135・カフのお願い
「リギル様、お食事中失礼致します」
「えっ、あ、カフ」
昼食中に話しかけられたと思ったらカフだった。
ユピテルから一応、接触があるかもと聞いてはいたけど。
「おや、君は…、ご苦労様、一緒に座るかい?」
アトリアがそう言うとカフは「いえ、僕は使用人として来ていますので」ゆっくり首を振った。
シャウラの方をちらっと見るとシャウラは微笑みながら頷く。
ちょうど食べ終わりだったので僕のほうがすっと立ち上がってカフを見た。
「向こうで話すかい?」
どうせ呼び出しの伝言だけど、人が多いので聖女様が〜ってここで話されると困るし。
カフもそれは分かっていたのか、僕の言葉に頷いた。
食堂から出て静かな裏庭に向かう。いつも放課後だったので今回もそうだろうけど、またティーハウスの個室を取ってそこに来るよう言おうかな。
裏庭に出るとまだみんな食事中なので人もまばらで話が漏れる心配とかは無さそうだった。
日差しが強いので木陰に移動して話をする。
「…、お分かりでしょうが聖女様が話をしたいと仰っていました」
「うん、昨日のティーハウスに来るようにして貰える?」
「ああ…、分かりました。お伝えしておきます」
そう返事をしたカフは僕のほうをちらっと見る。
どうやらまだ伝えたい事があるらしい。
「どうしたの?」
「実はリギル様にお願いがありまして…」
「お願い?」
僕は思わず首を傾げた。カフが個人的なお願いなんて何だろう。
ユピテルに関するようなことだろうか…?
「……あの方の気持ちを蔑ろにしないでいただきたいのです」
ユピテルの?と思ったのも束の間、カフは「聖女様です」と答えた。
思わず「えっ?」と聞き返すと、カフは僕の目をじっと見つめる。
「……恐らく聖女様は本当に貴方が好きです」
聖女が僕を好きだって?
「…いえ、僕には恋愛はわかりませんから、分かりませんが、そんな気がして…」
カフが少し目線を落とした。ユピテルに命じられてとはいえ、間違いなく聖女と一番一緒にいるのはカフだろうけど、カフがそんなことを思うなんて。
そんなカフにそう言われてしまうとそんな気がしてしまう。
「……、同じ転生者だから親近感があるとか」
「それも考えてたのですが…、それにしても聖女様は貴方を意識している気がするのです」
カフのその言葉に僕は黙り込んだ。聖女の気持ちがどうでも、僕はシャウラが好きだし、彼女が婚約者だから気持ちに応えることはできない。
でも聖女が本当に真剣な気持ちなら適当にあしらうことなんてするべきではない。
「…まあ、わかった。彼女の気まぐれとかだと決めつけず真剣に対応するよ」
「ありがとうございます」
僕の言葉に安心したようにカフは少しだけ微笑んだ。
あれ、カフの笑顔とか初めて見たかも。いや、そんなに接点とか無いんだけどさ。
「カフは…、聖女様が好きとか、だったり?」
「いえ、それは全く」
スン…というようにカフの表情が無表情に戻った。
あ、そういう訳じゃ無いんだ?
ついでに名誉毀損ですと怒られてしまった。そんなに嫌だったの。
「ただ、一緒にいた時間が長いので…、少しだけ同情をしてしまうのかもしれません」
ユピテル様ほどではないですがね、とカフはため息を吐いた。
カフ曰く、ユピテルはだいぶ僕らに入れ込んでいるらしい。
「同情…」
「これから振られて国外追放されると思うと哀れというか。貴方に会えるとはしゃいでるのを見ると余計に」
「はしゃいでるの?」
「ええ」
聖女的には僕がオッケーするような筋書きになっていたりするのだろうか…。
問題を先延ばしにしたせいで期待させてしまったのなら確かにちょっと可哀想かもしれない。
いや、まあ国外に出なきゃいけなくなるかもしれないのは本当に本人が悪いのだけどね?
「まあ、自分の行いが返ってくることに関しては仕方がありません。説得は僕も手伝いますから、同席させて頂いても良いでしょうか」
「もちろん。シャウラも連れて行く予定だし…居てくれると助かるよ」
あの聖女の性格なら急に暴れ出す可能性もゼロでは無いので、止める意味でもその方が助かる。
怒り出すのはともかく、シャウラに何かされたら困るし。
「ありがとうございます。では、放課後。僕はこれで」
カフは深く頭を下げてその場を離れる。僕は木にもたれかかって、空を見上げた。
聖女が僕を好き…、かあ…。
絶対ないと思っていた。と、いうか、正直言って思おうとしていたかもしれない。
周りからもしかして聖女が僕を好きなのではというのは何度か言われたことだし、否定してきた。
彼女に好かれるのは面倒とかちょっと思っていたりした。
しかしこうハッキリ言われてしまえば受け止めるしか無いだろう。
「……、リギル」
声がして、ハッとしてそちらを見た。
「シャウラ」
「リギル、お話は終わりましたか?」
シャウラが微笑みながらこちらに歩いてきた。シャウラの笑顔を見て何故か少しホッとする。
やっぱり僕の恋人は、好きな子はこの子だけだ。シャウラの隣が落ち着く。
「終わったよ。迎えに来てくれたの?」
「ま、まあ、その、ちょっと心配で」
カフと行った先に聖女が待ち構えていたらどうしようかと思っていたらしい。
シャウラに放課後ティーハウスで会うことを伝えると、彼女は真剣に分かりましたと答えた。
「…、カフに言われたんだ。聖女は僕のことが好きだって」
「リギルは違うって言ってましたけど、私は以前からそんな気がしてましたわ」
「女の勘?」
「いえ、リギルが鈍いのです」
シャウラがムッとしながら頬を膨らませた。
私のときもそうでした、なんて言っているけど全く心当たりがない。
あー、いや、やっぱりシャウラが僕を好きだって、気付くのが遅かったのかも。
そこからはシャウラと昼休みが終わるまで木陰で話をした。
放課後のことは色々不安だったけど、シャウラが一緒にいてくれるし、こうして会話することで少し気が紛れたような気がする。
「リギルは絶対渡しませんから」
余談だけど、「聖女に気持ちが傾くことなんてないよ」と言ったのにそう言って嫉妬しながら僕にもたれかかるシャウラは可愛すぎて、ある意味色々吹っ飛んだ。




