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135・とある使用人目線の明日のはなし

「ねえ、どう話しかけたらいいと思う?」


「は?」


急な聖女の発言はいつものことだが、また今日も突発的だ。

今日も一日を終えようとしていて、洗い立てのシーツをベッドにかけている時だった。

なんのことです?とカフが首を傾げてみせると、ソファに転がっていた聖女はクッションを抱きしめながら起き上がった。


「リギルのことよ」


「リギル様ですか?」


「だってまだ公爵令嬢が婚約者なのに目立つところで話かけたら迷惑かかるじゃない」


「…そうですね…?」


他人の迷惑を急に考えるなんてどういう風の吹き回しだろう。

全く迷惑とかなんだとか今まで考えたことなんて無かっただろうに。そもそも現在進行形でカフは迷惑をしている。


「…、またエルナトに頼むべきかしら……?でも、もう魅了しないって約束したもの。とりあえずまだ分からなくても返事を聞くまでも守るべきよね」


何かおかしな物でも食べたか?いや、聖女の口に入るものはしっかり管理しているはずだからそんな筈はない。

学食におかしなものが混ざっていた可能性はあるが、今日は入学式で午前中だからそれもない。

カフは少し真剣に考えてみるが思い当たる節は全くなかった。


「…、ええと、侍従は必要ないので学園にわざわざ入れる必要はないとはされてますが…、禁止されている訳ではないので私が一緒に行ってリギル様に予定をお伺いしましょうか…?まあ、屋敷の方にお尋ねしてもいいですが…」


学園に侍従が行かないのは必要ない上にやることもないからだ。護衛だってあそこなら十分。

しかし、本来ならこの場合、家に手紙を送って約束を取り付けるのが正しいのだが…、まあ、聖女の急な呼びつけは初めてでもないだろうし、リギルもすぐに解決したい事案であろうから早いに越したことはないとカフは考えた。


「えっ?いいの?」


聖女がバッと顔を上げる。瞳に歓喜の色が宿っていた。


「……、え、ええ、まあ」


「ありがとう!」


カフは思わずうぐっと言葉を詰まらせた。急に明るくなった彼女の表情にカフは何故か驚いたのだ。

それに正直に来られると何故か困る。

我儘聖女もこういうときはまるで普通の娘だ。

さっさと振られるために協力するだけとは口が裂けても言えない。


「…、まあ、貴方の侍従ですから私は」


(まあ、その前にユピテル様の眷属ですが…)


カフにとってはユピテルは絶対で、ユピテルが一番だ。

でもそのユピテルに命じられたから最期までこの娘を見守るという気持ちくらいはある。

露骨な手伝いや彼女に肩入れは出来ないが。


「ふふ、カフには魅了かけてないのにいつも私に甘いのね」


確かにカフは聖女に魅了をかけられた覚えは全くない。

十歳で彼女が子爵家から大聖堂に引き取られるとき、上手く潜り込んで同じ年頃の世話係として聖女の侍従になったカフだが、まあ表向きは従ってきたからだろうか。

そのせいか分からないが前世だのなんだのと、聖女はカフに話すようになっていた。


「…逆に貴方は何故私をそこまで信用するんですか」


「分かんないわよ」


(ああ、何も考えてないだけですか)


聖女が頭空っぽなのは今に始まったことではないので慣れている。

とりあえず目先のことしか考えてないのだ。


「でも、貴方のことは好きだわ。ずっと一緒にいるし、弟みたいで。家族って感じ」


「…、…弟ですか…」


カフには家族はイザールしかいない。助けてくれたユピテルも家族のようなものだが、主なのでまた違う。

他人のはずの少女に家族と言われるのはカフにとって何となくむず痒いようなへんな気分になった。


「じゃあ早速明日話しかけるわ!」


どうしても明日が良いらしいので学園に着いていくことになりそうだ。

でも返事くらい向こうがら話しかけてきてくれてもよくない?なんてぶつくさ言っている。

相変わらず自己中なのだがカフがどうも聖女を憎めないのは少し一緒に居過ぎたのだろうか。

慣れてしまったのかもしれない。


『俺を理解してくれるのは彼女だけだ』


そう言ったレグルスの言葉をカフは思い出していた。

前世を利用しているだけの聖女にそこまでレグルスが拘るのは何故なのか。

もはやアレは恋愛の好きとかではなく執着や依存の類なのだろう。カフはあそこまでの気持ちは全く理解できない。

ユピテルに対するものだって命を助けられたからで、彼はそういうわけでもないだろうに。

だがまあ、利用できるものは利用するまでだ。


「…はあ、面倒ですね」


人も魔族も、竜ですら心というのはままならない。

いっそ捨ててしまいたいくらい、面倒だ。


「……何が?」


カフの呟きに反応した聖女が目をぱちくりさせた。

相変わらずあほ面だな、なんて考えながら、首を振った。


「いえ、聖女様のことではないですよ」


カフがそう言うと聖女は一応はそう、と答えるものの、どこか不満気だ。口を尖らせている。

思ったことを口に出すのは気をつけないといけない。

自分の余計な行動で作戦を失敗させてはならない。


自分が国から追い出されるかもしれないどころか、リギルに振られるとすら思ってもない少女はまるでのんきなものだ。


彼女は本当にリギルが好きなのだろう。彼女の挙動からして、リギルに初めて会ったあの時から。

もっと早く気付いていればもっとまともな選択が出来ただろうに、彼女が気付くのには遅過ぎた。


まあ自覚させてしまったことについてはカフも反省はしている。

分からないでいればもう少し傷付かずに済んだだろう。


(…、僕は聖女様に傷付いて欲しくない…?)


カフは聖女をちらっと見た。ソファの上で大あくびをしている様子にさっさとベッドメイキングを済ませる。

余計なことを振り払うように。


「聖女様、そろそろおやすみになられて下さい」


「ん、ああ、そうね」


聖女はソファにクッションを投げるとよたよたとベッドの方に向かって、倒れるように布団に沈んだ。


「じゃあ…カフ…、明日よろしくね……」


聖女の言葉に分かりました、と軽く答えると灯りを消して部屋を出た。

外から鍵をかけるのは聖女の安全の為だ。


リギルは明日聖女を説得するために聖女を辞めさて国外に逃す話もするだろう。

彼女が納得するかは分からない…、というより納得しない可能性の方が高いが、なんとか丸くおさまらないものか。


カフは窓の外の星を眺めながら、また一つため息を吐いた。




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