136・馬鹿みたい
「なっ、なんで悪役令嬢がここにいるのよ〜!?」
入ってくるなり聖女がそう叫びながらシャウラを指差したのは本当に失礼だったと思う。
僕らは先にティーハウスに着いてカフが聖女を連れてくるのを待った。
シャウラとユピテルと僕の三人で。
カフにはとりあえずシャウラがいることは伝えないで貰ったのだけど(聖女が知ったらすっぽかすかもしれないので)、驚いたからってさっきのは本当にない。
とりあえず座って、と促して椅子をユピテルが引くと渋々といった様子で聖女は席に座った。
聖女はちらっと出口の方を見てカフが出口を塞ぐように立っているのに気付くと睨み付けていた。
「そもそも、悪役令嬢とはなんですか」
シャウラが不機嫌そうにそう聞く。まあ意味が分からないよね、普通は。
“悪役令嬢”って言葉はこの世界ではあまり聞かないからね。
「悪役令嬢は悪役令嬢よ」
聖女の答えが答えになってないので、シャウラが僕を見る。
僕はどうしたものかと少し考えてから発言した。
「“予言書”では、シャウラが悪役みたいに表現されるシーンがあったんだよ…」
「……ふぅん?」
シャウラ少しだけ納得した様子でそう返事をする。
「なんで連れてきたのよ」
「なんでって、さすがに分からない?」
聖女の言葉に僕がそう答えると聖女は不機嫌そうにしながら少し視線を落として、ため息を吐いた。
「……、別れる気ないってことね」
聖女のその言葉に頷く。とりあえず、ここから彼女に色々説明しないといけない。
「……まず、きみが誤解してること説明すると、シャウラとデートしていた金髪の男は僕だよ」
そう言ってあの日つけていた魔道具のネックレスを付けると僕の髪色がさらっと金髪に変わった。
それを見て聖女が目を丸くする。
カフが隣で聖女様も似たようなものを使ったでしょうと聖女に言った。
「…それから、君はゲームのキャラクターだと言うけど、この世界で生きている“人”だよ」
僕はネックレスを外しながらそう言った。
げぇむ?とシャウラが不思議そうにするのであとで説明する、とウインクする。
聖女は黙った。簡単に操れるゲームのキャラ、彼女は確かににあの日そう言っていた。
「…、魅了で偽物の好意を寄せられても虚しかったんじゃない?僕が君に魅了されなかったのは転生者だからじゃない。妹のギフトがあったからだ」
「…ギフト?」
聖女は聞きなれない単語に顔を上げる。聖女は知らないことが多すぎるので説明してあげようと思っていた。
無知が余計に彼女の能力の乱用を助長してしまっている気がしていたからだ。
「君の魅了みたいな能力だよ」
旅行で鑑定してもらったこと、ギフトについてを彼女に話した。
彼女が理解できたかは分からなかったけど、黙って聞いてくれている。
「だから、魅了されたからって、中身がないとか、意思がないとかじゃないんだよ。…、自分がどれだけ酷いことをしたかを自覚した方がいい。それと、放っておいたらもっと大事になっていたことも」
カペラやシリウスの魅了を解かなかったら?僕が介入しないで魅了する範囲がもっと増えていたら?
そんな誰も正常な判断が出来ない状態で古の魔族が乗り込んできていたら?
魅了という能力はどうやら聖女に夢中にさせるだけではなく、思考力の低下や感情を抑えられないというデメリットもあるように見えた。
魔力の暴走を引き起こす可能性だって高かった。
「なによ、説教ばっかり」
しばらく黙っていた聖女がぽつりとそう言った。ごめんね、大事なことだから、そう言うと気まずそうにする。
僕の話を聞いてやっと罪悪感とか感じてくれたならいいんだけれど。
「…君は本当は心細かったんじゃないかって思ったんだ。この世界に転生して。でも魅了したって君を本当に好きなわけじゃないんだよ。寂しかったからってして良いことじゃなかった」
まあそもそも神だか精霊だかは分からないけど、魅了なんて能力を与えたのが悪い。
とはいえ、彼女に非がない訳じゃないんだけどね。
偶然か必然か、浄化出来たことが何より救いだ。
「…聖女様、聖女様はリギルがお好きなのでしょう」
「な、何言って…!」
シャウラの言葉に聖女と一緒に僕も目を見開いた。
そのことに関しては触れるつもりでは居たけどそんないきなりブッ込まなくても…!!!
「見ていれば分かります。しっかり伝えなければ後悔しますよ」
「…」
聖女はちらっと僕を見た。え、なんか緊張する。
「…、そうよ。好きだけど、悪い?」
聖女は足と手を組みながら偉そうにそう言い放った。めちゃくちゃ態度悪いじゃん。
カフもシャウラも呆れている様子だ。
「……だって、同じ転生者だし…」
聖女はぽつりと話し出す。僕たちは黙ったまま、聞いていた。
ここで言いたいことを言わせてあげようとみんなが思っている。
「…だって、私の目を見て優しく話してくれるの、諦めずに説得しようとしてくれるの」
あ、説得しようとしてたのは分かってたんだ?
「ほっとけばいいのに、なんでこの場を設けたの」
聖女がじとりと僕を睨んだ。なんでって言われても、何も知らないうちに事が済んだら可哀想だし、それに…
「…君に後悔してほしく無かったからかな」
「そういうとこよ!このタラシ!」
た、タラシ!????
「っぁー!もう!分かったよ!悪かったわよ!だって主人公だもん調子にくらい乗るじゃない!ゲームだから良いって思ってたわよ!!リギルが説得したりしてくるのも、構ってくれて嬉しいとか思ってたわよっ!!!」
聖女は興奮した様子で叫びながらテーブルを叩いた。
幸い、紅茶やお菓子がひっくり返ったりはしなかったけど、びっくりした。
黙って見ていると、聖女はふーっと深呼吸する。
「でも、ゲームじゃないんでしょ…」
「うん」
ぽつりと言った聖女の言葉に僕は頷く。この世界がゲームじゃないと理解出来なかった、じゃなくて、きっと理解しないようにしていたのだろう。
現実から目を逸らし続けていたんだろう。
でもそれじゃあ何も解決なんかしない。
「私、どうしたらいいの」
「…、選択肢はもう限られてしまうね」
「もう全部やめたい。帰りたい」
「…生きることは諦めないで」
「…………」
「聖女様、お友達になりませんか」
黙り込んでしまった聖女の顔を覗き込むようにしてシャウラがそう言った。
シャウラの言葉の意図が分からず、僕は目をぱちくりさせる。
「…、シャウラ?」
「リギルを好き同士なら趣味嗜好が合うのではないかと思いまして」
「なんで、嫌よ」
聖女が不快そうに眉を寄せるが、シャウラは笑いかけた。
「ずっと独りは嫌でしょう」
まあ正しくはまだレグルスだけは聖女を見捨ててないんだけど…。カフだって彼女を心配している。
でも彼女はそれを全く分かってないから、ずっと独りという言葉に反応した。
「…悪役令嬢のくせに」
「悪役令嬢なんて知りません。私は私です」
「……、馬鹿みたい。……、アタシ…」
聖女はそう呟いた後、しばらく俯いたまま、黙ってしまった。




