬車からだからさっきの話も聞いてただろう。
護衛執事だから馬車に居るのは気づいていたけどヴェラの言葉ですっかり存在を忘れてた。
「新しい制服なのですから初日からぐしゃぐしゃにしないで下さい」
ユピテルの言葉にむくっと起き上がる。
正体を隠して僕の護衛執事として働くこの男は見た目だけじゃなく、僕に対する態度も全く変わらない。
僕を主人として接するままで、本当に何を考えてるのかわからない。
「それから、夕食はお召し上がりになられた方が良いかと。あまり食欲がないのなら軽食をお持ち致します」
ユピテルがそう言いながら頷く僕の制服の上着を脱がした。
そのまま見事な手際で着替えさせられていく。
油断してはいけない相手なのにすっかり慣れてしまった。
ユピテルが完全な味方ならいいのに。
リオにもすっかり情が湧いてしまったし、ユピテルにも…。
でもユピテルは人間じゃない。
リオみたいに仲良くなることも無理だし、僕のために何かすることも仕事以外ではないだろう。
ゲームの主人公ですら陥落出来なかった男だ。
「ユピテルの趣味って何?」
「趣味ですか?」
制服を綺麗にして片付けながら、ユピテルは返事をした。
そういえばプライベートなことを聞くのは初めてかもしれない。
あまり深く関わらないようにしていたから。
「強いて言うなら人間観察ですかね。特にリギル様は面白いので」
「何だそれ」
主人を面白がる執事とか至極失礼である。
「いつも百面相しております」
そんなつもりは無かったんだけど、そんなに表情に出ていただろうか。
それならヴェラを不安な気持ちにさせてしまったかもしれない。
魔法を見せてと言われて顔が強張っていたかも。
「ヴェラ様が魔法を見てみたいと仰るなんて初めてですね」
ユピテルのその言葉にドキッとしてしまった。
さっきのことに動揺していたことはお見通しということなのだろう。
「どうなさるのですか?」
まるで、全部分かってるぞと言われている気分だった。
当たり前だ。
邪竜のユピテルがヴェラの体質に気付いてないわけがない。
ユピテルが知らないフリをしていただけなんだ。
それでもヴェラに何もしないのは、興味がないからなのか、僕が必死に牽制してるのが面白かったからなのか、事実は分からない。
「どうもこうも。魔法の練習をするよ」
そう言うと、そうですか、とユピテルは短く答える。
僕は俯いていたのでユピテルがどんな表情をしていたのかは分からなかった。